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満月の夜の殺人事件!犯人は「狼男」!?――オカルト嫌いな自分が実はオカルトそのものだった!?【UNKNOWN】アンノウン 狂月の女神  作者: 【共同制作】文章:国広仙戯/企画原案:不知火昴斗
●6 ウェルカム・トゥ・ニューワールド
25/32

02

「んぐっ――!?」

 いきなり頭の中に響いた女の子の声に、私は胸を撃ち抜かれたような衝撃を覚え、危うく口の中のものを全部ぶちまけてしまうところだった。

「おおっと、大丈夫か? ほら、水」

 声も出せずに身を震わせる私に、ロウが急いでキャップを外した水のボトルを差し出してくれた。私はそれを受け取り、一気に煽る。

「ちょっとデイスゥ、いきなり話しかけたから巴が驚いちゃったじゃん。ワンクッションぐらい置こうぜー?」

『この私に向かって〝ちょっと男子ぃ〟みたいなノリで話しかけてくるのはお前ぐらいだろうな、ロウ。少し待て。いま鹿角と共にそちらへ向かっているところだ』

 わけがわからない。どう聞いても小さな女の子の声が、尊大な口調で喋っている。しかもそれが、部屋のどこかにあるスピーカーから聞こえてくるのではなく、私の頭の中に直接響いているのだ。一体何が起こっているというのか。

「な、なにこれ? なんなの? あたしの頭の中に通信機でも入れたの?」

 単なる思いつきでそう言っただけなのだが、私の言葉を聞いたロウが、

「あー……」

 と微妙な反応を示した。そのせいで、何となくだが()()()()()()()()()()()()()というのが直感的にわかってしまった。

『おお、そうだったな。まずはそこから説明するべきだったか。すまないな、巴。私の一存で、君の体にロウや鹿角達と同じ〝SEAL〟を注入させてもらった。なに、心配することはない。我がオークウッド財団きっての天才が発明したシステムだ。きっと役に立つ』

「……へ?」

 しれっと突きつけられた事実が、すぐには理解できなかった。

 注入した? 私の体に? ロウや鹿角と同じ〝SEAL〟を? 〝SEAL〟って何だっけ? 確か、体が光るスキンコンピュータで、そういえば高城も似たようなものを使っていた記憶が――

「はぁ!?」

 あんなものを私の体に注入したとは一体全体どういうことだ、という意味の叫びが喉から飛び出した。

 その時、タイミングよく部屋のドアが開く。

「やぁ、改めてこんばんは、西尾巴くん。君の主観的には、お初にお目にかかる、となるのかな?」

「わ……!?」

 思わず声が出た。それほど、室内に入ってきた人物は印象的だったのだ。この感覚は、鹿角の素顔を見た時に受けた衝撃とよく似ている。

 声の響きから予想していた通り、そして口調とは裏腹に、現れたのは幼い女の子だった。少なくとも見た目は。少なくとも第一印象は。

「ふふ、定番通りの反応をありがとう。自分ではこの格好が気に入っているんだ。細かいことは気にしないでくれたまえ」

 声音こそ鈴を転がすように可愛らしいが、やはり言い回しがそれらしくない。そう、ロウ達の関係者であるという時点で、見た目と中身が同じとは限らないのである。私は警戒しつつ、突然の闖入者の姿をつぶさに観察した。

 目が覚めるような銀色の長い髪。鹿角も同じ銀髪だが、髪質がまったく違う。こちらはいかにも柔らかそうで、それでいてサラサラとしている。

「はー……」

 溜め息を禁じ得ない。そんな美しい銀髪と相まって輝くのは、大きく綺麗な黄金の瞳。こちらはロウの目と似た色だが、やはり若干なりとも質が違う。髪も瞳も、潤いがある――とでも言えばいいのだろうか。少女特有の雰囲気が漂っていた。

 白磁の肌に身に纏っているのは、ふんだんにレースを使用した、細身な漆黒のドレス。手に持っているステッキもまた、どこか禍々しいデザインをしているが――これがもう、憎いほど似合っているのだった。

