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03

 まるで、すぐ近くに雷が落ちたかのような、あるいは大砲を発射させたかのごとき、耳をつんざく大音響が。

「な……!?」

 高城が弾かれたように背後を振り返る。音の発生源は、つい先刻まで彼が背をもたれさせていた壁だったのだ。

 高城と私、そして私に銃口を向けているであろう黒服も、そちらへ視線を集中せざるを得なかった。

 すると、思い出したように分厚いコンクリートの壁にひびが走った。

 蜘蛛の巣よろしく放射状に広がるそれは、ビキビキと床や天井まで一気に駆け抜け、瞬く間に壁全体を覆い尽くす。


「おーい、危ないから離れてろよー」


 壁の向こうから、罅の間をすり抜けて、どこか聞き覚えのある声がそんなことを言った。それも、かなり暢気な調子で。

 いや、離れていろも何も、私は拘束されているのだから動きようがないのだが――


「いっくぞー」


 くぐもった声がそう宣告した、次の瞬間。

 掛け声の軽さとは裏腹に。

 コンクリートの壁が爆発した。

 それこそ、大砲の砲弾を撃ち込まれたように。

 あちら側から無理矢理ぶち破られたのだ。

「――!?」

 壁に、巨大な風穴が空いていた。

 ただ幸いなことに、コンクリートの内部にはそれなりの密度で鉄筋が入っていたため、破片が大きく飛び散るようなことはなかった。それでも圧倒的な暴力によって爆ぜ砕けたコンクリートの塊が、それぞれ一メートルほどは吹っ飛んで床に落ちる。

 破壊音はその後も連続した。そのたびに細かいコンクリートの破片が飛び、穴の縁が拡げられ、地震かと思うような強い震動が、下から尻を突き上げる。

 無論のこと、辺りにはもうもうと土煙――いや、この場合はコンクリート煙か?――が巻き上がり、その向こうにいる人物の顔は杳として知れない。

 だが、太陽光を背にしているおかげでシルエットだけは浮かび上がっている。

 コンクリートの壁に巨大な穴を穿った()()()は、熊のように大柄な体躯をしていた。

「――お、無事だった? よかっ――あれ? いや、もしかして……かなりピンチだったり?」

 下に転がっているコンクリートの破片をガラガラと蹴飛ばしながら、灰色のもやの中から現れたのは、やはり()()黒尽くめの大男だった。

 唖然とするしかない。大きなサングラスの下に余裕の笑みを浮かべて登場したかと思えば、高城や黒服の姿を認めた途端、失速して首をひねる始末である。

 遅れて、ようやっと私の頭に突き付けられている拳銃に気付いて、

「――あ、やっべ……うわ、あっぶねーあぶねー! ギリギリだった! いや間に合ってよかったわー!」

 大騒ぎである。いや、大()()()()だろうか? 大男は半笑いしつつ、黒の革手袋をはめた両手を何度も叩き合わせる。明らかに何かを誤魔化そうとしているのが丸わかりだ。

