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第30話 父と夏とねぶた祭

 ヨルムンガンドに食われた人々は、奇跡的に全員が無事だった。冒険者達は皆の無事を喜び、胸をなでおろした。


 巨大なヨルムンガンドの死体を処理するために、処理担当の冒険者が派遣されたが、驚くべきことに、ヨルムンガンドの死体はみるみる溶け、なくなってしまった。普通の魔物では考えられない事態であった。


 その理由は全く不明である。この事実は多くの魔物研究者を困惑させた。だが何しろ極めて記録が少ない魔物だ。死体がなくなった今、真相の突き止めようもない。


 いずれにせよ、百鬼夜行(パンデモニウム)は終わった。こうして青森市は無事に、ねぶた祭を開催することと相成ったのである。



◆◆◆



「いやー……外は暑い! 暑いねまったく!」


 8月初旬。フィーナはアスパムの中で待ち合わせをしていた。


 「ブルー」の4人でねぶた祭を見に行こうということになったのである。


 ヨルムンガンド討伐の功労者ということで、冒険者ギルドが、報酬とはさらに別に、祭の特等席を用意してくれたのだ。「せっかくだから行こうよ行こうよ」とフィーナが提案すると、他の3人もそれに乗ってくれた。くれるというなら病気以外なら貰うのがフィーナの主義である。


 これまでは一人きりだったが、今は仲間がいる。仲間とみるお祭りは楽しいだろうな、とフィーナはわくわくしていた。


 街はいつもよりざわざわしている。人通りが多く、みんなどこか楽しそうだ。いつもとは違う青森に、少しわくわくしながらフィーナはアスパムまでやってきたのだ。


「おう、フィーナ。早ぇのぉ」


 そこへ、声をかけてきたのは楓だった。


「あ、楓。今日も暑いねー!」

「ああ、暑いの。たげ(かなり)暑くて参ってまる。溶けそうだじゃ」

「あはは、わかる。あたしもあたしも」


 そうやって話していると、真冬と奈津も合流してきた。


「お、4人そろったね!」

「みんな元気だったかしら? 夏バテしてない?」

「なんとか元気ですよ。忍者は体が資本ですからね」

「へへ、いいねえ。それじゃねぶた祭に出発だー!」


 外は快晴。絶好の祭日和である。


 すると、そこへ声をかけてきた者がいた。


「すまない。少しいいだろうか?」


 ──それは真冬の父であった。


「あ。父さん」

「あれ以来だね。みんな、元気そうで何よりだ」

「真冬のお父さんじゃないですか。そちらも無事で良かったです」


 最初の出会いとは打って変わり、真冬の父の表情は温和だ。


「ちゃんと会って礼を言おうと思ったんだ。冒険者ギルドから、君たちも祭を見ると聞いてね、ここの居場所が分かった」

「ふうん。こないだまではひどい事をフィーナに言ったくせに、律儀になったものね」


 真冬が言うと、真冬の父は済まなそうな顔になる。


「それは……その……。いや、その通りだ。あの時は済まなかった」


 真冬の父は頭を下げる。そこまですると思っていなかったのか、真冬は途端に慌てだす。


「ちょ、何やってんのよ。頭上げなさいよ」

「君たちにはひどいことを言ったな。しかも命を助けられた。何と言ったらいいか」

「あっはっは! 真面目な()っちゃだの!」


 フィーナは思わず笑顔になる。魔物の腹の中でいろいろ話して聞かせたことは、無駄ではなかったのだ。


「真冬。すまなかったな。私は偏見まみれだった。ひどい男だったよな。こんな謝罪一つで、仲良くしてくれなんて言うつもりはもちろんない。でもこれからは変わるよう努力する。相手の……視線に立てる人間になれるようにするから」


 はぁー、と真冬はため息をつき、頭を掻く。


「わかった。わかったわよ。その言葉、信じることにする」

「そ、そうか」

「次は魔物に食べられないでよ、父さん」

「分かってる、分かってるとも」


 真冬は冗談ぽく言って、笑顔になった。それで真冬の父もほっとしたように笑った。


「君たちはねぶたを見に行くんだろう。楽しむといい。それではな」

「はい。そちらもお元気で」


 朗らかな表情で、真冬の父は去っていった。


「なんか、変わったね。真冬のお父さん」

「そうみたいね」

「人は変わるものですね。フィーナさん、ヨルムンガンドの中で一体どんな話をしたんです?」

「別に特別なことしてないって」


 魔物に食われたり、仲間の父親と仲直りしたり。人生いろいろあるもんだなぁ──と、フィーナはしみじみ思うのだった。


 外はむっと暑かったが、真昼に比べるとしのぎやすい気温だった。のんびり歩けばちょうどよく開催時間になるだろう。


「あ、アイス屋さんだ! 見て見て、屋台のアイス屋さんがいるよ!」


 フィーナが指さす先にはリヤカー式の屋台がある。軽快な鈴の音が響いている。


「ああ、チリンチリンアイスね」

「チリンチリンアイス?!」

「青森で、夏のあたりに出没するアイス屋さんよ。買ってみる?」

「そんなのがあるんだ……」


 こりゃ買うしかない、と思いフィーナは財布から迷わず銀貨1枚を出す。かつての日本円にすると100円といったところだろう。真冬達も「それじゃ私も買おうかな」「僕も」と言い出し、結局全員買うこととなった。


