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エクストラステージ(前編)

ボーナストラックの、さらに翌日のお話です。

鹿角のことがちょっと不穏すぎたので、ワンクッション。

次章との繋ぎ的な内容となります。


※文章は不知火が担当しております。

「アタマ痛ぁぁーーいぃ…」

「脳疲労だな。普段から頭を活用していないからそうなるんだ」

 ガンガン響く頭痛のために、文字通り頭を抱えてソファーへと倒れ込んでいる私に対しての言葉がこれとは。

 時刻は昼を過ぎた頃。敵対している組織であるニュクスの目から隠れるために、カーテンを締め切っているせいで、外の様子はよくわからないが、隙間から溢れる光の加減で晴れているのだろうということは判断できる。

 そんな軟禁部屋の一角で、私はSEAL(シール)の訓練も兼ねて、鹿角からいろいろ教わっていた。

 ちょっと面倒くさい出来事があった後だから、てっきりもう二度と顔を合わせたくないとか言って姿を見せないのではとも思っていたのだが、しかしそこは生真面目な性格のためなのか、それとも彼が敬愛する上司の命令だからなのか、あるいは両方だからかはよくわからないが、翌日何事もなかったのように……とはさすがに無理があったものの、それでも三割くらいは不満を残した顔で私の前に現れた鹿角は、新たに用意された着替えを届けに来てくれたついでに、こう言い放った。

「巴、これからお前に、SEAL(シール)の使い方を教える。一週間でマスターしろ」

 SEAL(シール)とは、一度ではとても覚えきれない横文字がずらずらと並んでいる超すごいガジェットで、科学と医療の最先端技術を凝縮した上に、ちょっと魔術方面のアレソレも組み込んだハイブリッドナノマシンのことだ。……だったと思う。確か。

 しかし、これは私自身が望んで手に入れたモノではない。知らぬ間に持たされたモノだ。

 その張本人であるディシールは「きっと役に立つだろう」と言ってくれたのだが、正直な所、どう扱えばいいのか全くわからなくて困っていた。

 なので、教えてくれるというのなら素直に喜ぶべきところだったのだが、

「理論については話しても無駄だろうから、とりあえずは実践しながら教えることにする」

 さりげなく失礼なことを大上段から言われたものだから、反骨精神に火がついてしまった。

 ……まぁ確かに、実際のところ、聞いたところでわからないのは間違いないのだけど。

 かといって、言われっぱなしなのも面白くない。

 よーし、だったら完璧にマスターして見返してやろうじゃん、と奮闘した結果、得たものがこの酷い頭痛なのだった。


 †


 以前よく着ていたような薄手の黒いハイネックセーターとデニムのジーンズというセットは、おそらく私の心理状態を考慮した上での選択だろう。サイズも着心地も申し分はない。

 誰の気遣いかは知らないが、やはり着なれたスタイルでいるのは落ち着くものだ。

 私はそんなオークウッドの配慮に素直に感謝しながら、バスルームで手早く着替えを済ませた。

「お待たせ。さ、はじめましょう?」

 私が言うと、鹿角が小さく顎を引いて頷いた。同時に、その白皙の顔に一瞬だけ新緑の輝き――SEAL(シール)の光が軌跡を描き、二人の間に大きめのARスクリーンがポップアップする。

 まずは簡単な説明から。

 基本的な機能である他者との通信、ARスクリーンの表示の仕方、その操作方法、その他どういうことができるかについてのレクチャーをひとしきり。

 SEAL(シール)自体の基本設定は私の意識がない内にいろいろと完了していたようで――それはそれで納得がいかないのだがこの際はとりあえず横に置いておくとして――、外部端末を必要としないだけで、普段慣れ親しんでいる機能は一通り使えるのがわかって安心する。

 未知の最先端技術に尻込みをしていた私だが、この分ならさほど苦労せず習得できそう――と思ったのも束の間、鹿角が今日もかけている伊達メガネのレンズに照明の光を反射させながら、こう宣言した。

「ここからが本番だ」

 スクリーンの画面がたちまち切り替わり、私の目の前には大きな迷路が現れた。迷路の中心には点滅する小さな丸いアイコンが浮かんでいる。

「巴には簡単なゲームをしてもらう。ただし――」

 サポート用のインターフェースを一切使わずに、自身の脳波だけでコントロールしろ、とのことだった。

「基本中の基本を覚えて貰わないと、何も始まらないからな」

 いやぁ、別に始まらなくてもいいんですけど。

 SEAL(シール)には、脳への負荷を減らす為にサポート用AIインターフェースが搭載されている。なので、私のような何もわからない初心者でも、先に説明されたような基本操作だけなら問題なく使えるようになっている。

