ウサギの誓い
あれれ?お耳やしっぽの感覚がない。
今まで、でないように必死に抑えつけていたその感覚もなければ、頭を触ってももふもふの耳の感触も感じられなかった。
不思議に思ったリリアがしきりに頭を触っていると、苦笑した番が、リリアの頭に触れた。
「君の耳やしっぽは視覚だけでなく物質としての質量すら私の魔術で無くしている。それに君自身すら触れることは叶わないんだよ。」
それは不思議な感覚だった。
リリアやその両親を悩ませていた耳が無くなったという安堵感ともう触れることすら叶わないという喪失感がないまぜになってリリアに襲いかかってきた。
「触る事が出来るのは、魔術を掛けた私だけだよ。」
柔らかくリリアの耳を撫でるその優しい手触りにリリアのうさ耳が確かにそこに存在するのだと実感した。
優しく穏やかに語りかける彼にリリアは番というだけでなくその人柄に惹き付けられた。
「ありがとう。」
そのリリアの短い言葉には、番に対する盲目の愛以上に彼という人間に対する深い敬意と感謝の念がこもっていた。
リリアの耳をゆったりと撫でていた番がリリアの手をそうと取った。
そうしておもむろにリリアの前に片膝を付く。
その幼いながらも美しく整った容貌も相まって絵本に出てくる王子様のような優雅な姿にうっとりしてしまう。
下からこちらを見つめてくれている番と目が合う。
こちらの瞳の奥を見透かすような視線にドキドキする。
彼が私に微笑み掛けた。
「私の名はシュバルツ・ウォルトル。シュバルツと呼んでね。貴女の名前を聞いても?」
番の名前が素敵だわ。きゅんとする。
「私は、リリア・ラシーヌです。」
「リリアか。可愛い名前だね」
あー、誉められた。私の番が素敵すぎる。
こくんと頷くことしかできないリリアに、シュバルツはにっこりと微笑んだ。
「私、シュバルツ・ウォルトルはリリア・ラシーヌを生涯ただ一人の番として我が命を分け与え共に命尽きるその日まで愛する事を誓う。」
彼の言葉が特有の抑揚のある詠うような節回しで紡がれた。
一言ことばが紡がれるごとに何か自分が違うものに作り替えられるような不思議な感覚に囚われる。
しかし、番が誓ってくれた一つ一つの言葉が嬉しくてたまらなかった。例えこの瞬間命を喪ったとしても赦せるとすら思えた。
ウサギ獣人の寿命は短い。
それ故、ひとたび番を見つけるとその番のために己の生涯を燃やすように生きるのが、彼らの習性である。
「私、リリア・ラシーヌは生涯をかけて愛するシュバルツ様の為に生きる事を誓います。」
私も番に誓うわ。
シュバルツ、どうしたのかな?
なんかびっくりしたお顔してるけど私なにか変な事を言ったかしら?
しばらくしてシュバルツは立ち直ったように動きだした。
リリアはその笑顔に魅せられた。
「では、リリアこれからよろしくね。遮蔽を解くよ。」
パチン
乾いた音がして、周囲の音が戻ってきた。




