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04

 あまり味のしない朝食を黙々と食べ終えた私は、再び車の助手席に座っていた。

 高城曰く、連れて行きたいところがあるらしい。

 ファストフード店に来るまでの私ならどうにか理由をつけて断っていただろうが、しかし、今の私にその意志はない。

 不本意ながら。

 非常に、不本意ながら。

 私は高城のしようとしていることに、強い関心があった。心惹かれているとすら言っていい。

 ここ最近起こっている、変死体の連続殺人事件。それが、かつて強盗に殺された私の両親と関連がある――それだけでもう、私が興味を引かれないわけがないのだ。

 確かに両親のことは憶えていない。二人の写真を見てもピンと来ないほど、むしろ自分で自分に引いてしまうほど、記憶がない。

 だけど、それとこれとは話が別だ。

 両親の話は、私自身の話でもあるのだ。

 タートルネックセーターの下で疼く、首と左腕の傷痕。それらがまるで、私の心を追い立てるように熱くなる。

 真実を探れ――と。

「どこに向かっているんですか?」

「それは着いてからのお楽しみです」

 助手席の窓から見える風景を眺めつつ質問を飛ばすと、高城は楽しげに答えをはぐらかした。

 元より予想していた反応だったので、落胆はない。ならば、と私は手に持っていた携帯端末へと視線を落とす。先程、高城から受け取った端末だ。そこには、今の私のアカウントでは閲覧できない捜査情報が開示されている。

「……火事の出火元は木島康一の部屋。死亡した大家――国木田清孝の体内からはドラッグの一部が検出。よって、薬の効果で錯乱した国木田による犯行の可能性あり……」

 独り言ではなく、敢えて高城に聞かせるつもりで私は読み上げた。

「いやぁ、的外れもいいところですよね。大家さんは僕よりも背が低かったのに、どうやったら僕の頭の上にこんな傷をつけられるというのでしょうかね? 凶器も見つかってませんし」

 あっけらかんと高城は笑う。だが、確かにその通りだ。アパートの大家――国木田の身長は私と同じぐらいだった。その身長差で高城の後頭部、それも上方に打撃を与えて気絶させるのであれば、相当な長さの武器が必要となる。だがそんな凶器となり得るものは、私の記憶にある限り、あの部屋にはなかった。

「管理人室から灰皿の残骸が出てきているので、火は国木田の所持していたライターからだと推察されているみたいですね。薬で錯乱した上での焼身自殺だと。確かに、喫煙者ならライターを持ち歩いていてもおかしくはないですけど……でもあの時、煙草の匂いなんてほとんどしなかったと思うんですが……」

 私と高城で管理人室を訪れた際、部屋の中からも国木田本人からも、煙草の匂いはしなかったと記憶している。自分で言うのも何だが、私は匂いには敏感な方だ。その私が気付かなかったということは、部屋に灰皿があったとしても、国木田は禁煙してからかなり長かったのではなかろうか。なのにそんな人間が、普段からライターを持ち歩くものだろうか。

 高城は運転しながら小首を傾げる。

「さて、どうでしょう? ライターぐらいなら被害者の部屋にもあったと思いますが……それにほら、ドラッグを使うにも必要かもしれませんし。普段からドラッグを使用していたのなら、煙草を吸っていなくてもライターは持ち歩くのではないですか?」

 ライターと喫煙はイコールではない、と高城は主張する。それもそうだ、と私は得心した。その可能性は否定できない。

「でも、少なくとも私達が会った時の大家はドラッグをやっている風には見えませんでした。それが急にこんな……やっぱりおかしいですよ、これ」

 この推察が正しいのなら、国木田は私達と話した直後にドラッグを使用し、それから木島康一の部屋までやってきて、高城を背後から襲い、焼身自殺をした――ということになる。

 支離滅裂にもほどがあるではないか。

「ですよねぇ、僕もそう思います。シナリオとしてはお粗末に過ぎると言いますか。一体誰が考えたんでしょうね?」

 ははは、と小馬鹿にしたように笑う高城。実際、馬鹿にされても仕方のない鑑識結果だ。一体どういうことなのか。

「――もうわかったんじゃないですか、西尾さん? この事件、普通にやっても解決しないということが」

「――? どういう意味ですか、それ」

 やけに悠然と、かつ優しげに高城が言うので、私は思わず尖った声で返してしまった。

 高城は前を向いたまま、

「そのままの意味ですよ。この事件、まともな捜査では解決できないようになっているんですよ。不思議な力の介入によって、ね」

「不思議な力?」

「ええ、そうです。それが横槍を入れて、捜査の邪魔をしています。確証はありませんが、西尾さんの謹慎処分もそのせいかもしれませんね? 優秀な捜査員を現場から外して、わざと事件が解決されないようにする……いかにもな介入ではありませんか。まったく、露骨にも程がありますが」