「どこがだ。お前がくだらんことで時間を無駄にするからこうなる。もう一歩遅かったら終わっていたぞ」

 大男の後ろから、開いた肋骨あばらぼねのようになった鉄筋を避けつつ、やはり銀髪の男が姿を現した。大男の背中に完全に隠れていたのだ。

「えーだってー、あのチャンネーたちが全然離してくれなかったんだもんさー。え、なに? もしかして妬いてんの? ん?」

「殴るぞ。――いや、待て、お前……どうして袖を捲っている?」

 突然の登場に度肝を抜かれ、身動きがとれずにいる私達の前で、大男と銀髪は何てことない様子で会話をする。

 ふと銀髪の革手袋に包まれた指が、隆々とした豪腕を示した。大男は黒いコートの袖をめくり上げ、はち切れんばかりの筋肉を露わにしている。

「え? だって壁を殴るのに邪魔だったから」

「邪魔とかそういう問題じゃない。そんな風に袖を捲っていたら、スーツの補助が上手く働かないだろ。……まさか、スーツのブーストなしでこの壁を砕いたのか?」

「んー? まぁ、そうなる、かな?」

「信じられん……」

 二人は長い付き合いのように見えるが、案外そうでもないのかもしれない。何のことだかよくわからないが、銀髪は大男のしでかしたことに驚き、呆れている様子だった。

 はぁ、と溜め息を吐いた銀髪は、犬を追い払うような仕草を大男に向けた。途端、彼の顔や喉といった皮膚に、深緑の光線がいくつも浮かび上がった。

「こちら鹿角、保護対象を発見。これより確保に――」

 おそらくは高城と同じスキンコンピュータを励起させたのだろう。後方に下がりつつ銀髪がどこかへ連絡を取り始めたところ、

「やぁ、また会ったね。偶然かな? いや、もしかして俺達、運命の赤い糸で結ばれているんじゃないか? そう思わない?」

 大男が片手を上げ、真っ直ぐにこちらを見て話しかけてきた。私との間に立っている高城を無視する形で。

 信じられないような登場をした黒尽くめの男二人に圧倒されつつも、しかしここまで来ると、もはや笑うしかなかった。

「……もう三度目よ。偶然でも運命でもなくて、こんなのただの必然じゃない」

 たまたま通りかかった、などという可能性は絶対にない。

 あの二人の目的が高城なのか、それとも私なのか。どちらかは知らないが、彼らが狙ってこの場に現れたのは確実だ。断言していい。

「はっ、確かにその通りだ。でも、幸運の女神様は俺達に微笑んでいるぜ。間違いなくな」

 にぃ、と大男が歯を見せて笑う。やけに大きな犬歯が、どうしてか頼もしく思えた。

「もう大丈夫だ。安心しな」

 そう告げると、大男は体ごと顔を高城に向けた。サングラス越しの鋭い視線が、高城の眉間に突き刺さるのがわかる。

「ってなわけで、まだ陽も高いが十二時の鐘が鳴っちまった。シンデレラを帰す時間だぜ、王子様?」

 一度ならず相対したことのある私にはわかる。大男はあのように軽口を叩く軽薄な奴だが、真っ向から対峙すると、得も言えぬ圧迫感を覚えるのだ。ひとえに体格の大きさから生まれるものだろうが、それだけではない。

「ちなみに、ガラスの靴を忘れるようなヘマもしないから、安心して見失ってくれ」

 大男が構えをとる。巨躯に比して実にコンパクトな構え方だが――空手をやっている私には、否が応でもわかってしまう。それがどれほど隙のない構えなのか。

 大男の放つ迫力の正体、その一端がこれだ。

 強い――雰囲気だけでわかるのだ。あからさまなほどに。鍛え込まれた肉体であることは、見ただけでわかる。だが、それだけではないと――積み重ねられた武練があると、全身から醸し出すオーラが如実に語っているのだ。

