ウサギとケーキ
案内されたのは、屋敷の奥の方の一室だった。
飾り気のないこぢんまりとしたその部屋は、しかし、濃厚なシュバルツの匂いがした。
「狭いけど、どうぞ。」
使用人の部屋とは思えないが、到底この壮大な屋敷の主人の部屋とは思えなかった。
さっき主って聞こえたけど気のせいだったんじゃないかしら。
リリアは、少し落ち着きを取り戻した。
「どうぞ。」
シュバルツは、リリアに部屋に一つだけしかない小さめのソファーを勧めた。
私が座ったら、シュバルツが座る所がなくなるわ。
迷っていると、シュバルツがリリアの手を引いた。
「リリア、一緒に座ろうね。」
こぢんまりとした、だけど、座り心地のよいソファーに番とふたりで座る。
体温どころか鼓動まで感じる距離にリリアの胸が高鳴る。
近くで見るとより美しい横顔にどきまぎする。
そんなリリアの緊張にも気付かないのか、シュバルツはリリアに笑顔で尋ねた。
「紅茶とコーヒーはどちらが好き?」
「紅茶で…」
パチン
シュバルツが指を鳴らす。
目の前のローテーブルに色とりどりのスイーツとティーセットが現れた。
銀のティーポットから紅茶をサーブするシュバルツの華麗な所作に目を奪われる。
紅茶の良い薫りがリリアの鼻腔をくすぐった。
三段になったアフタヌーンセットには、人参のスコーンや大好きな人参ケーキ、宝石のような真っ赤な果実がふんだんに載ったタルトやショコラなどが目にも鮮やかに飾られていた。
あまりの美しさにうっとりとテーブルの上を眺めていたリリアにシュバルツが声をかけた。
「どれが食べたい?」
リリアの目がどっしりとした人参ケーキに吸い寄せられた。
でも、こんなに大きなそれを一人で食べきれるとは思えなかった。
それに他のものも気になる。
リリアが迷っていると、シュバルツが人参ケーキを、ナイフで小さくきりわけながら笑った。
「少しずつ食べようか。」
リリアの口許に小さめの一口大に綺麗に切り分けられた人参ケーキが差し出された。
え?
食べるの?マナー的にどうなのかしら。
赤ちゃんみたいだわ。
シュバルツを見つめると、にっこり笑いながら食べろといわんばかりにフォークをさらにリリアの口許に差し出してくる。
郷に入れば郷に従えだわ。
リリアは勇気を出して、差し出された人参ケーキを頬張った。
人参の甘味が優しいケーキに緊張が解れていくのがわかる。
美味しい、今まで食べていた人参ケーキの数倍美味しい。
リリアの笑顔にシュバルツの顔がそれは幸せそうにほころんだ。
「次は、タルトにしようね。」
シュバルツが、せっせっ赤い果実がふんだんに載った綺麗なタルトをナイフで切り分ける。
「はい、あーん。リリア美味しい?」
サクサクのタルト生地に甘酸っぱい果実と濃厚なクリームがよく合う。
こんなに美味しいスイーツがあったなんて。
リリアが美味しさに震えているとシュバルツがリリアに紅茶を差し出した。
薫り高い紅茶がスイーツの旨味をほどよくリセットする。
リリアは、シュバルツに差し出されるまま、色とりどりのスイーツを楽しんだのだった。




