表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ゆうやけこやけが聞こえたら

 アメンボは平面の世界しかないらしい。理科の先生がそう言っていた。どういう事だと疑問を投げかける生徒達へ、先生は続けてこう言った。アメンボには上下の世界はないんだよ、と。


 それが本当かどうかはさておき、それはとても可哀想だとクラスのみんなは嘆いていた。そして自分達は人間で良かったと、安心感をにじませていた。


 でも私はちっとも安心する事が出来ない。何故皆、自分達もアメンボと同じ状況かもしれないと思わないのか。私達には見えていない世界があって、さらにそこから自分達を見下ろす存在が居るのでは、と何故思わないのか。


 こんな妄想は馬鹿げてる、と普通の人なら思うだろう。私もこんな疑問、意味も無い物だと分かっている。私達を見下ろす存在が居たとして、それが一体、どんな不都合があるのか。どのみち、私達はその存在を認知出来ないのだ。なら存在しないのと同じ。存在しない覗き魔に怯えているような物だ。不毛すぎる。


 

 小学校からの帰り道、私はそんな妄想をしながら歩いていた。もっと小学生らしい妄想をしなければ。また小学生らしくないとか、隣のおばさんに言われてしまう。頑張って勉強してるだけなのに、なんか変な目で見られてしまう。あぁ、理不尽だ。私はただ学生の本分にまっすぐに生きているだけなのに。学生は学生らしく勉強に勤しんでいればいいのだ、それ以上に大切な事なんて無いのだから。


「ぁ、美海(みう)ちゃんだ」


 駄菓子屋の前で近所の子供に見つかってしまった。子供と言っても私と同い年だけど。


美海(みう)ちゃん美海(みう)ちゃん、シロクマ魔女シリーズの新しいカードが……」


「まだそんなの買ってるの? もういい歳なんだから……卒業しなさい」


「むぅ、まだ十一歳なのに」


 なんだと! 私はまだ十歳なのに! コイツ、私より年上だったなんて! もう誕生日迎えたのか!


「……明美(あけみ)、誕生日来たの? 何で言わないのよ、お祝いしてあげたのに」


「……? だって、美海(みう)ちゃんとそんなに仲良くないもん」


 その時、私の心に鋭利な刃物が刺さった。勿論、想像の世界で。それくらい傷ついたという事だ。

 無邪気な子供の一言は、時に人を殺す威力を持っている。明美(あけみ)はそんなに悪い事を言っているつもりではない……だろうけども、私的にはショックなわけで。


「ふ、ふーん……シロクマ魔女シリーズ……いくらだっけ」


「五枚で百円」


「たっか! 五円チョコ二十枚買えるじゃない! 絶対そっちの方が贅沢気分味わえるわ!」


美海(みう)ちゃんのブルジョワー」


 ブルジョワの使い所、間違ってるぞ……という無粋なツッコミはしない。そのまま私はシロクマ魔女シリーズのカードを買い、明美(あけみ)へと手渡した。勿論、誕生日プレゼントとして。


「え? いいの?」


「うん。誕生日おめでとう。お母さん達には内緒よ。買い食いしたって怒られるから」


「カード食べれないよ?」


「食べれないけど、帰り道でお金使ったら怒られるでしょ」


 財布の中を見ると、残り五百円玉が一枚しかなかった。我が家のおこづかいルールは、家の手伝いをすると十円貰えるルール。しかし裏技として、お爺ちゃんの肩揉みをすると、たまにお金をくれる。この五百円玉は奇跡的に貰えた大金だ。


「わー! 金のシロクマブラックだ!」


 どうやらレアを引いたらしい。ヨカッタヨカッタ、と私は明美(あけみ)と共に駄菓子屋を離れた。そのまま家が近いのもあって、途中まで一緒に帰るのだが……そこで、いつもとは違うタイミングで「ゆうやけこやけ」が流れ始めた。