「……聞くまでもないと思いますが、外にいた彼らはどうしました?」

 意外にも――いや、今となってはもう意外でも何でもないが、高城が泰然とした態度で大男に応じた。

「ああ、あのゴキブリみたいなの? あっちで眠らせてるけど、それが? 数はそこそこいたってのに、手応えがなさ過ぎて、お兄さんちょっとつまんなかったな」

 大男はしれっと顎で出入り口の一つを指した。複数の黒服らが晃の遺体を運び出していった先である。

「……なるほど、どうやらあなた方の実力を見誤っていたようですね。ただの斥候かと思っていましたが、まさか〝本隊〟の方々だったとは」

 高城は片手で眼鏡のブリッジを押し上げて、ふ、と余裕の笑みを見せる。大男は身構えたまま、両肩を大きくすくめて見せた。

「さぁて? 何のことだか」

「隠さなくても結構ですよ。なにせ我々の邪魔をするやからなんて、そう多くはないんですから」

「そうかい? じゃあ、これがお前さんにとって〝最後の邪魔〟になるよう、頑張ろうか」

 不敵に笑い合う二人の男。会話の内容はよくわからないが、二人の間に不可視の火花がいくつも散っていることだけはわかった。

「先に言っておきますが、そこから一歩でも動けば西尾さんを殺します」

 高城はジャケットの内ポケットに手を入れながら、そううそぶいた。ここに来て私を人質にするとは。ついさっきまで殺すつもりだったというのに。

 だがこの脅しに対し、大男は傲然ごうぜんと鼻を鳴らした。

「へぇ、そうかい。じゃあ俺もこう言おうかな。そこから一歩でも動いたり、その子を殺したりしたら、お前達を殺す。さぁ、どうする?」

 歯を剥いて獰猛に笑った。こっちに人質はいないが、代わりにお前らの命を担保にしてやるぞ――と。

「その子の命が惜しかったら抵抗するな――とでも言いたいんだろうけどな、そんなやわな理屈が通用すると思うなよ。その子の拘束を今すぐ解け。それ以外の行動をとったら、全力全開でぶん殴るぞ」

 そう言って、大男は拳を強く握り込んだ。ギチギチと革手袋がはち切れそうな悲鳴を上げる。

 あんなごつくて硬そうな拳に殴られれば、誰でも即死間違いない――直感的にそう思ってしまうほどの迫力が漂っていた。

「……話になりませんね」

 高城が冷然と言い放つ。私が言うのもなんだが、もっともなことだ。大男の言い分は無茶苦茶だ。荒唐無稽にも程がある。

「――いいでしょう、西尾さんを解放します。ただし……」

 しかし意外なことに、高城が応じる姿勢を見せた。だが、その直後。

「あなた方に渡すわけではありませんが、ね」

 高城が懐から取り出したものを、私に向けて投げた。腕を鋭く振って放り投げられたものは、どうやら銀色の細い筒――のように見えた。それは一瞬で私の頭上を越え、後頭部に銃を突きつけている黒服へと届く。

 黒服が銀色の筒を受け取ると同時に、銃口が私の後頭部から離れる気配がした。

「――っ!」

 一瞬の隙だったが、見逃さなかった。私は全身のバネを使って立ち上がり、横に飛び退く。

 そうして黒服に視線を送ると、彼は私を追おうとはしていなかった。高城から受け取った銀色の細長い筒を、無言のまま首筋に立てる。

 プシュッ、と気の抜けるような排気音が鳴った。

 途端、ビクンッ、と黒服の全身が大きく跳ねる。この時点で、銀色の筒が圧縮空気で薬剤を注入する、針のない注射器――即ち〝ジェット・インジェクター〟であることが察せられた。

「ガッ……!」

 ここに来て初めて、黒服の喉から声が漏れた。まともな言語ではなく、呻き声であったが。

 男の全身から赤黒い光が迸った。先程、高城の皮膚にも現れていた光線と同じものだが、輝きが比ではない。黒い服を透かして浮かび上がるほどの強さだ。

 刹那、ひどく甘ったるい匂いが私の鼻孔をついた。どこか嗅いだ憶えのある香り――熟しすぎた桃のような、甘い薫香だ。それが突然、辺りに充満したのだ。

「――ガァアアァアアアァアアアアアアアアアアアアッッッ!!!」

 黒服が全身を強張らせ、頭上を見上げて雄叫びを上げた。大気がビリビリと震える。およそ人の声による響きではない。猛獣にも似た、怪物じみた大音声だった。

 変化は一瞬で、劇的だった。

 信じたくないなら信じなくてもいい。私だって信じられない。

 赤黒く輝く男の肉体が風船のように膨れ上がったかと思った、次の瞬間。

 黒のスーツやシャツ、ネクタイが弾け飛び、千切れ散り――中から毛むくじゃらの怪物が現れたのだ。

 濃い茶色の毛皮を持つ、巨大な生き物――それは、ところどころの形状に人の面影を残した、しかし()としか言いようのない代物だった。

「――は!?」

 驚愕と不可解さの板挟みになって、私は完全に凍り付いた。今、この目で見たはずなのに、まったく意味がわからなかった。その光景は私の中で、エイリアンが人の皮を脱ぎ捨てて登場する映画のワンシーンとほぼ同義だったのだ。

「ガァアアアアアアアアアァァ……ガァルルルルァァアアアアアアァァッッ!!」

 かつては黒服だった熊――いや、クマモドキは元の一・五倍ほどの大きさにまで膨張していた。今や大男の背丈をも超えている。そこまで一気に成長した反動があるのか、大きく体を上下させて必死に呼吸を繰り返していた。