 だが、鹿角が言うには、

「AIに頼ってばかりだと、いざという時に困るぞ」

 だそうで。はぁ、そうですか。

 いざというときが来ないことを祈るのでは駄目かな。駄目か。めっちゃ怖い顔で睨んでるもんな。ちぇっ。


 そういうわけで、この軟禁部屋である超高級ホテルのスイートルームにて、渋々ながら訓練用のゲームに取り組むこととなった私なのであったのだが、どっこい、これがなかなか難しい。

 プルプル震えるだけで一向に動かなかったり、かと思えばいきなり明後日の方向へすっ飛んでいったりするアイコンに、私はあっさりと匙を投げた。

「脳波で画面上の記号を操作するなんて、猿でも出来ることだぞ」

 ソファーにひっくり返って不貞腐れる私に、鹿角が呆れた顔をする。

「そんなこと言われたって、こんなけったいな代物、私は初めて触れるんだから、いきなり使いこなせるわけないでしょ。コツくらい教えてくれたっていいんじゃないの?」

 私がジト目で文句を垂れると、鹿角はその整った顎に手を添えて、

「それもそうだ」

 と呟いた。あ、そこは素直に受け入れてくれるんだ。

 それにしても、そうしているだけで絵になるといっても過言ではない立ち姿は、肌と髪の白さも相まって、屋内だというのにやけに眩しい。

 今日の鹿角の装いは、スタンドカラーの白いシャツとダークグレーの細めのスラックスだった。シャツの襟は二重になっているようで、内側からはボトムに合わせたグレーの布地がチラリと顔を覗かせているし、よく見れば、袖口も同じ色になっている。少し捲っている上にそんなにまじまじと見ていなかったから気付くのが遅れた。

 オーダーメイドなのだろう、彼のスーパーモデル並みの体型にジャストフィットしていて一分の隙もない。

 例のストールは置いてきたようだが、その代わりのアクセントとして、ループタイを首から提げており、両手には薄手のハーフグローブを嵌めている。髪は一部だけを結ったハーフアップだ。

 伊達眼鏡は前日と同じもののようだが、押さえるところは押さえた上での崩し加減がお洒落上級者といった様相で、側にいるだけでこちらが萎縮して消えたくなる。

 そう、鹿角は()()()()()()()()()、ただのとてつもない美形なのだ。

 だが口を開いたが最後、彼は嫌味と悪態しか発しない、そして正論で人をぶん殴ってくる残念な屁理屈男と化してしまうのであった。なんと勿体無いことか。

 まったく、どういう育ちかたをすればこうなるのやら。親の顔が見てみたいものだ――

 などと考えていたら、鹿角のその宝石のような色違いの瞳がついと動き、私を見据えた。ひぇっ。

 SEAL(シール)って、まさか頭の中で考えていることも筒抜けじゃないよね? そうだったら困るんだけど?

