第27話 「ねぶた前夜」 腹の底生存者
日が暮れ、街は夜に包まれた。
ヨルムンガンドは国道に寝そべっている。まったく動かず、破壊的行動は起こさない。どうやら、眠っているらしかった。恐る恐る近づいてみると、ヨルムンガンドが寝息をたてているのが分かったのだ。
呑まれてしまった者は16名。その中にはフィーナも含まれている。
冒険者達は遠巻きにヨルムンガンドを監視しながら、必死に調べものをしていた。
青森中の図書館から魔物の書籍を取り寄せ、ヨルムンガンドの記述を探すのだ。ギルドマスターが指揮を執り、アスパム前にテントが張られ、野営所が作られた。
非常に珍しい魔物だけあって、記述はかなり少ない。手の空いている冒険者達は、こぞって本とにらめっこをしていた。
そんな中、真冬は、座り込んで両手で顔を覆っていた。
彼女の心を乱すのはフィーナだけではなかった。後でわかったことだが、真冬の父もまた、ヨルムンガンドに呑まれた者の一人だった。
もちろん、真冬は父が好きではない。嫌いと言ってもいい。だが、死ねばいいとまでは思っていなかった。
(冷静に、冷静にならなきゃ)
そう思えば思うほど、頭は真っ白になっていく。
「真冬……そ、その……大丈夫だか?」
楓が不器用に真冬の背中をさする。
「う、うぐ、ひぐぅ」
抑えが効かなくなり、真冬の目から涙がこぼれた。仲間を、家族を死なせてしまった──それは真冬の心をかき乱すには十分だった。
「うぐぅ、うわぁぁぁぁぁぁんっ」
震えながら、楓に抱き着く。楓は何も言わずに真冬の背中をさすり続けた。
少しして、真冬の心はようやく落ち着いた。「もういい、もう大丈夫」と楓から離れる。
「気にしねくてもいいはんでさ。吾ぁで良ければ、いつでもさ、肩ぐらい貸すよ」
ポンポンと楓は真冬の体を叩く。
そこへ、奈津が走って来た。真冬は立ち上がる。
「奈津。……大丈夫、少し落ち着いた。情けない仲間でごめん」
「謝る必要はありませんよ。真冬さんのことを情けないと思ったことは一度もありません」
「それより、どしたんずな? 何か伝えることでも?」
楓が訊くと、奈津は頷く。
「いい知らせを持ってきました。みんなにも伝えに行くつもりですけど、真っ先に2人に教えたくて」
「何よ? いい知らせって」
「ヨルムンガンドに呑まれた人たちは、まだ生きています。「ホークアイ」の透視でようやく確認できました」
真冬と楓が息を飲む。
「ほんとにッ?!」
奈津の肩をがっしり掴み、真冬はグワングワンと揺さぶる。
「本当なのね! 確かなのね奈津!?」
「お、お、落ち着いてくださいよ!」
「真冬、落ち着きへって」
楓に羽交い絞めにされ、真冬は「ご、ごめん」と手を離す。
「時間がかかってすみません。ヨルムンガンドは表皮も厚いし、地面ごといろんな物を飲み込んでるせいで、確認に時間がかかりました。間違いないです。あの腹の中で、今も動いている「体温」を見ることができました。人数までは分かりませんが、生存者はいますよ」
「……ありがとう、奈津!!」
真冬の心に、灯のようなものがともった。
間違いない。フィーナは生きている。きっと、絶対に生きている。なぜかそんな確信があった。
「ふふん、そりゃすこたまいい知らせだなぁ! せば、フィーナの奴もきっと生きてら!」
「そうですよね。あの人は、黙って食われて死ぬような人じゃないですよね」
「当たり前じゃない。あのフィーナよ? もしかしたら、爆破魔法で腹をブチ抜いてくるかもしれないわね」
フィーナに関して、どうやら3人の意見は一致したようだった。
「そうと決まれば、みんなに教えに行きましょう!」
「おぉーっ!」
真冬達は、調べものを続ける冒険者達の元へ駆けていくのだった。
◆◆◆
「う、うぅん……?」
フィーナは目を覚ます。辺りをきょろきょろと見回し、自分の置かれた状況に仰天した。
「何じゃこりゃ!? どこ、ここ?!」
薄暗い洞窟の中だ、と最初は思った。一面の、ピンク色の壁。細長い通路のようなところに、10人以上の人間が集まっている。周囲には、木やら草やらアスファルトの大きな破片やらが無造作に散らばっている。
「ようやくお目覚めか」
フィーナの元に男が近寄ってくる。見覚えのある男だった。
「あっ……真冬のお父さんじゃないですか」
「ああ。君は真冬の仲間、だったね」
真冬の父はフン、と鼻を鳴らす。そのしぐさは真冬そっくりだ。
「あの、すいません、訊いてもいいですかね。ここって一体どこなんです?」
「ここはヨルムンガンドの腹の中だ」
「ええ!?」
そんなバカなと思いかけるが、フィーナの脳裏に先ほどの光景がフラッシュバックする。最後に覚えていたのは、ヨルムンガンドの大きな口だ。
「ってことは、あたし食われちゃったってことですか?! え、え、それじゃ真冬は? 楓は? 奈津は?!」
「知らん。だがここにはいない。恐らく食われてはいないのだろうよ」