「ガァアアアアア……!」

 熊と人間のそれとが融合したような面貌で、口を大きく開き、口内から溢れる唾液を滂沱とこぼす。声帯も完全に変貌しているらしく、もはや人の声音は微塵も感じられなかった。

「おーおー、こいつは大物だねぇ」

 信じがたいことに、大男はこれだけの怪物を前にしながら悠然と構えていた。それどころか、まるで釣り上げられた魚を評するように、口笛まで吹く始末である。

「ええ、その通りですよ。とりわけ強力な一本を注入した、新種です。先程の彼らとはひと味もふた味も違いますよ。それに――」

 高城が自信満々に解説していると、どこからか複数の足音が聞こえてきた。聞き覚えのある音だ。さらに追加の黒服達が駆けつけてきたのかもしれない。

「まだ増援がいたか」

 大男の背後から、再び銀髪が現れた。通信を終えて戻ってきたらしい。私と同様、響いてくる足音から状況を察したようだ。

「ご明察です。さて、この状況でもまだ軽口が叩けますか?」

 高城が優位に立ったような口振りで揶揄したところ、

「「当然オフコース」」

 大男と銀髪の声が綺麗に重なった。

 次の瞬間、二人の男が稲妻のように激発する。

「――――――――!?」

 私の前で大気が大きく動いた。強い風が吹き、前髪を巻き上げ、轟音が全身を痺れさせる。

 この時、起こったことが多すぎて一言では語れない。

 まず、大男と銀髪がそれぞれ別方向へと飛び出した。大男はクマモドキに。銀髪は高城に向かって。

「ガルルルルァァアアアアアアアアアッッッ!!!」

 でかい図体からはとても想像できない俊敏さで、クマモドキが反応した。真っ向から突っ込んでくる大男に対して、巨体が唸りを上げる。私の胴体ほどある太い腕を振り上げ、間合いに入ってきた大男に無造作に叩き付けた。

「ほいっ、となぁ!」

 構えた両拳を前に突き出した大男は、しかしクマモドキの大振りを鋭いダッキングで躱す。一瞬前まで大男の頭部があった辺りを、クマモドキの豪腕が空間を削ぎ取るように通り抜けた。

 頭を下げて勢いそのままクマモドキの懐へ潜り込んだ大男は、背中を丸めたまま、

「――シッ!」

 鋭い呼気とともに拳を突き出した。槍のような左拳がクマモドキの鳩尾みぞおちと思しき場所へ突き刺さる。

「ガッ――!?」

 さほど重そうな一撃に見えなかったが、私にはわかる。あのようにシンプルに真っ直ぐ突かれた方が体重が乗っていて、ダメージが深くまで浸透するものなのだ。

 一瞬、クマモドキの動きが凍り付いたように静止する。その隙を当然、大男は見逃さない。

「そらそらそらそらそらぁっ!!」

 連打ラッシュが畳み掛けられた。目にも止まらぬ速度で大男の両腕が拳打を連発する。動体視力にはそこそこ自信のある私でも、拳の残像しか捉えられなかった。

「――――――――~ッッ!?」

 もはやクマモドキは声すら出せない。打撃を受ける度に巨体が震え、重たいサンドバッグのように揺れる。人の拳が肉を打つとは思えないほどの重低音が、マシンガンのごとく鳴り響いた。

 一方、銀髪は高城に肉薄していた。街中の追走劇でも見た軽やかな動きが、魔法のように彼我の距離をゼロにする。服の一部を掴んで捕縛しようとする銀髪だったが、対する高城の動きもまた尋常ではなかった。

 気付けば高城の手に、手品のごとく拳銃が現れていた。私と会話する際、懐へ収めたはずのものが。

「――!」

 過不足の一切ない動きで、高城が銀髪の頭を照準ポイントした。そのことに銀髪も気付き、回避行動を取る。頭の位置をずらして射線から逃れようとし、しかしそれを予期していた高城が磁石のように銃口の向く先を調整する。

