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第48話 「恐山」 獣、まかり通る

 十和田湖では、大量のワイバーンが発生し、湖面を埋め尽くした。


「くそ! 数が多い!」

「せっかく土産屋を建て直したってのに、また壊されちゃたまんないよ!」


 駆けつけた冒険者が、十和田湖周辺で働く住民と共にワイバーンを撃ち落としていくが、数は減らない。


 ワイバーンの群れは最初は様子をうかがっていたが、とうとう冒険者達に接近し、飛び掛かってきた。


「うわぁぁぁぁぁッ!!」


 一人の冒険者がワイバーンに服を掴まれ、空中へ連れ去られた。


 その場にいた全員が息を飲んだ。助けられないかもしれない、そう思った矢先。


 突如、湖の水が槍のように持ち上がり、ワイバーン達を貫いていった。連れ去られた冒険者は空中に投げ出されたが、湖の水がその体をキャッチし、優しく地面へ降ろした。


「ふふん。十和田湖でまた騒ぎが起こっておるようじゃな。不届き千万。身の程を知ってもらおう」


 そこに現れたのは、白い着物の少女。──十和田青龍大権現であった。


「誰だ? この女の子は?」

「分からん」

「なあ嬢ちゃん、ここは危ないから下がってたほうがいいぜ」


 冒険者達に口々にそう言われ、青龍はがっくりとうなだれる。


「なんと、誰もわしのことを知らんのか! ……いや、仕方ないか。わしのことを知っておる者など誰もおらんよな」


 すると、ワイバーンに捕まっていた冒険者が声を上げる。


「もしかして、十和田の青龍さんですか!?」

「おぉ、おぉ! その通りじゃ! わしを知っている者がおったか!」

「この間、十和田湖で青龍さんに助けてもらった者です。お世話になりました」


 周囲の冒険者はきょとんとした顔で尋ねた。


「何だい、この嬢ちゃんと知り合いかい」

「以前、十和田湖でククリ・サナトって奴が騒動起こしたことがあったろ、そん時に助けてもらったんだよ。この人は湖の神様だぜ」

「神様? この子がか」


 ふふん、と得意げに笑う青龍だが、その体はだんだんと透明になり、向こうの景色が透けて見えだしている。


「おっと、ダメじゃなぁ。まだ本調子ではないようじゃ。調子に乗って力を使うと本当に消滅してしまう」

「青龍さん、大丈夫なんですか?!」

「心配ない! ちょっと消えかかっとるだけじゃ!」

「それは大丈夫じゃないですよ!」

「えーい、いいから今はワイバーンに集中せい! わしも手伝ってやる!」


 その一言で、冒険者達の意識がワイバーンへ向く。


「わしがちょっと休んでおるうちに、青森はえらい騒ぎじゃな。だが分かるぞ。各地で、人間が戦っておる。街で、港で、森で、山でな。ならばわしも、頑張らねばなるまい」


 青龍にはもはや、十和田全域を守護するような力は無い。だがそれでも、青龍はここを見捨てたりはしない。土地から生まれた神が、土地を捨てて逃げるなど、ありえないことなのだから。



◆◆◆



 恐山。


 フェンリルを前にしたフィーナ達は、全員が総毛立つほどの緊張を感じていた。


 それはヨルムンガンドを前にした時と同じ、圧倒的強者を目の当たりにした時の、ビリビリと鳥肌の立つ感覚だった。


「奈津、どう? 何か不審な点はある?」

「……いえ、今は何とも」

「そういえば恐山でスキルは使わないほうがいい、なんて話もあったわよね」

「あったなあ。でもや、そった贅沢しゃべってられねえべ」

「そうだね。なら、今はとにかく攻撃を繰り返そう。まずは攻めないと、話にならないからねっ!!」


 その言葉を合図に、フィーナと真冬が魔法攻撃を仕掛ける。


「ブラスト・ボルケーノ!!」

「フローズン・ランス!!」


 爆風が炸裂し、いくつもの氷槍が鋭く降り注いだ。


 だが──


「効かんな。そんなものじゃオレは倒せないなぁ」


 ひるみも、痛がりもせず、フェンリルはそこに立っていた。


「攻撃ってのはこうやるもんだ。……「吠える終雷(ギリィギオ)!!」


 フェンリルが目を見開くと、真っ白な稲光を大量に飛ばす。


「みんな伏せて!!」


 真冬が叫び、氷魔法を詠唱した。氷の壁が何重にも現れる。氷壁の陰に、フィーナ達は慌てて隠れた。


「サンキュー、真冬!」

「どういたしまして。それよりどうするの? 全然効いちゃいないわよ」


 放った攻撃は何一つ届かず、何の結果も引き出してはいない。


 不安がフィーナの心を揺らしかけた時、奈津が手を挙げた。


「少しいいですか。フェンリルを観察していて思ったんですが」

「何か分がったんだか」

「奴の左胸が、ほんのわずかに温度が高いように見えるんです。もしかしたら、そここそが「弱点」なんじゃないでしょうか」

「左胸か……可能性はあるかもね」


 ばきばきばき、という氷が破られる音が響く。考え込む時間は無い。どのみち選択肢はない──フィーナは頷き、覚悟を決めた。


「よし。フェンリルの左胸に集中攻撃を仕掛けよう。真冬は氷魔法でフェンリルの足止めをしてくれる? 奈津と楓も、全力でフェンリルを妨害してほしい。左胸への攻撃は、私がやる」