「……巴は空手をやっていたんだったな。鍛練、修練はどうしていた?」

「どう、って……。型と組手をひたすら繰り返して動きを覚えたわね。あとは、基礎体力をつけるための筋トレとか」

 鋭い視線にどぎまぎしながら答えると、鹿角はつんと顎を上げ、私を見下ろしながら言った。

「それと同じだ」

 なるほど。

 とりあえず、いろいろ理屈は捏ねるけれども、鹿角もロウに負けず劣らずの脳筋タイプなのはよくわかった。


 そうして()()()()()()()()を得てがむしゃらに迷路ゲームと格闘すること数分。

 力んだり身体をねじったり、端からみれば滑稽でしかない姿を晒す羽目になったわけだが、もうそんなこと気にしてなんていられない。

 時々、力んだ拳や手首の辺りでロウや鹿角達が発するような光の筋が走るのが視界に入る。見えてはいないが、多分顔も同じ様に電飾みたいに光っていただろう。

 私は一人エレクトリカルパレード状態となりつつも、必死に念じ続け、どうにかこうにかアイコンをゴールまで運ぶことに成功した。

「……っしゃ!」

 小さなガッツポーズと共に、座っていたソファーに背中から倒れ込むと、手首に走っていた光の筋がすっと消える。

「寝るな。次いくぞ。次はもっと早くクリアをしろ」

 褒めもせずにハードルガン上げとかこいつは鬼か。いや吸血「鬼」だったわ。

 ロウもそうだけど、吸血鬼だの狼男だの何だのと、あまりに普通に存在しすぎていて調子が狂う。

「神経が今の刺激を忘れない内に反復して刻み込め。でないと、すぐに振りだしに戻るぞ」

 はいはい、わかりましたよ教官殿。やればいいんでしょ、やれば。

 そんな感じで次々と出される画面をひたすら攻略し続け、かれこれ30分ほど経った頃だろうか。

「……今日はここまでにしよう」

 鹿角がそう言った途端に、どっと疲れが押し寄せた。

 やっと解放された――安堵のままソファーの背に深くもたれたのも束の間。

「……ん? あれ?」

 急激に世界がグラリと回転して――

「いっ――!?」

 眼精疲労に肩こり、その他諸々、酷使しまくった脳細胞に蓄積した疲労が、猛烈な頭痛と眩暈と吐き気に姿を変えて襲いかかってきた。

 たまらず、頭を抱えてソファーに昏倒する。

 これはVR酔いってやつなのか?

 いや、 拡張現実スクリーンだから正しくはAR酔い?

 どっちでもいいけど、こんな具合に疲れていたらSEAL(シール)なんてまともに扱えないんじゃないだろうか。

 SEAL(シール)って、もしかしたら根本的に私の体質に合わないのでは?

 だとしたら無用の長物なのでは?

 っていうかコレ、不要の場合はちゃんと取り出して貰えるの? このまま死ぬまでおかしな機械と共に生きていかなくちゃならないの?

 いろんな考えと不安が一度に溢れる中、ふと、高城の最期の姿が脳裏によぎる。

 赤黒い光を全身から放ち、異形へと姿を変えた彼のように、私の中で変異を起こして暴走したりはしない? 本当に大丈夫なの?

 後ろ向きな考えがぐるぐるしはじめて、心細いやら情けないやらで涙が出そうになる。

 もっとも、安易に泣くとまた面倒臭いことになるから、もう絶対に泣くもんかと固く心に決めているのだけれども。

「うぅ……気持ち悪……」

 呻き声をあげると、呆れた表情で私を見ているであろう鹿角が、盛大なため息をついた。

「目で追おうとするからそうなるんだ。考えるな。感じろ」

 もはや、どこかで聞いたような台詞ね、と突っ込む余力もない。

 ソファーに突っ伏し、両腕で抱えたクッションに顔を埋めてウンウン唸っていると、鹿角がまたため息をつくのが聞こえた。

「ニューロンとシナプスにSEAL(シール)の信号が定着すれば、そんなことにはならない」

 わずかな衣擦れの音が近付いてきた。と思ったら、突然、わしっと後頭部を掴まれた。

「!? !???」

 クッションに埋めていた顔を更に押し込まれるような形になり、慌てる私に、

「いいから動くな。じっとしていろ」

 鹿角が少々苛ついた、そしてぶっきらぼうな口調で言い放つ。直後、触れている掌から、何か冷たいものが流れ込むような感触がした。

 途端、あれだけガンガンと響いていた頭痛が、潮が引くようにすーっと消えていく。

「『過剰になっていた脳内の血流を抑えて、代わりに鎮痛物質の分泌を促進させた。これで少しはマシになるはずだ』」

 傍らから聞こえる声だけでなく、頭蓋の内にも音声が響く。SEAL(シール)経由の通信だ。初めて体感したときもそうだったが、いきなり頭の中で響く音声というのはどうにもまだ馴染めない。

 骨伝導とも違う奇妙な感触――鼓膜の更に奥の部分、脳味噌の聴覚を司る部分を直接撫でられるような、そんな具合でぞわぞわする。こんな得体の知れないもの、本当に慣れる日が来るのかな。

 それはさておき、そうこうしているうちに頭痛どころか目眩も吐気も収まってきた。私の頭を掴む手も離れたので、恐る恐る顔を上げる。と、ハーフグローブを嵌め直している鹿角と目が合った。

「今のって、治癒魔法?」

 そろりと身を起こしながら聞くと、

「違う。SEAL(シール)を使ったアレルギー抑制の応用だ。サイトカインによる細胞間シグナルを――」

 言いかけて、なぜか途中でやめる。

「――とにかく、お前の体調(コンディション)については、常時SEAL(シール)とリンクさせて監視(モニタリング)している。多少の不調なら俺がすぐ治してやるから(わめ)くな」