 チッ、と銀髪が舌打ちしたようだった。音は大男とクマモドキの起こす騒音に紛れて全く聞こえなかったが、口元がそのように動くのが見えた。

 銀髪が高城を捕まえるのを諦め、掌で銃身を横から叩く。それだけであっさり拳銃の射線は銀髪の頭から外れた。

 だが、それすらも高城には想定内だったらしい。彼は銀髪とは正反対に口元に笑みをたたえ、後ろへと大きく飛び退く。普段の彼を知っている私からすれば、信じられない瞬発力だ。一気に壁際までバックステップして着地した頃、この場に二つある出入り口から何人もの黒服が走って入ってきた。

 服装も髪型も没個性が過ぎて、新しく来た奴らなのか、晃の遺体を運んでいった奴らなのかも判然としない。ともかく八人はいるであろう黒服らは、大男とクマモドキの戦いには目もくれず、銀髪と高城の間に介入した。

「――チッ……!」

 今度こそ銀髪の舌打ちが聞こえた。黒服達が高城との間に入り、障壁となったからだ。

 しかし銀髪の切り替えも素早かった。黒いコートの腰に巻かれているベルトへ手を伸ばすと――()()()()と金属の擦れる音が響いた。

 ベルト、否、()()()()()()に隠されていた武器を引き抜いたのだ。

 鋭い動きで雷光のごとく引き抜かれたのは、薄い金属のむち――だろうか。剣と呼ぶには薄く、長すぎる。リボンと呼ぶには、硬さと重さがありすぎた。

「――ッ!」

 声にならない鋭い呼気を一つ。銀髪が足を止め、やや腰を落とした。

 転瞬、無数の煌めきが水飛沫のごとく閃いた。銀髪がベルトのような刃、もしくは刃のようなベルト――便宜上〝ブレードベルト〟と呼ぶが、それを振り巡らせて結界を張ったのだ。

 空恐ろしいほどの風切り音が連続して鳴る。

 その時にはもう、八人の黒服らは銀髪に躍りかかっているところだった。前後左右、めいめいに襲いかかってきた黒服の集団は、当然ながら超高速で振るわれるブレードベルトの刃圏に入った途端、ローラーで弾かれたかのごとく吹き飛ばされる。接触の瞬間、紫電が迸るのが何度も見えた。

 映像で見たことがある。あれは武術の世界で『ウルミ』、もしくは『コイルソード』ないしは『スプリングソード』と呼ばれているものだ。見てわかる通り、扱いが非常に難しい武器で、この国であんなものを使う人間など私はこれまで見たことがない。

「……ふん」

 邪魔立てしてきた黒服らを全て弾き飛ばした銀髪は腕を止め、倒れ伏している男共をサングラス越しに睥睨へいげいした。黒服らはまだ息があるようだが、全員が体を小刻みに震わせて痙攣している。おそらく、あのブレードベルトにはスタンガンとしての機能もあるのだろう。垣間見えた紫電と、黒服達の状態こそがその証拠だ。

「――逃がしたか」

 辺りを見回した銀髪が忌々しげに吐き捨てる。そこで私も気付いたが、いつの間にか高城の姿がどこにもなかった。駆けつけた黒服らに紛れて、逃げ去ったらしい。

「――ゴォアアアアアアアアアアアアッッッ!!」

 主犯がいなくなったことに安堵する暇もなく、野太い咆哮が耳をつんざいた。見ると、大男とクマモドキが両手を合わせ、真っ向から組み合っていた。完全に力比べの形である。

「どぉおおおりゃぁああああああああああぁっ!!」

 大男もまた、クマモドキに負けない声量で雄叫びを上げていた。袖を捲った腕、喉回り、サングラスに覆われていないこめかみ周辺に、太い血管が浮かび上がっている。全身全霊の力を発揮しているだろうことが傍目はためにもわかった。

「ガァアァアァァ……!!」

「ふんっぎぎぎっっ……!!」

 両者の力は拮抗しているように見えた。ああして間近に並んで立っていると、クマモドキの方が頭一つ分ぐらい大きいのがわかる。やや斜め上から押し込まれる形になる大男の方が不利だというのに、互角以上にせめぎ合っているのだ。