「す……ご……」

 堪らず唸ってしまう。肝心の顔立ちがまた、ビスクドールもかくやという絶世なのだ。まだ幼い少女だというのに、完成された将来像が脳裏に描けるほどには整った美貌をしている。いや、整っているとかいないとかそういうレベルではない。

 完璧な美――それを少女の形に固めればこうなるのではないか、という理想像がそこには立っていた。

「おや? これは褒められたと思っていいのかな? なぁ、鹿角」

 呆然と見惚れる私の様子に、絶世の美少女は、側に立つ長身の男に艶然と笑いかけた。

 ロウと同じく漆黒のコートではなく、どこか高城を彷彿とさせる洒落っ気のある格好をした鹿角が、折り目正しく頷きを返す。

「そうではないかと。総裁の美しさは、いつ見ても溜め息が出るほどですから」

 ネイビーのカジュアルジャケットに、同色の細身のスラックス。黒いシャツにシルバーグレーのネクタイを緩く締めて、ネックレスのようにしている。きちんと体裁を整えてはいるが、所々にラフさを感じさせる姿だ。かてて加えて、それなりに長い銀髪を、なんと後ろで結って総髪にしているではないか。しかも髪を結ったことで耳が露わになっているのだが、そこには小さなターコイズのピアスをつけている。さらに言えば、サングラスの代わりに優しい雰囲気の眼鏡をかけていた。カジュアルかつシンプルなロウとは正反対に、実に瀟洒なアーバンカジュアルであった。

「そうかな? いやはや、くすぐったいことを言ってくれるね」

 くすくすと、鹿角から〝総裁〟と呼ばれた少女は楽しげに笑う。どう見ても子供なのに、所作の一つ一つがやけに洗練されている。これは勘だが――やはり〝中身〟は少女ではあるまい。おそらくは大人の女性。そして、ロウや鹿角と同じく、人間ではきっとないのだ。

「私としては、巴、君のような大人の女性への憧れがあるのだけれど……まぁ、それは〝ないものねだり〟というものかな。おっと、そういえば自己紹介を忘れていたね」

 いつの間にか、少女は私の近くまで歩み寄っていた。その背後に、鹿角がSPよろしく立っている。赤と青の色違いの瞳が、何故か物言いたげに私を見据えているようだが、残念なことに意図が汲み取れない。多分、余計なことは言うなとか、おかしなことをするなとか、そういったメッセージだとは思うのだが。しかし、私だって今は混乱の坩堝るつぼに放り込まれている真っ最中なのだ。多くを求めるのは勘弁して欲しい。

 漆黒のドレスを着た美しい少女は、うやうやしい所作でスカートをつまみ上げ、カーテシーをする。

「私はディシール・オークウッド。御覧の通り、正体不明のちょっと怪しい女の子さ。詳しいことは言えないが、今はオークウッド財団のCEOをしつつ、裏ではこのロウや鹿角といった頼もしい仲間達と共に、日夜世界平和に貢献しているところだ」

「CEO……?」

 色々と情報量が多すぎる自己紹介に、上手く情報を処理しきれなかった私が真っ先にすがりついたのがその単語だった。

 CEO――つまり、最高経営責任者。

 嫌な予感はしていたのだ。鹿角が彼女のことを〝総裁〟と呼んでいたし。まさかとは思いつつも、その可能性は充分にあると思っていた。

 しかし実際に耳にするだに、それは想像以上の破壊力をもって私の常識を打ち砕いた。

「――え、でも、待って? 確か、オークウッド財団の総裁って、大人の男の人じゃ……」

 ニュースなどでその姿を何度か見た記憶がある。だが、

「あれは影武者というやつだ。流石にこの見た目では表舞台には立てないのでね、信用できる人間に総裁として振る舞ってもらっている。しかし彼が発言する内容は、事前に私が考えたり、この〝SEAL〟の通信でリアルタイムに伝えたりしているので、方針がブレることはまずない。これでご納得いただけるかな?」