 噛み砕いて説明するのも面倒臭くなったらしい。

 言い方どころか、態度も表情も相変わらずだが、しかしまぁ、彼なりに考えて対処してくれたのは伝わった。

 なんだ、意外に優しいところあるじゃん――そう思った途端、ニヨっとした笑みを浮かべてしまった。

 鹿角は露骨に眉間の皺を深くすると、ぷいと顔を背けて私の側から離れた。

「鹿角くん」

「何だ」

 そっぽを向いてはいるが、律儀に返事はする。

「治してくれてありがとう」

「……礼には及ばん」

 いまだにコミュニケーションがよくわからない部分もあるけれども、なんとなく、少しだけ、理解した。

 鹿角のあの顔は、怒っているのではない。度を越した照れ隠しだ。

 あーーー。なるほどね?

 頬肉と口角が弛んでしまうのを止められない。駄目だ、今笑ったら、絶対に機嫌を損ねる。でも、無理。我慢できない。やばい。

 ――と、その時だった。

「よーっす、やってるー?」

 ノックもそこそこに、飲み屋の常連客のような何とも気の抜けた挨拶と共にロウが扉を開けて入ってきた。しかも今回は、ルームサービスが使うワゴンを伴っている。

SEAL(シール)の練習を頑張っている巴ちゃんに、差し入れだよーん」

 部屋の天井が高いせいもあって遠目で見る分にはそうでもないのに、近寄られるとやはりその巨体の存在感に圧倒される。

 とはいえ、

「どう? 少しは慣れた? 頭痛くなったりしてない? 」

 にこにこした人懐っこい笑顔で、こうして気遣われるとほっとする。

 何より、彼は私を二度も助けてくれたのだ。命の恩人だという揺るがない事実が、警戒心を解くのを後押しする。

 あぁ、あと、服装もここ数日見ていた姿とさほど変わらないという点も、親近感がわいて落ち着く要因だといえる。

「大丈夫よ。鹿角くんが治してくれたから」

「やだ、鹿角くんったらやっさしーい。俺にもたまには優しくしてよぉん」

 ぶりっ子ポーズで揶揄されて、離れた場所にいるはずの鹿角がイラッとするのを察知した。あわわわわ。昨日の今日でまたあんな事態になるのも避けたいのだが。

 内心で冷や汗をかくものの、鹿角は反論せず黙ったままだったし、ロウも気にした様子もなく、ワゴンに載せたものを次々とテーブルに並べていく。

 え、何これ? 何がはじまるの?

 戸惑っている私を他所に、白く輝く陶器の皿やカップ、綺麗に磨かれたカトラリーやら何やら。

 そして、埃避けと型崩れ防止のためのケースの蓋を外して最後に登場したのは、フルーツ山盛りの大きなタルトだった。それも、ケーキ屋さんのショーケースでしかお目にかかれないようなビッグサイズが丸々ワンホールだ。

 唖然としている私に、ロウが言う。

「心配しないで。見た目ほど甘くはないはずから。頭痛は治まっても、消費した糖分は補給しないとね。脳の疲労にはブドウ糖、果糖が一番。それとクエン酸! うんうん!」

 喋りながら、手際よくテーブルセッティングをしている。

「時期が時期だから新鮮なフルーツがあんまりなくて偏っちゃったけど、とっておきのコンフィチュールも使ったし、自信作なんだよ。あとねぇー、タルト生地は米粉を使ってるからカロリーも控えめでヘルシーだから、安心して食べて」

 狼男の口からカロリーだのヘルシーだのという言葉を聞くとは思ってもいなかったわ。

「……え? っていうか、待って? これ、もしかしてロウが作ったの?」

 今日も朝から姿が見えないなとは思っていたが、まさかこんなことをやっていたとは。

「そうだよー。上手でしょ」

 ロウがドヤ顔でその大きな胸を張ると、それまで遠巻きに私達を眺めていた鹿角が呆れような溜め息をつきながら近寄ってきた。

「そのサイズ、また厨房に無理を言ってオーブンを使わせて貰ったな? タルト皿だけじゃなく食器までくすねて来て……って、お前、もしかしてこの鳳梨と檬果――!」

「えー、だってしょうがないじゃん。市場は休みだったし、それに俺の部屋のだと8インチまでしか焼けないし、道具だって限られるし」

 いや、部屋にオーブンあるんかい、っていうか、本当にどういう流れなんだ、これは。

 狼男で、鬼神のような戦いっぷりを披露した彼が? プロのパティシエ顔負けのタルトを? 手作りした??