 いや、それどころか。

「お――ぉおおおおおぉっ……!!」

 なんと、大男の方が優勢に回った。クマモドキの腕が押し返され、広げられていく。

「グァルルルルァァアアアアアア――!!」

 クマモドキが再び咆哮を上げ、抵抗する。しかし。

「ど・お・だ・あぁああああああああッッ!!」

 それを踏み潰すかのように大男が吼え、完全に押し勝った。

 がくん、とクマモドキの足関節が折れ、地面に膝を突く。

「――っしゃあっ! 俺の勝ちぃ!」

 しかし、大男とクマモドキは両手を繋いだままだ。無論、力比べに負けたからと言ってクマモドキに手を離す理由などない。そして、その状態からはどう考えても効果的な攻撃など繰り出せるはずもなく。だからといって手を離せば、クマモドキにも自由を与えることになり――

「……あれ?」

 クマモドキと両手を繋いだまま、大男が間抜けにも小首を傾げた、その時だった。

「――チッ、何を遊んでいる」

 三度、銀髪が舌打ちした。ブレードベルトを一振りすると、白銀の閃光が生きた蛇のように宙を貫く。一瞬にして伸長したブレードベルトが、跪いたクマモドキの首に絡みついた。直後、目を灼く紫電がクマモドキの全身から迸った。

「――ッガァァアアアアアアアアアアアアアッッッ!?」

 黒服と違って体格が大きいからだろう。電流は数秒に渡ってクマモドキの全身を苛んだ。落雷にも似た悲鳴が轟き、やがて唐突に途切れる。

 力を失ったクマモドキの巨躯が倒れる頃、甘ったるい匂いの中に肉の焼ける異臭が混じった。

「いやー悪い悪い、ついエキサイティングして、後のこと考えるの忘れてたわ」

 いつの間に離脱していたのか。電撃の巻き添えを回避した大男が、体のあちこちから白い煙を上げて転がるクマモドキには目もくれず、助太刀に入った銀髪に対して片手を上げて謝罪する。

「TPOを弁えろ。いつまで綱渡りを続けるつもりだ」

 銀髪はブレードベルトをクマモドキの首から外しながら、厳しい声で叱りつけた。

「肝心の奴に逃げられた。追うぞ」

「ほいほい……あれ? いや、あの子は?」

「回収班には連絡済みだ。じきに来る」

「さっすが、手際がいいね。愛してるぜ」

「黙れ」

 二人とも、やらかしたことには全くそぐわない軽い調子で会話をすると、こちらに背を向けてどこかへ行こうとする。

「ちょ――」

 意味がわからない。何がどうなっているのか、さっぱり理解できない。こんな状態で放置されるなんてとんでもなかった。

 そのせいだろう。

「――待ちなさいよ!!!」

 自分でも驚くほど、めちゃくちゃ大きな声が出た。

 多分、先程のクマモドキの悲鳴にも負けない声量だったと思う。

 ピタ、と大男と銀髪の動きが止まった。

 まず大男の方が、そろりそろり、とこちらを振り返る。

「……あー、えっと……」

「待ちなさい」

 何か言い訳をする気配がしたので、先回りして叩き潰した。

「いや、でもさ、」

「待ちなさい」

「あっちを逃がすわけにはいかないというか、こう見えて俺達も忙しいって言うか、」

「待ちなさい」

 ぐだぐだと弁解を言い募ろうとするが、断固として耳を貸さない。

 このままでは埒が明かないと判断した私は、大きく息を吸って、

「――だから待ちなさいって言ってんのよ! こんな状態で放って行かれてどうしろってんのよ!」

 八つ当たりなのはわかっているが、ほとんどキレ気味で怒鳴りつけた。

 なんというか、数日前に銃を突きつけて問答したのは何だったのかという状態だが、とにもかくにも彼らが私を助けてくれたのは理解している。

 が、それとこれとは話が別だ。

 何の説明もなくこの場から姿を消すようなら、私は彼らを絶対に許さない。

「……仕方ない、こうなったら毒を食らわば何とやらだぞ、()()

「あー、やっぱり鹿()()もそう思う? だよなぁ……」

 銀髪が大男の、大男が銀髪の、それぞれ名前らしきものを口にした。

 この瞬間、私は自らの勝利を確信したのだった。

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