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ウサギは帰りたくない

窓から差し込む光が赤みを帯びる。

ひたひたとやってくる黄昏の時にリリアはこの楽しいひとときの終焉を悟った。

番の濃密な薫りと体温を感じながら温かい紅茶と素晴らしいスイーツをいただく。予言の書が確かならばこんなに幸せなひとときはもう二度と訪れないのか。

嫌だ。

この温もりを手放したくない。

リリアの瞳から、ほろりと一粒の涙がこぼれる。

「リリア、どうしたの。泣かないで。もう帰る時間だね。遅くまで引き留めてごめんね…」

あわてて立ち上がろうとするシュバルツにますます哀しくなったリリアはポツリと呟いた。

「帰りたくない…」

「リリア。」

シュバルツが困ったような顔でリリアの顔を覗き込んだ。

リリアは、はっと我に還った。

番が困っている。

自分はなんてことを言ってしまったんだろう。

「シュバルツ、長居してしまってごめんなさい。帰ります…」

後ろ髪引かれる思いで、しぶしぶ立ち上がろうとしたリリアの肩にシュバルツの手が触れる。全く力が込められているような感じはないのに、リリアはそれ以上立ち上がれなくなる。

「リリアが良ければ、今日から行儀見習いとしてこの屋敷に住まないか。今、君のご両親が屋敷に来ている。一緒に話そう。」

シュバルツがにっこり笑った。

その笑顔に魅了されたリリアはシュバルツの家に住めるかもしれない可能性に、こくこくと頷くのだった。

それに、お飾りの婚約者より行儀見習いの方がシュバルツの近くにいれそうな気がする。


心なしか青ざめた表情の両親が立ち上がる。

「リリア。」


シュバルツが両親に向き直り、両親に優雅に一礼した。

「初めまして。シュバルツ・ウォルトルです。どうぞおかけになってください。」

両親が座るのを待ってシュバルツがリリアの手を引いてソファーに腰かける。小さな二人が仲良くソファーに座る姿は微笑ましく先程まで青ざめていた両親の表情も随分柔らかいものに変わった。

「セバスチャンから聞いていただいているとは思いますが、リリアと私は番なのです。よって、将来を見据えて行儀見習いとしてこちらで教育を行っていこうと考えています。」

シュバルツを見た両親は明らかにほっとした表情にかわる。

「お初にお目にかかります。ユリウス・ラシーヌ、リリアの父です。」

「急なお話で驚かせてしまったのではないでしょうか。」

「はい。お恥ずかしい限りです。ウォルトル卿がずいぶんお若いのにも驚きました。」

シュバルツがにっこりと微笑む。

「両親を早くに亡くしましてね。そのショックと当主としての仕事に忙殺されて若干成長が遅れてしまいました。リリアが側に居てくれたら心の傷が癒えると思います。彼女を側に置きたい。」

「しかしウォルトル卿、リリアには秘密が…。」

「存じています。そして、私ならば彼女の秘密を隠す事も可能です。その為にも側で定期的に魔術をかける必要があります。」

「ウォルトル卿、それは…。」

「私の魔術を持ってすれば、一定期間リリアの耳は完全に隠せます。ただ、ウォルトル魔法伯は表に姿を見せない存在。私は外に出る事は出来るだけ避けたいですし、リリアが頻繁に我が屋敷に顔を出せば、ウォルトルの名を利用したい人間に狙われる危険性がある。ならば、リリアを側に置く事が最善かと。」

「わかりました。ウォルトル卿、リリアをよろしくお願いします。」

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