第38話 味噌カレー牛乳ラーメンと大事な話
「真冬! そっちに逃げたよ!」
「任せといて!!」
フィーナ達は、青森市内に出現した魔物の討伐を行っていた。
現れたのは、ワイルドマウスというネズミ型の魔物。10匹ほどが固まって、バイパスの道路を塞いでいた。
「フローズン・ランス!!」
真冬は氷の槍を幾度も飛ばし、ワイルドマウスの体を貫く。
「ギャァァァス……」
断末魔の悲鳴を上げ、一匹残らず魔物は息絶えた。
「ぃよし! OK! みんなお疲れ!」
「お疲れさまでした」
対して強くもなく、簡単な討伐だった。一同はほっと息をつき、真冬の軽ワゴンに乗り込む。
「はぁー、しばれるなぁ。空気がしゃっこいじゃあ」
「ほんとほんと。風邪引いちゃいそうだよ」
エンジンがかかると、エアコンから温風がやってくる。フィーナは手をさすってかじかんだ手を温めた。
「……何だか、少し妙な感じがするわね」
疑問を口にしたのは真冬だ。
「妙って?」
「今倒したワイルドマウスは、どちらかというと温厚な魔物よ。あんな風に凶暴になるなんて、ちょっと考えづらいのよね」
「うーん、たまたまあそこにいたワイルドマウスが怒りっぽいってだけじゃないの?」
「1匹だけならまだしも、10匹まとめて怒りっぽいのが固まってるのはおかしいでしょ。おバカ」
「うっ……まあそれはそうかも……」
「何か理由があるんでしょうか」
言われてみれば、とフィーナは思う。最近、魔物の動きが妙に活発な気がしないでもない。去年に比べると、討伐の件数が増えている感覚がある。
考え込むが、答えは出ない。
「ま、今はよく分からないわね。いいわ、忘れてちょうだい」
そう言って、真冬は車を発進させた。
車内が温まるにつれ、フィーナの冷えた体もリラックスしてくる。そのせいか、くるるるとお腹が鳴った。
「あ、お腹鳴った」
「そういえば少し空腹を感じますね」
「そうねぇ……それなら、みんなでご飯でも行く?」
「いーねー! 行こう行こう! 何食べる?」
「どうせだば、珍しいもんでも食ってみたいとこだの」
楓が言うと、真冬は「ふむ」と考え込む。
「そうね……一つ知ってるわよ。他にはない珍しいものが食べられる店」
「ホントに?! 行こう行こう! 何が食べられるの?」
「味噌カレー牛乳ラーメンよ」
「え?」
聞き違いか、とフィーナは首を傾げるが、真冬は改めてはっきりと言った。
「味噌カレー牛乳ラーメンよ」
「……何それ?!」
「だから、味噌カレー牛乳ラーメン」
「いや、だから何それ?! ラーメンが悪魔合体でもしたの?!」
「食べてみれば分かるわよ」
フィーナは奈津の顔を見るが、奈津は「ああ、アレですね」と涼しい顔で頷いている。
「僕も一回食べたことありますよ。なかなか悪くない味なんですよね」
「そうよね。半年に一回くらい食べたくなるのよね」
「そうなの?!」
「わーい、よぐ分がんねぇけど楽しそう」
混乱するフィーナと、はしゃぐ楓を乗せ、軽ワゴンはラーメン屋へと向かうのだった。
◆◆◆
青森市のラーメン屋、「札幌館」。店内は木目調の暖かな雰囲気である。
青森なのに北海道の地名なのは、創業者が札幌から移り住んできたことを由来とする。
「はい、お待たせしました」
「お、おぉ……」
フィーナはとうとう、味噌カレー牛乳ラーメンと対面した。
黄色いスープに、ワカメ、メンマ、もやし、バターが乗っている。てっきり恐ろしい香りがするのかと思いきや、想像以上に香ばしい。
「な、何だか怖いなぁ」
「まあ食べてみなさいよ。意外とイケるのよ」
「うぅ……いただきます」
これじゃゲテモノだ、と思いながら、フィーナは意を決して麺をすすりこむ。
「あ……?!」
思ったより、優しい味だった。
最初はカレーのスパイシーな香りがやってくるが、牛乳やバターの優しさで中和され、まろやかな後味になっている。
麺もモチモチと弾力があり、するすると口に入っていく。
美味しい──素直にそう思った。
「おいしい! おいしいじゃん!」
「でしょう?」
「旨ぇなぁ」
「ああ、久しぶりに食べました。いいですね」
「最初はびっくりしたけど、食べてみるといけるもんだね」
ラーメンという食べ物には、フィーナはいつも驚かされる。このような食べ物は異世界には無かったものだ。味も見た目も多種多様で、最初はぎょっとするが、食べてみるとなぜだか好きになってしまうのだ。
「ふはぁ、美味しかった。ごちそうさま」
食べ終える頃には、フィーナは身も心もほっこりと暖かくなっていた。空気が冷たくなってくるこの頃には、とてもありがたい食べ物だった。
「旨がった。満足だじゃ」
「春に食べた煮干しラーメンも美味しかったけど、これもいいね」
「ちなみに、味噌カレー牛乳ラーメンを出す店は、青森市内に何店舗かあるのよ。今度別の店に行ってみるのもいいかもね」
「何店舗もあるの!? 青森の人、ラーメンに情熱かけすぎでは……?」
「そうですね。青森人はラーメン大好きですから」