 真面目ぶった口調で宣う高城に、私は返す言葉を持たなかった。

 元よりオカルトが好きな彼である。妄想が過ぎておかしな方向へ振り切れてしまってもおかしくはない。

 しかし。

 私の耳に、一昨日おととい聞いた榊の言葉が蘇った。

『何がどうってわけじゃねぇが……どうも重要な情報ばかりが『裏』に流れている節がある。ガサ入れの日時や証拠品の保管場所……場合に寄っちゃ、あるはずの書類や物品がなくなってたりしててな』

 内通者――そうだ、情報を外へ流すことが可能ならば、内部の情報を都合のいいように改竄することもできるはずだ。

 何者かはわからない。だが、もし本当に内通者がいるのなら、そいつはかなりの権限を持っている人物だと思われる。この適当な鑑識結果がそいつの仕業ではないと言える確証は、どこにもない。

「例の黒尽くめの男達、怪しいとは思いませんか、西尾さん」

 高城にそう言われて、またしても別の言葉が思い出された。

『君のすぐ近くにいる奴に気をつけろ、巴』

 あの大男の囁いた一言が、今更のように胸を詰まらせる。

 まさか、このことだったのか? 奴の言う『すぐ近くにいる奴』というのは、警察内部の裏切り者を指していたのか?

「怪しい……?」

「ええ、そうです。きっとあの男達こそ、黒幕の手先ですよ。間違いありません。彼らはこれからも僕達の捜査を邪魔するはずです。次に見かけた時は、容赦なく対応しましょう」

 珍しく剛毅果断なことを言う高城だが、私はいまいち解せない。

 おかしい。もしあの大男と銀髪が内通者の仲間ならば、私の名前を知っていたのも頷ける。だがしかし、どうして私に忠告めいたことを言ってきたのだ? それは高城が言うところの『黒幕』に対する背信行為ではないのか?

 わからない。まったく整合性がとれない。

 だが、あの二人組が警察を名乗って木島の部屋に侵入し、重要なものを抜き取り持ち去ったのは事実だ。

 高城の推測に一理あるのは確かだが、それだけでは説明のつかないことが多すぎる。少なくとも今の段階では、答えを出せそうになかった。

「……どうして、私なんですか?」

「はい?」

 これまでの話の流れを無視した私の問いに、高城がキョトンとした。

「どうして、私にそんな話を? どう考えても、まずは榊警部に報告するのが先のはずです。でも、報告していませんよね? なのに、どうして私にそんな話をするんですか。過去の被害者リストに私の両親がいたからだとしても、本当にそれだけですか?」

「…………」

 高城はすぐには答えなかった。ハンドルを回し、交差点を右に曲がる。周囲の安全を確認しながら、スムーズな加速で直線に入った。

「……そうですね、西尾さんがそう思うのも無理はありません。仰る通り、本来なら榊さんに真っ先に相談するべき案件です。わかりますよ。普通ならそうだったでしょう。ですが」

 そこで、高城は意味深な間を挟んだ。

「……ですが?」

 我慢できずオウム返しにしてしまう。高城は深呼吸一回分の間を置いてから、再び口を開いた。

「榊さんがその〝内通者〟である可能性を考えたことはありませんか?」

「な……」

 私は絶句した。あの榊が内通者? 有り得ない。そんな馬鹿なこと。あっていいはずがない。

「そ、そんなはずはありませんよ。だって、情報漏洩の話をしてくれたのは榊警部だったじゃないですか。あの人が〝内通者〟なら、自分からその話題に触れるのはおかしいですよ」

「しかし、そういう作戦という可能性はありませんか? 自ら申告することによって、疑いの目を逸らすという」

「それは……」

「僕達だって、殺人事件では遺体の第一発見者から疑うではありませんか。この件でもそれは当てはまるんじゃないですか? 先入観は禁物だと、以前に僕に教えてくれたのは西尾さんですよ。先入観なしに考えれば、まず情報漏洩の件について教えてくれた榊さんを疑うのが定石なのでは?」

「…………」

 私は再び言葉を失った。業腹だが、高城の主張は正しい。間違っていないと感じる自分が確かにいる。

 もし仮に榊が〝内通者〟なのだとしたら、大男の言う『すぐ近くにいる奴』にも該当する。流石に上層と言えるほどの位置にはいないが、それでも私や高城を捜査メンバーから外すことは造作でもない。電話では私の処分について会議で紛糾したと言っていたが、そも彼が私の行動を悪し様に報告していれば、上層部が過剰に怒るのも当然の話ということになる。

「ほら、色々なことが一本に繋がりませんか? 榊さんが裏切り者だと仮定すれば。思い返せば、黒尽くめの男達を取り逃がした時も随分と優しかったじゃないですか。普通なら怒って当然のところですよ、あそこは。なのにお咎めなく許してくれたということは、あの二人組を捕まえられては困るということ。つまりグルだったというわけですよ」

 絶望的なことを、何故か高城はくつくつと笑いながら語る。いや、マイナスの感情も過ぎれば笑いもするか。笑うしかない、という状況にもなれば。

 思えば、榊が情報漏洩について話していた時、高城は柄にもなく黙って話を聞いていた。茶々の一つも入れずに。ということは、既にあの時から榊がそうである可能性を視野に入れていたのか。