フィーナはほっと胸をなでおろす。スマホを起動させたが、魔物の体は電波すら遮断するようで圏外になっていた。
改めて辺りを見回す。ピンク色の壁は、魔物の腹の内部の色だろう。あちこちに松明のようなものが掲げられている。冒険者達が火を起こして明かりにしたのだろう。皆の表情は暗い。
「しかしここって、腹の中って感じはしないですね。魔物の腹にいるんだから、消化液でジュージューなってもおかしくなさそうですけど」
「消化液が効いているところもある。あそこの辺りはそうだ。近づくなよ」
真冬の父が指さす方を見ると、地面の残骸だったらしいモノが転がっていて、白い煙が立ち上っている。注意深く見ると、地面は少しずつ溶けている。
「うわっ、溶けとるっ」
「時間をかけてモノを消化する魔物のようだ。まったく……厄介なことになった」
「ほっといたら、消化液があたしらの所に来るかもしれない! ここを出ないと!」
「無駄だ。やめておけ」
真冬の父の忠告も聞かず、フィーナは全力で爆破魔法を肉壁にぶちかます。
「ブラスト・ボルケーノーッ!!」
ボウン、という大きな爆発音。だが肉壁はビクともしない。
「うげ、全然ダメだ」
「君が試す以前に、ここの冒険者が八方手を尽くしたさ。だが魔物の腹は破れないし、出口も分からなかったんだ」
「出口、無いんですか? どこかに「口」とつながってる部分があるのでは?」
「どうやらこの腹には弁のようなものがあって、一度入ったら出られないようになっているようだ。そうじゃないと説明がつかん。傍から見ただけではどこが弁か分からない。そして、もし弁があったとして、それを突破できる方法が分からない」
深い溜息をつき、真冬の父は傍にあった瓦礫に腰を下ろした。
「もう……終わりだ。出口はない。希望もない。終わりだよ。ここで死を待つしかない」
「む……」
フィーナもアスファルトの残骸に腰を下ろし、考えをめぐらすが、画期的な脱出法は何も思いつかなかった。
「……待つしかない、かもですね。助けが来るのを」
「助けか。来ると思うか?」
「分からないですけど、私の仲間なら、きっと必死に考えてくれると思うんです。この魔物を倒す方法を。そしてあたし達を助ける方法を。この状況をこのままほったらかしにするような仲間じゃありませんよ」
フィーナはにっと笑う。真冬の父は驚いたようにフィーナの顔を見つめている。
「この状況で、よくそんなことを言えるな」
「前向きなのが取り柄ですから」
「呆れたものだな」
真冬の父は苦笑する。
「絶望しかない状況でそんな表情ができるのは君だけだろうよ。凄いものだな。いや、素直に称賛に値するよ」
「あたしも魔物に食われるなんてのは人生初体験ですけどね」
「しかし……君のようなエルフもいるんだな」
少し目を細め、真冬の父はフィーナの目をまっすぐに見つめる。
「エルフというのは、卑怯で陰険だとばかり思っていた。君のような明るい者もいるとはな」
「あー、そりゃ偏見ってやつですよ! 今日から改めてください。エルフといってもいろんなのがいるんですから」
「いろんなの、か……」
「そぉーですよ。世の中には色んな奴がいるのが当然でしょう?」
「それはそうだが」
「まったくもう。どうしてそんな考え方をするんです?」
「だって、そりゃ……前にテレビで言ってたんだよ。エルフは性格が悪いって言ってるコメンテーターがいたんだ。雑誌にだって書いてあったさ」
「呆れた。たったそれだけで他人を下に見るなんて、そりゃー真冬から嫌われますよ!」
「……」
真冬の父はぎょっとした表情になる。フィーナがあまりにあけすけに言うのに驚いたようだ。
「そ……そうか。真冬は私のことを嫌っているのか、やはり」
「はい。そう言ってました。他種族を見下してるから嫌いだって」
真冬の父はうなだれる。それから天を仰ぐように上を見上げ、「そうかぁ」と小さく言った。
テレビで言ってた。雑誌に書いてあった。たったそれだけの理由で見下されてはたまったものではない。
だが、人というのは案外こんなものかもしれないとフィーナは思う。ものすごく些細な理由で、偏見をもったり、他人を見下したりしてしまうものなのだ。
「……フィーナさん」
「はい?」
「教えてくれないか。君たちの仕事のことを」
「いいですけど、どうして?」
「言われてみれば、私はエルフとこうやって話すのは初めてだ。知ろうとすらしてこなかった。聞きかじった情報だけで勝手なイメージを持っていた。だから話してほしい。君たちが何者なのか。君の口から教えてほしい」
フィーナはぱっと笑顔になる。
「へへへ、いいですとも。それじゃ、あたしと真冬の出会いから話しましょっか!」
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次話は5/3の17時頃に投稿します。