 コーンの上に盛りつけられた、カラフルなアイス。素朴で可愛い見た目だ。


 一口食べると、シャーベット状のアイスが口にとろけた。粒となった氷が甘く、冷たくてさっぱりとして美味しい。


「ふわー、美味しー!」

「懐かしい味ね。子供の頃はよく食べたわ」

「そういえば、僕の父はこれのことをカランカランアイスと呼んでましたね」

「え、なにそれ? 逆にそれ聞いたことないんだけど」


 奈津と真冬の認識は微妙に食い違いがある。呼び名が違う理由は結局よく分からなかった。地域により差があるのかもしれない。


「青森の人って、夏になるとみんなコレ食べてたの?」

「みんなかはともかく、知らない人はいないんじゃないかしら」

「ですね。異世界との融合が起こる前から、学校の運動会とか、何かしらイベントがあるたびにチリンチリンアイス屋がやってきてましたから。定番ご当地アイスってやつです」

「すげえなあ」

「ちなみに、青森の東……十和田や八戸方面だと、カラフルな盛り付けの「花火アイス」という、似たようなアイスがあるらしいですね」

「何それ?! 青森どうなってんの!?」


 暑い日に、冷たいアイスは体を程よく冷ましてくれた。楓は話もせず、夢中でアイスを食べている。


()ぇなぁ。むふふ」

「こぼさないでよ、楓」


 そうこうしているうちに、少しずつ陽は傾いてきた。夜が近づいてきたのだ。


 用意されたねぶたの席は、国道の脇に設置されていた。ビニールシートに座布団まで丁寧に並べられている。


「おお、特等席ってやつ?」

「いいわね。冒険者ギルドも気が利くじゃない」


 辺りは見物客でごった返している。多くの人、多くの人種が歩道を埋め尽くしている。また、ねぶたは車道を通行するため、この期間中は交通規制も行われる。街そのものがねぶたモードとなるのだ。


 車道には、祭の衣装を着た人がたくさん立って、待機していた。緊張している人もいれば、笑っている人もいる。いつも車が通るはずの広い道路に人が立っているのは不思議な光景だ。少し離れた場所には大きな太鼓をたくさん乗せたリヤカーのようなものもある。


「それにしても、ねぶたってどのくらい歴史があるんだろうね?」

「細かいところは不明ですが、おおむね江戸時代からあるようです。300年か、400年くらいの歴史でしょうか」


 フィーナの疑問には奈津が答えてくれた。


「さすが忍者、詳しいね。このお祭り、誰がやろうって言いだしたの?」

「それが詳しいことはよくわかってないんですよ」


 なんとも要領を得ない答えだった。奈津は肩をすくめる。


「いろいろ説はあるんですよ。平安時代の武将、坂上田村麻呂(さかのうえたむらまろ)が敵をおびきよせるために作った人形が元じゃないかとか、津軽家の祖である津軽為信が作らせた大灯篭が元なんじゃないかとか。ただ、どれもいまいちハッキリとした根拠とはいいがたいんですよね」

「ありゃ、そうなの」

「ただ、これがねぶたの元なんじゃないかという祭は存在します」


 奈津は顎に手を当て、続ける。


「日本には、「眠り流し」っていう儀式があちこちにあるんですよ。灯篭(とうろう)を川に流すんです。それで、悪霊や睡魔を追い払おうという儀式ですね。それが青森ではねぶたに変化したのではないか、という説があります」

「へぇ……」

「ただ、それがどうしてこんな巨大なモノになったかは分かってませんけどね」

「ねぶたって、他の地域でもやるんだか?」


 楓の質問には真冬が答えた。


「ねぶたは津軽の祭りよ。つまり青森の西側ね。青森の東側ではこういう文化はほぼないわね」

「青森全部でやるわけでねぇんだな?」

「ええ。それに津軽でも地域によって微妙にノリが違うのよ。青森ねぶたが多分一番派手。弘前ねぷたは扇の形をしてて、上品な感じがする。五所川原の立ちねぷたは背が高くて迫力がある」

「へぇー」

「「ねぶた」と「ねぷた」って言い分けてるのは、なにかわけがあるんだか?」

「さぁ……何でなんでしょうねえ」


 奈津も真冬もそろって首をひねった。


「もう! さっきからよくわかんないことばっかじゃん!」

「しょうがないんですよ。本当にわかってないんですから。だいたい青森市のあたりは「ねぶた」で、だいたい弘前のあたりは「ねぷた」と呼ぶんです」

「なんだか不思議だね。同じ青森の中でも微妙に違うなんて」


 歴史がある祭なのに、よくわからないこともある。不思議なものだとフィーナは思う。でも、例え曖昧でも、いろいろな人がこうして、何百年も夢中になっているのだ。


「ずっと昔から、みんなねぶたに熱狂してたんだね」

「そうですね。こうやって平和に祭を楽しめるのはいいことですね」


 すると、パン! という大きな音が頭上から響いた。小さな花火のような音だ。おお、と周囲の見物客がざわめく。


「始まりますよ」

「お、今のが始まり?」

「ねぶたの始まりの合図は空砲なんです。じき、ねぶたがやってきますよ」


 ドン!! と、車道にあった太鼓が鳴った。


 太鼓は、9個か、10個か、とにかくたくさん横に並べられていて、一斉に叩き手が息を揃えて太鼓を打ち鳴らす。


(ねぶたは、空砲と太鼓から始まるんだ)


 空気が変わった気がした。さあやろうぜ、という気合のようなものが道路から満ち溢れて来る。フィーナの心臓も、太鼓のようにわくわくと心拍数を上げ始めた。


 周囲から「フゥー!!」という歓声も聞こえる。どこからか拍手も聞こえる。多分、皆、フィーナと同じ気持ちだった。


 炎のごとき夏祭り、ねぶたがいよいよ始まった。

読んでいただきありがとうございました。

面白いと思っていただけましたら、感想、ブックマーク、評価を何卒よろしくお願いします。


次話は5/6の17時頃に投稿します。

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