「……ん? ゆうやけこやけ? 早くない? まだ夕方の五時じゃないのに」


「……きもちわるい」


 気持ち悪い? 確かにタイミングが早いと……まあ気持ち悪いな。なんかこう、いつもは早起きしてこないお父さんが、私より早く起きてリビングに居たら気持ち悪いみたいな。


「……ねえ、美海(みう)ちゃん……気持ち悪い」


「え? 何、吐きそうなの? 大丈夫?」


「気持ち悪い……」


 そのまま明美(あけみ)は座り込んでしまった。しかしそこは思いっきり車道……ではないけど、田んぼから出てきたトラクターが通る道だ。微妙に危なそうだから、私は明美(あけみ)のランドセルを代わりに持ちつつ、なんとか近くの神社付近まで歩かせた。そして、その境内へと続く階段へと、明美(あけみ)を座らせる。


「ちょっと待ってて、明美(あけみ)のお母さん呼んでくるから」


「……やだ、美海(みう)ちゃん居て……」


「いや、寂しいのは分かるけど……」


「……居て……お願い」


 ええい、寂しがり屋め! しかし埒があかん。こんな時、家の固定電話の小さい版とかあれば便利なのに。そう、携帯する電話……略して携帯電話。


「……美海(みう)ちゃん、手……」


「ん? 手?」


「繋いで……」


 ええい、あまえんぼうめ! と、私はギュ……と明美(あけみ)の手を握りしめながら、隣に座りつつ背中をさする。ゆうやけこやけの歌は、終わりそうだった。そういえば……これが流れてからだ、突然、明美(あけみ)が体調を崩したのは。いつもと違うタイミングのゆうやけこやけ。役所のミスだろうか。


 そしてゆうやけこやけは終わり、しばらくすると神主さんが私達に気付いたのか、階段を降りてやってきた。


「大丈夫? どうしたの」


「ちょっといきなり気分悪くなったみたいで……」


「おや、そりゃ大変。おんぶしてあげるよ。家に帰ろう」


 神主さんは明美(あけみ)をおんぶすると、そのまま家まで送ってくれた。

 私も明美(あけみ)のランドセルを持ちながら、後ろからついていく。するとその時、再び「ゆうやけこやけ」が流れ始めた。


「……また? 何回流すのよ……」


「え? 何が?」


「これ、ゆうやけこやけ。さっきいつもより早く流れたじゃないですか」


「……え? そう? 気づかなかったなぁ。それは()()()()だよ」


 きのせい……きのせい? んなわけあるか、確かにさっき……それに、それを聞いて明美(あけみ)は気分悪くなって……


「気にしちゃ駄目だよ。気にしなきゃ、別に何でもないんだから」


「……? はい……」


 よく分からん……。




 ※




 そのまま神主さんに明美(あけみ)を届けて貰い、私も家まで送ってもらった。別れ際、神主さんへとお礼を言うと


「君は賢いね。だから目を付けられやすいのかな」


 ちょっと待て、何の話だ。意味深な事言い残して去らないで欲しい。


 結局、その時は意味も分からず首を傾げていたが……



 それから数年後、私と明美(あけみ)は高校生になり、同じ名門私立へと入学した。正直、明美(あけみ)も同じ高校に来るとは信じられなかった。普段はフワフワ系可愛い女子のくせに……お前、こんなに勉強出来たんかい、許せん。


 しかし明美(あけみ)とは、私は親友にまで昇格する事が出来た。あんまり仲良くないもん、とか言われた時はショック死しそうになったが、まあ、今では大の仲良しだ。


「そういえば、美海(みう)ちゃんと小学生の頃、一緒に帰った時……私、気持ち悪くなった時あったじゃん」


「あぁ、あったあった。ランドセル持たされたわ」


「実はあれ、仮病だったんだー」


 あ?


「何、それ」


「だって……美海(みう)ちゃん……違う子と手繋いでたから。こりゃあかんって思いまして」




 あの時、明美(あけみ)には見えていたという。

 私が違う小学生と手を繋いで歩いているのが。ゆうやけこやけは、実は明美(あけみ)には聞こえてなかった。あれは私にしか聞こえてなかったのだ。その、違う小学生と手を繋いでいたから、聞こえていたのだろうか。



 もし明美(あけみ)が居なかったら……私は一体、どこに帰っていたのだろうか。


 私はその時、アメンボと同じだったのだろうか。





 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] ただただ好みな話です。話の流れや構成がうまく、ややませた子供の心理描写も自然で入り込みやすかったです。アメンボに始まりアメンボで終わる。微分して2次元。積分して4次元。イミフな事言ってすみ…
[良い点] おおう、ゾワリ……! 明美ちゃん、良い子であった……!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