 微に入り細に入り、少女――ディシールは解説してくれた。

「ついでに言うと、君のバイタルも、ロウとの会話も〝SEAL〟の回線を通じてこちらに筒抜けだ。もちろん、君が関わった事件についても報告を聞いているし、ログも閲覧している。大丈夫、私は何でも知っているよ」

 にっこり、と天使のような笑みを浮かべて、悪魔みたいなことを言う。穏やかな口調に騙されそうになるが、よく聞くと『お前は私に監視されているぞ』と言ったのである、ディシールは。

「説明の前に、一つ非礼を詫びよう。この二人、君に対してまともに自己紹介をしていなかったようだ。教育不足で申し訳ないね」

 まったく、と呆れの息を吐くと、ディシールはステッキを持ち替え、杖頭でロウを示す。

「彼はロウランド・ガルー。我が愛すべき『イレギュラーズ』の古株だ。エースの一人ではあるが、同時に最大の問題児でもある。別名〝クラッシャーズ〟の片割れ。まぁ、暴れん坊の狼男だというのは、君が見てきた通りだ」

「おいおいデイス、そんなに褒めるなよ。照れるじゃん」

 ロウの揶揄を無視して、すい、とディシールのステッキが動いて、今度は背後の鹿角を指した。

如月きさらぎ鹿角かづの。同じく『イレギュラーズ』のメンバーであり、〝クラッシャーズ〟の残り半分。たまに融通の利かない面が顔を出すが、それを補って余りあるほど有能な男だ。まぁ、有能なのはロウもなのだがね。知っての通り、吸血種と人間のハーフだ。ここにいる者の中では、()()()()()()。気難しい奴だが、仲良くしてやって欲しい」

「ありがたきお言葉。ですが、お気持ちだけいただいておきます」

 形式的には礼儀正しく、しかし私の感覚から言えば失礼千万なことを、鹿角は固い声で告げた。つまり、私と仲良くすることを丁重に断りやがったのである。

 しかしディシールはロウの時と同様、鹿角の発言には触れず話を続けた。

「さて、話は『どうして君が狙われ、今回のような顛末になってしまったのか』だったかな?」

 ステッキを絨毯に突いたディシールが、ちらり、と背後を振り返る。その動作だけで意図を了解した鹿角が、離れたところにあった一人掛けのソファをベッド脇まで運んできた。

「ロウから聞いていると思うが、我々オークウッドは昔から君を見守っていた。いや、君達家族を、か。気付いていなかったとは思うが、それなりに苦心して陰ながら守護していたのだよ。別にねぎらって欲しいわけではないがね」

 緩やかな所作でソファに腰掛けたディシールは、ふ、と美しく整った顔に微苦笑を浮かべた。生きている人形、というものが存在するのなら、この彼女をそう呼ぶのだろうと思う。

「私達の使命はなにも君の守護だけではない。我々が守ろうとしているのは()()()()()()だ。その中に、君という〝無変異種イミューン〟という存在も含まれている――と言った方が正確かな。君という存在はもちろんのこと、君に秘められた因子から生まれるであろう災厄からも、世界を守る。それが我らオークウッド財団の理念の一つだ」

「世界を……守る……」

 壮大に過ぎる話に、思わずオウム返しにしてしまった。

「そうとも。まぁ、理念の一つ、というからには他にも理念があるわけだが、それはまた今度にしよう。いま肝心なのは、君とその家族が何故『ニュクス』に付け狙われるようになってしまったのか、という話なのだからね」

 そう言ったディシールの顔に、深緑の幾何学模様が浮かび上がった。ロウや鹿角と同じ、〝SEAL〟の輝きだ。今となっては、私にも同じことが出来るのだろうが。

「まず簡単に言うと、私と君の母親であるなぎさは、古い友人だった」

「え……?」

 もしやとは思っていたが、まさかの爆弾発言に少し戸惑う。

「信じられないかもしれないが、本当だ。これを見てもらえれば、わかってもらえると思うのだが」

 スキンコンピュータを励起させたディシールがステッキを軽く振ると、空中に一枚の写真が浮かび上がった。ホログラフで投影された画像だろう。それが意志を持ったような動きで、私の目の前にまで移動する。