 言い終えた瞬間、フィーナ達を守っていた壁がすべて破られた。


「それで? 次は何をしてくれるんだ、人間?」

「ふん、ならこういうのはどうかしら──!!」


 真冬が再び氷魔法を放つ。


「フローズン・アイス……!!」


 フェンリルの足を凍らせ、地面と接着する。何度も何度も魔法を重ね、容易には抜け出せないような、厚く固い氷にする。


「ぬっ?!」

「よぉし!! 覚悟しへぇ!!」

「フィーナさん、あとは頼みますよ!」


 楓が勢いよくとびかかり、フェンリルに殴りかかる。続いて奈津が手裏剣を投げつけ、フェンリルの両目を潰した。


「やるな! キサマら!」

「まだ終わりじゃないよっ!!」


 早口でフィーナは爆破魔法を詠唱する。狙うはフェンリルの左胸。一点に爆破を集中させる。


「ブラスト・ボルケーノ!!」


 キャボボボボボボ、と何度も何度も爆風が炸裂し、フェンリルの左胸が抉られていく。


(いける! あそこだけ皮膚が弱くなってるんだ!!)


 嵐のような爆破に耐えられなくなったのか、フェンリルがぐったりとうなだれる。


 やれる、とフィーナ達は思った。これなら勝てる。あともう少しで勝てる、と。


 その時、フェンリルが歯を見せて(わら)った。


「これなら勝てる──そう思ったろう?」


 フィーナの体を悪寒が駆け巡った。ヤバい、と感じた瞬間にはもう手遅れだった。


「残念だがそうはいかん!! 「狂う終雷(フラオエンデ)」!!」


 バリバリという激しい音と光を伴い、フェンリルの体が強く帯電する。太陽のような強い光で、思わずフィーナは魔法を止めて目を背けてしまう。


「俺の弱点を見破ったな。そこまでは見事だ。だが悪いなぁ。俺の心臓は特別性なんだ」


 目を開けると、フェンリルの左胸の皮膚が破けているのが見えた。


 そこには、フェンリルの心臓がある。激しく鼓動している。だが、それは灰色の金属のようなもので覆われていた。


「古代人は、俺の心臓に特注の鎧をかぶせたのさ。いかなる魔法も受け付けない鎧さ。こいつを止めるには、古代人の作った専用の鍵がないといけない」


 みるみるうちに、傷口が塞がっていく。


「あるいは、そうさな。もっともっと強烈な物理攻撃でも食らえば、もしかしたらヒビが入るかもなぁ。試してみるか?」

「──上等!!」


 楓が拳を握り締め、フェンリルへ駆け寄る。が、奈津がそれを制止する。


「ダメです、楓さん! ここは下がって!!」

「ははははは!! もう遅い!! 全て焼き滅ぼしてやるさ! こんな風にな!!」


 フェンリルの頭の上に、電流がみるみる集まっていく。紫色の光は、世界の終わりを予感させるものだった。


絶叫する終雷(ベルディビクシオ)!!」


 奈落の底のような叫びと共に、まるで嵐のような大量の雷が、フィーナ達の体を何回も貫いた。


 真冬が氷魔法で壁を作るが、ものの数秒ですべて砕かれてしまう。極度の高熱と激痛が体を襲い、悲鳴すら上げられない。


 気づくと、フィーナ達の体は吹っ飛ばされていた。体が痺れてまったく身動きが取れない。声も出せない。ごつごつとした地面の上で、ただ息をするだけで精一杯だった。


「言っただろう。オマエらではオレに勝てないと」


 フェンリルは悠然と笑い、背中を向け、恐山の奥へと歩いていく。


「礼を言う。オマエらとの戦いがいい運動になった。いまいちだった雷の出力に調子が戻って来たぞ。これならやれる。土地を消滅させられるほどの大雷を作ることができそうだ」


 フィーナは唇を噛む。動かないと、立たないと、戦わないと。そんな焦りだけが胸にこだまする。


 だが、体はぴくりとも動かない。回復ポーションに手を伸ばすこともできない。


 ボロボロになった体で──ただ横たわることしか、できなかった。

読んでいただきありがとうございました。

面白いと思っていただけましたら、感想、ブックマーク、評価を何卒よろしくお願いします。


次話は5/24の17時頃に投稿します。

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