そんな風に言い合いながら、4人は店を後にしたのだった。
軽ワゴンに戻ると、フィーナのスマホに着信があった。見ると、見覚えのある名前が表示されている。
「あ、これは」
「ん? どうしたの?」
「電話だ。竜飛岬に住んでた、ピートさんからだよ」
マンドラゴラの依頼をしてきた老獣人である。フィーナは着信に応じた。スピーカーにして、その場の全員に声が届くようにする。
「もしもーし」
『ああ、私だ、ピート・カッカースアだ。フィーナ、今大丈夫かな?』
「大丈夫ですよ。どうしました?」
『実は、少し伝えたいことがあって連絡した』
ピートの声は控えめだ。あまり愉快な話題でもなさそうだ。
「伝えたいこと?」
『うむ。数か月前、青森市に出現したヨルムンガンドという魔物を覚えているな?』
「覚えてますよー。苦労してやっつけたやつですよね」
『そうだ。それに似た魔物が、青森に眠っている可能性があると分かったんだ。しかも、あと少しで眠りから覚めるやもしれん』
その場にいたフィーナ以外の皆の表情が変わった。
「どういうことですか?」
『最近、古い魔物について記された書物の解読を頼まれることが増えてね。それで色々な文献を仕入れていたんだが、その中にあったんだ。ヨルムンガンドというのは……やはり、造られた魔物だったと』
「そういえば前にピートさんは言ってましたね。ヨルムンガンドは異世界の古代文明が造ったって」
『そうだ。私の考え通りだった。やはりヨルムンガンドは、古代文明によって造られた「消去装置」だったと思われる』
ヨルムンガンドは、ゴミのような不要物や、都合の悪いモノを飲み込ませ、フンとして排出する装置と考えられる。それがピートの推理だった。
『ヨルムンガンドの仕事は、不要物を食べることだ。だが定期的に休ませる必要があり、その時は遺跡の奥で眠りについていると文献にはある』
「へえ……」
『恐らくだが、休眠中のヨルムンガンドが、世界の融合により青森に転移してきてしまい、数か月前に目を覚ました……そんなところだろう』
「かもしれませんね。でも、青森市に出たヨルムンガンドはきっちり倒しましたよ」
『それだけではないのだ』
ピートが声を強めた。
『文献によるとな、ヨルムンガンドが休む遺跡には、もう一体の魔物が眠っていたのだ。もうひとつの「消去装置」だ』
「何ですか、それ」
『主に戦争で使われた魔物だ。敵の軍勢や建物を一瞬で滅ぼすためのモノ。その名を、フェンリルという。巨大な狼の魔物だ』
「フェンリル……」
『フェンリルがいったん目覚めると、他の魔物も影響を受け、穏やかではいられずに暴れだす……とある。最近の青森では、魔物の動きが活発だろう?」
「そういえば、そうですね」
確かに最近の青森は、魔物がよく出現する。大人しいはずの魔物も暴れている。
「そのフェンリルも、青森のどこかにいるかもしれないってことですか?」
『私はそう思っている。思い過ごしであってくれればいいんだが』
「この話、ギルドにはしたんですか?」
『すでに伝えている。ただ、本気では信じられてはおらんようだ。ひとまず覚えておくと言われたよ』
「それにしても、怖いですね。目覚めるたびに魔物が活発化するなんて」
『うむ。どうやら古代でも、とっておきの切り札だったそうだ。余程の事態にならないと起動されなかったらしい』
「……今のうちからフェンリルを見つけることってできないんでしょうか」
『残念だが、そこまでは無理だ。魔物の動きを注視しながら、これまで通り暮らすしかあるまい』
ヨルムンガンドのような魔物が、まだいるかもしれない。それを思うと、4人の表情は自然と引き締まった。
『フェンリルについて、何か分かったら伝えるつもりだ。それではな。話を聞いてくれて感謝する』
「いえ、こちらこそ、教えてくれてありがとうございます」
通話は終わった。思いがけず、とても重要な話だった。フィーナは長く息を吐く。
「ヨルムンガンドみたいなのが、また出てくるかもしんないのかぁ……」
「筋が通る話だとは思います。最近、やけに魔物が出てくると思ってました」
「また青森が大変な騒ぎになりそうね」
真冬がこめかみを揉んで眉をひそめる。すると、楓が明るい声で言った。
「ふふん。ヨルムンガンドだって、最初はおっかねがったけど、ちゃんとやっつけられたべな。フェンリルだってきっとどうにかなるびょん」
「楓ってほんと楽天的よね」
「鬼ってのは、未来のことでウジウジ悩まねぇんずや」
その楓の態度は、フィーナにはむしろありがたいものだった。
「そうだね。出て来た時に頑張るしかないよね」
きっとどうにかなる。
いや、どうにかするしかないのだ。冒険者である自分たちが──。
そう心に誓って、フィーナは静かに気合を入れるのだった。
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次話は5/14の17時頃に投稿します。