「これ、って……」

 写真には見覚えのある顔が二つ写っていた。一つは私の母親――西尾渚。過去のことは未だ思い出せないが、何度か写真を見ていたので輪郭だけは覚えている。もう一つは――半ば予想していた通りだが、ディシールだった。

 しかし。

「え、ちょ……これ、どうして……!?」

 そう、見紛おうはずもない。私の母と一緒に映っているのは、どう見てもディシールだ。それも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()なのだ。

「ああ、服装が一緒なのは気にしないでくれ。お気に入りのデザインでね。その時もこれと同じものを着ていたんだ。無論のこと、これとそれとは同一の服ではないが」

「そ、そう言われても……これ、合成じゃないの……?」

 写真には、母が赤ん坊を抱き、それをディシールに見せている場面が写っている。角度的に撮影したのは父だろうか。そして、もしかしなくとも、この赤ん坊は私なのだろうか。

「そう思うのも無理はないが、私は実際に君をこの腕に抱いたからね。とても小さく、軽く、愛らしかったのを覚えている。それがまぁ、こんなにも大きくなって。感無量とはこのことだ」

 腕をまるで赤ん坊を抱くかのような形にして、ディシールは懐かしそうに語る。

「……これが本当なら、二十年以上も前の写真で、今の姿と変わらないってことは、やっぱり……」

 わかってはいたが、こうして物証で見せられると何とも言えない気分になる。まだ合成である可能性は消えていないが、これまでの経緯を考えるに、ディシールがそうした工作をするメリットは薄いように思えた。

「ああ、こう見えても私はそこの狼男よりも長く生きているお婆ちゃんさ。あくまで、人間で言えば、だがね」

 ふふふ、とディシールが悠然と微笑む。指を差されているロウも、どうやらかなりの高齢であるらしい。それもそうか。私が子供の頃に、今と同じような姿で助けに来てくれたのだ。やはり見た目よりも年を喰っていて、しかし肉体は若いままなのだ。

「元を辿れば、君の先祖と、先代の総裁とはちょっとした関係があってね。その縁で、私は君の祖母にあたる人物と知己だったんだ。だから、君の祖母――霧香きりかというが、彼女に頼まれたのと、特殊な『血』を引く一族を守らなければならない使命も併せて、私はずっと君達を見守っていた」

 少し遠い眼差しをするディシールの黄金の瞳。彼女の口調からは嘘が感じられない。本気で、昔を懐かしがっている様子だ。

「先代総裁や、その後を継いだ私も、渚の代まで君達の一族をどうにか守り抜いてきた。君の祖先がヨーロッパから出奔し、戦中に某国の手を逃れて満州へ落ち延び、そこからさらに日本に流れつくまで」

「ヨーロッパ……? 満州……?」

 思いも寄らぬ地名ばかりが出てきて、私は困惑を禁じ得なかった。まさか、自分がそんな遠い国に祖を持っていたとは。母も自分も、見た目は完全に日本人なのに。

 唖然とする私に、ふふ、とディシールは意味ありげに笑う。

「色々とあったのさ、本当に色々と。まぁ、それはまた別の機会に語ろう。ともあれ君を取り巻く因縁は、君が思うより遙か昔から存在していたのさ。宿業しゅくごう、と言ってもいいかもしれないね。君達の一族は名を変え、見た目を変え、住む国を変えながら、生き延びるために逃げ続けた。だが、渚の代でついに『夜の一族』に発見されてしまった。奴らの求める〝無変異種イミューン〟の因子を持つが故に……」

 ディシールの口調から、不意に抑揚が失われた。その様子から、私の母と父が殺されてしまった事実について、慚愧の念を抱いていることがわかる。

「……渚が奴らに捕捉されてしまった理由については、少し長くなる。これも君の体が完全に回復してからにしようか。とにかく、君が知りたがっている『何故』については、私はこう答える他ない」