 情報量が多すぎて、折角治まった頭痛がぶり返しそうになる。

 しかし、そんなことを気にしているのは私だけ。鹿角は小言をいうのを諦めたのか、それ以上は何も言わずにテーブルセッティングを手伝い始める。

 ……そういえば、昨日はロウがあんな態度を取った鹿角に「よーっくいい聞かせとくから」と言っていたが、あの後で一体どんなやり取りをしたのだろう。

 しかし、私が事の発端ではあるものの、本来ならば部外者の立場である私が深く詮索するようなことではない。

 なんだかんだ言っても付き合いが長そうな二人だし、あのようなやり取りも日常茶飯事なのか、取り立てて騒ぐほどのことでもないのだろう。

 などと考えている間に、あれよあれよとセッティングは進み、綺麗に敷かれたテーブルクロスの上には、主役の特大タルトが切り分けられるのを待っていた。

 季節外れのマンゴーにパイナップル、それからオレンジに、黄桃まで。

 それらが文字通り山盛りとなったミックスフルーツの塊は、太陽みたいに明るい黄色をしていて。

 ――ひょっとして、ロウは私を元気付けようとしてくれているのか?

 そして、そうと認識した途端、なぜか腹の虫がまた盛大な音を立てて自己主張をした。

「うぁぁ――!!」

 慌てて腹を押さえるも手遅れだ。ちょっと、もう、本当に何なの、この腹の虫の正直加減は。

 そりゃぁ、自分自身、人と比べたら大食いなのはわかっているけど。だからって、昨日だってロウが差し入れてくれた食料をあんなに食べたし、何ならルームサービスで用意して貰った朝食も昼食もしっかり完食したというのに。

 恥ずかしいにも程がある。顔が熱いから真っ赤になってるのは容易に想像がついたけれども、ロウは笑って流してくれた。

「気にしない、気にしない。傷の再生時に消費したエネルギーが、それだけ多かったということだよ。それよか、ほら、アフタヌーンティーの時間だし、休憩して一緒に食べよう?  鹿角も腹減ってるだろ? ドリンクはどうする?」

 ロウに聞かれて、ついいつもの癖で「コー……」といいかけた私は、そこではたとあることを思い出し、口ごもってしまった。

 ロウは切り分け用のナイフを持った手を止めて、私に目を向けた。

「ん? 遠慮しなくてもいいんだよ?」

「でも、コーヒーは苦手だって……」

 言い淀んだところに聞こえる、小さな音。

 おいこら鹿角、お前、今舌打ちしたな?

 見れば、そこには眉間に皺を寄せながらも湯沸かしポットと人数分のカップ、それからいつもの紅茶のパックを用意している鹿角の姿が。

「あー」

 察したロウが、苦笑を浮かべる。

「確かに、俺はコーヒーはダメだけど、巴が今飲みたいものを好きなように選んでくれた方が、俺としては嬉しいかな。もちろん、鹿角もだぜ? 俺に気を遣わなくてもいいからさ」

 やんわりと釘を刺すように言われた鹿角は、バツが悪そうな表情を一瞬したものの、

「別に、お前のことなんか気遣っていない。それに、フルーツタルトならニルギリの方が合う」

 テンプレ通りのツンデレ憎まれ口を叩きながら、人数分のティーバッグをポットに沈める。

 何というか。

 先程の頭痛を治してくれた時もそうだけど。

 ちらりと横目でロウの顔を窺えば、それに気づいたロウも、にんまりとした笑みを私に向ける。

 性格がチグハグすぎて仲が良いのか悪いのかよくわからない二人だけど、こうしていると、割れ鍋に綴じ蓋とでも言うのか、結構ウマが合っているように思える。

 鹿角のことも、ちゃんとやっていけるかどうか心配していたけど、この分なら大丈夫かもしれない。

 まぁ、まだ少し時間はかかりそうだけど。

「いいわよ、鹿角くんがそう言うなら、紅茶をいただくわ」

 再び眉間の皺を深くして気難しそうな顔をする鹿角に向かって、私は笑いだしそうになるのを必死に堪えながら伝えた。

以上、「狂月の女神」これにて完結です。

この続きついてはまた準備中。いずれどこかでご披露できたらいいなと思います。

いいねや評価、感想等よろしくお願いいたします。


次章の準備も継続中。次はもっとアクションマシマシでド派手にいきたいですね。

新キャラも何人か登場する予定。

どうぞお楽しみに。(^^)/


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2023年2月17日追記

……とか言ってましたが後半も更新しました。

アンケート御礼として置いていたものです。

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