 自らの心に纏わり付く雑念を振り払うように、ディシールは美貌に決然とした表情を浮かべた。

「運命だ、と」

 きっぱりとディシールは断言する。

「理不尽だろう。納得するなど到底不可能だろう。こう告げる私が冷酷だと思うなら、それは仕方のないことだ。しかし、真実は真実でしかない。運命、あるいは天運――遙か昔から連綿と続く、君達一族が持つ宿命。それが渚を死に追いやり、また巴、君をも巻き込んで此度の事件と相成った」

 あんまりと言えばあんまりな答えに、私は返す言葉を持たなかった。

 運命、天運、宿命――そんな簡単な言葉で、私や両親に降り掛かった不幸が説明できてしまうのか。

 ふざけるな。ディシールの言った通り、理不尽に過ぎるし、納得など絶対にできない。

 私が俯き、膝の上で両手を握りこんでいると、

「――だが、運命はくつがえすことができる」

 先程よりも強い声で、ディシールが言った。私は弾かれたように面を上げる。

 美しき少女は、その黄金の瞳で私を真っ直ぐ見つめていた。濁りなど一切ない、澄んだ眼差しで。

「巴、これは君が教えてくれたことだ。どんな運命でも、諦めずに立ち向かえば決して負けることはないと。勝利することが出来ると、君が証明してくれたんだ。今こうして、生き残ってくれたことで」

 この少女としか思えない、けれど長く生きてきたディシールという人物は、これまでどれだけの運命を目にしてきたことだろう。良きも悪きも、平穏も過酷も、きっと多くの人生を見てきたに違いない。その透き通った、大きなまなこで。

 そんな彼女が言ったのだ。運命はくつがえせる――と。その証左を見たと。他ならぬ、私自身を指して。

「私が……」

「ああ、そうだ。先程『私なんかが』と言っていた、その『私が』だ。ロウと鹿角が一緒にいたとはいえ、それでも苦難を乗り越え、今ここにいる――それがどれほどの偉業であったかは、これからゆっくり理解していくといい」

 無意識に呟いた言葉にディシールが大きく頷き、やがて彼女は席を立つ。

「さて、まだ聞きたいことは山ほどあるだろうが、そろそろお暇しよう。巴、君はもう少し眠るといい。ロウから薬は受け取っているな。もう飲んだかね?」

 ぎこちなく頷くと、

「よろしい。では私ははずすが、ここから逃げだそうなどと思わぬように。君は監視されている。それはわかっているね?」

 可愛らしい声で、しかし有無を言わさぬ迫力で言うものだから、私はつい首肯してしまった。

「中和はされているはずだが、例の〈獣〉に噛まれたことで肉体に変調が起こるかもしれない。しばらく様子を見る必要がある。何事もなければここを出て移動することになるが、それまでは護衛にこの二人をつけよう。要望があれば遠慮なく告げるといい」

 当たり前のように言って、ディシールはロウと鹿角に目配せする。そうか、よく考えればディシールはロウと鹿角の上司なのだ――と今更ながらに実感する。頭では彼女がオークウッド財団の総裁であることは受け入れていたが、人間関係についてはまだ感覚が追い付いていなかったのだ。

「――って、ここを出て移動って……どこに?」

 もしかしなくとも私は家に帰してもらえないのか? とやにわに不安が生じた。そういえば当たり前のように私はここにいるわけだが、これは軟禁状態ではなかろうか。監視付きなのだから、無償で治療を受けさせてくれている、というわけではあるまい。

 まさか、『ニュクス』と同じく私の体でよからぬ研究を――と疑心暗鬼にかられた時。

「おっと、そうだった。大事なことを伝え忘れていたな。巴、非常に申し訳ないが、君の住んでいた部屋はこちらで処分させてもらった」

 ニヤリ、とその綺麗な顔にまったく似合わない意地の悪い笑みを浮かべて、ディシールは言った。

「処分?」

 思わず素で聞き返す。処分? 処分とは何だ? どういう意味だ――と。

 すると、ディシールの黄金の瞳がキラキラと輝き始めた。まるで珍獣を見る子供のような、あるいは、悪童がイタズラを思い付いたときにするような、そんな目だった。

「ついでに言うと、君は今、行方不明ということになっている」

「行方不明」

 今度は聞き返すわけではなく、単なる確認としてオウム返しにした。

「え、待って? 部屋が処分されて、私は行方不明って……まさか……!」

「そのまさかだ。流石は()警察官だな、巴。実に察しがいい。うちのメンバーに欲しいぐらいだ」

 唖然とする私に、ディシールはマジックのタネを解説するように語る。

「なにせ今回の件で『ニュクス』、ひいては『夜の女王』に君の存在が知られてしまったからね。またいつ奴らが襲ってくるかわかったものじゃない。故に、表向きは失踪したということにして、君を我がオークウッド財団で直接的に保護することに決めたんだ。そう、この私が決めた」

 くつくつと笑うその姿は、ビスクドール然とした見た目でなければ、完全に悪役のそれだった。

「もっとも、この場合は『保護』というよりは『回収』と言った方が正しいかもしれないが」

 囁くように言ったディシールは私に歩み寄ると、ステッキを握っていない方の手を私の頭に乗せ、優しく撫でさする。

「というわけで、君の身元は我々が預かる。危害を加えるつもりは一切ないから、安心して過ごすといい」

 ふふふ、と私を撫でながら微笑んだディシールは、ぱっ、と手を離すとその場で踵を返し、

「それでは、また会おう」

 そう言って、来た時とは違って一人で部屋から出て行った。小さな背中が扉の向こうに消える。

「……………………えっ?」

 待って欲しい。まるで意味がわからない。一体何がどうなっているというのか。

 どうしてこんなことになった? おかしい。だって、よく考えても見て欲しい。私はちょっと前まで一介の警察官だったはずだ。捜査一課の刑事で、そもそも狼男だの吸血鬼だの、オカルト関係はこれっぽっちも信じていなかったのだ。

 それがどうして、こんな事態になってしまったのか。

「なによ、これ……ほんと意味わかんない……どうしろっていうのよ……」

 あまりに受け入れがたい現実に、私は頭を抱えるしかなかった。

 すると、

「まーまー、そう深く考えなくていいって。『こっち』も慣れればそれなりに快適だぜ? 飯は美味いし給料もいいし」

 ロウが私の肩を叩いて、おどけた態度で慰めようとする。それは全く以て何の慰めにもなっていないのだが、一つだけ気になることがあった。

「は? 給料? なにそれ? あなた達、給料もらって働いてるの?」

 世界平和に貢献する正義の味方ではないのか、という意味で問うと、ロウは心底意外そうな表情を浮かべた。いや、意外に思っているのはこちらの方なのだが。

「えー? だってボランティアでこんなことするわけないじゃん? 危ないし」

「そりゃそうだけど!!」

 真っ当に過ぎる反論に、思わず全力で叫びながら肯定してしまった。確かにその通りではあるのだが。あるのだが――

「なぁ、鹿角? 普通に考えて、こんな危ないことロハじゃしないっしょ?」

「お前は思う存分暴れられるなら、別に何でもいいタイプだろうが」

「あ、バレてた? てへへ」

「褒めてないぞ。喜ぶな馬鹿」

 私の前で二人の男が軽口を言い合っている。

 改めて見ると、なんと非現実な光景か。片や明るい髪色をした筋骨隆々の巨漢――狼男。片や銀髪と赤と青のオッドアイを持つ、鋭利な刃物みたいな美男子――吸血鬼の亜種。

 同じ空間で同じ空気を吸って、こうして会話を交わしている――それがひどく奇跡的なことのように思えて、私は気が遠くなってきた。

「――おっ? おお、そろそろじゃね? もういい時間だ」

 突然、ロウがベッドから立ち上がった。体の大きさが大きさだけに、再びマットレスに地殻変動が生じて私まで余波を受ける。

「鹿角、カーテン開けようぜ。ちょっとぐらいならいいだろ?」

 ロウが壁際にある大きなカーテンを指差した。言われてみれば、この部屋の窓には全てカーテンがかけられていて、外の風景が微塵も見えない。目覚めて最初、ここを病室かもと思ったのはそのせいだ。

 ロウの提案に、鹿角は苦虫を噛み潰したような顔をする。

「……少しだけだぞ。どこから見られているかわからないんだからな」

 しかし、最終的には承諾した。珍しいな、と意外に思う。ロウが何のつもりかは知らないが、鹿角なら最後まで反対すると思ったのだが。

 しかし、〝そろそろ〟? もう〝いい時間〟?

「ねぇ、一体何の話――」

 をしているの、と問い質そうとした瞬間、ロウと鹿角が室内で一際大きなカーテンを一気に開いた。

 現れたのは、豪勢にも壁一面を使った広大な窓。その向こうに広がるのは、意外にも夜景だった。どうやら私は夜中に目覚めたらしい。そういえば、さっきもディシールがこんばんはと言っていたな、と思い出す。

 だが、それはそれとして。

「へ――?」

 変な声が出た。贅沢な大窓に広がるパノラマ。幾万もの光の粒が煌めく美しき夜景。

 どう見ても、私の国のそれではなかった。

「――うそ」

 というか、別の意味で見覚えのある景色ではあった。

 正面に見えるのは、三つの棟上に船を乗せたような形をした巨大な高層ビル――もしかしなくても、有名なあの高級ホテルではなかろうか。その下にある花弁のような建物や、夜が故に漆黒をゆらめかせる海も――

 間違いない。

 ここは、外国だ。

「マジか」

 唖然とそう呟く他なかった、その瞬間。

 花火が上がった。

 地上から打ち上げられた色取り取りの光の華が、夜空で一斉に狂い咲く。遅れて爆音がここまで届いて、鼓膜と腹の底を揺らした。

「HAPPY NEW YEARAAAA!」

 一拍遅れて、窓の脇に立つロウが叫んだ。拳を振り上げ、楽しげに声を張り上げる。その反対側に立つ鹿角は、つまらなさそうに溜め息を吐くだけ。だが、花火を見つめる色違いの瞳は、ほんの少しだけ楽しそうにも見える。

 新年。ハッピーニューイヤー。つまり、この花火はお祝いのそれで、私は今、生まれて初めて来た外国で、めでたき年明けを迎えたわけで――

「いや意味わかんない」

 全然めでたくない。こんな状況で新年を祝えるわけがない。

 何なのだ。何がどうなっているのだ。何がどうなればこうなるのだ。私はこれから一体どうなってしまうのだ。

 わけがわからない。

 絶望感で目の前が真っ暗になる――というのは修辞表現のつもりだったが、冗談抜きで今、私の目の前は黒く染まりつつあった。

「あ、れ……?」

 頭がクラクラする。視界がふらつく。手足に力が入らなくなって、意識が頭の芯の方へ引っ張られる感覚があった。

 おかしい。もしかして、先程ロウから手渡された鎮痛剤とやらは、睡眠薬だったのだろうか。

 ゆらゆらと体が左右に揺れる中、カーテンを開けてこちらを振り返る二人の男が、それぞれの表情で言う。

「ま、そんなわけで()()()()どうぞよろしく、ってな」

 太陽みたいに歯を見せて明るく笑う狼男。

「ようこそ、()()()()()()()へ」

 月光みたいに淡い微苦笑を浮かべるダンピール。

 そうか――これは夢だ。

 夢見が悪い日に見る、とびっきりの悪夢なのだ。

 だからこのまま眠れば、きっと最悪な気分で、でも自分の部屋で目覚めるに違いない。

 そうに違いない。

 というか、そうであって欲しい。

 心の底から願う。

 明日からはまた、いつもの日常が始まるのだ。きっと――

 そんな虚しい希望を胸に抱きながら、またしても私の意識は深い闇の中へと落ちていったのだった。


 【UNKNOWN】アンノウン 狂月の女神 <完>

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