 それが、私の謹慎処分によって確信に変わった。少なくとも、高城の中では。だから、榊ではなく私に話を持ってきた――つまりそういうことなのだろう。

 しかしながら、

「お言葉ですけど、こうして私が捜査情報を閲覧しているのも情報漏洩になるんじゃないですか? というかこれ、榊警部の差し金じゃないとしたら、どうやってアクセス権限を手に入れたんですか?」

 正直、榊が気を利かせて高城にデータを預けて送り出してきた可能性も考えていたのだが、どうやら違うらしい。だが、それならそれで、高城は一体どうやってアクセス権限を手に入れたのか。

「先程も言った通りですよ、僕は警察内では何とも言えない微妙な位置にいますが、おかげさまでそれなりの伝手つてもありまして。それを活用してデータを閲覧できているわけです」

「つて、というと……?」

 私が食い下がると、くす、と高城は笑った。

「まぁ、そのあたりはおいおいと。まだ確証の取れていない情報も多いですからね。裏を取ることが出来れば、いずれお話しますよ。ああ、安心してください。情報の出所は、ちゃんと信用できる筋からですので」

 その言い方で、何をどう安心すればいいのか。ともあれ、

「確証の取れていない情報?」

 まだ他にも何かあるのか、という私の問いに、高城は前を向いたまま頷きを一つ。

「ええ。残念ながら西尾さんはあまり好きな話題ではないと思いますが……」

 チラリ、と眼鏡越しの視線でこちらを一瞥した。

「狼男の話です」


 †


「信じられないとは思いますが、聞いてください」

 真剣な声音で、高城はそう前置きした。

 私はオカルト否定派だが、もはや毒を食らわば皿まで、である。

 どんな内容かわからないが、ひとまず高城の話に耳を傾けることにした。

「まず、噂になっている新種のドラッグについてですが。薬の名称は『ルナティック』――そのまま『狂気』という意味でしょうね。そう、木島の部屋で見つけたメモに書いてあった『ルナ』というのは、この薬を指していたのだと思われます。実はこれ、新種と言っても存在自体は昔からあるものだそうで」

「昔からある、新種……?」

 随分と矛盾した存在である。古いのに新しいとはどういうことだろうか。

「おかしな話ですよね。でも、事実です。『ルナティック』は過去にも存在しました。――西尾さん、あなたのご両親の命を奪った元凶です」

「――っ!?」

 傷が疼く。首と左腕に刻まれた痕が、反射的に引きつった。

「一般的な違法ドラッグの面から見れば『ルナティック』は向精神薬の一種です。不安や恐怖といったマイナスの気分を払拭し、多幸感や万能感を使用者に与えます。ですがこの薬の恐ろしいところは、効果が精神だけでなく肉体にまで及ぶところです」

「それは普通のことでは……?」

 違法ドラッグは心だけでなく肉体までもをボロボロにする。誰でも知っている常識だ。

 しかし、高城は首を横に振る。

「いいえ、そういう意味ではありません。『ルナティック』は精神を高揚させるだけでなく、()()()()()()()()()を持っているんです」

「肉体を強化? ドーピングということですか?」

「ドーピング、なんてレベルではありませんけどね。でも方向性は合っていますよ、西尾さん」

 薬物による強化――スポーツ競技でよく話題になるのは、興奮剤やホルモン調節薬、または代謝を調節する薬などを使用し、肉体機能のパフォーマンスを向上させる方法だ。だが、高城が言わんとしていることは、従来のそれとは一線を画すものらしい。

「『ルナティック』を服用すると、まず脳内物質の分泌が促進され、その結果として肉体のリミッターが一時的に外れます。いわゆる〝火事場の馬鹿力〟というやつですね。それが常時、発動可能となるわけです」

 人間の脳は、自らの肉体が傷付かないよう本能的に力を抑えている。常に全力で動くと、反動で筋肉や骨が損傷してしまうからだ。

「しかし、それはあくまで脳の()()が外れただけに過ぎません。常人であれば筋力はそのままですし、ましてや薬によって積極性や攻撃性が増していますからね。あっさり自爆します。有効活用できるとすれば、戦場にいる兵士ぐらいなものでしょう」

 と高城は言うが、殺し合いが常の戦場に限らず、例えば空手の組み手などにおいても『自爆を辞さない人間』というのは厄介の塊だ。なにせ自身の損耗を気にしないのだ。怪我も死ぬことも厭わず突っ込んで来られると、こちらとしては相応の対応を取らねばならないし、初手を間違えると大打撃をこうむることになる。その道の達人が、時に決死の覚悟を決めた素人相手に下手を打つことがあるが、それはつまりそういうことなのだ。

「ですが、『ルナティック』は使用者の精神だけでなく、肉体そのものを劇的に強化します。もちろん条件は限定されますが……上手くハマると――通常では有り得ない()()が起こるんですよ」

 高城の声が低まり、切れ長の目がこちらを見た。

 我知らず、私は生唾を嚥下する。

「――それが『獣化』と呼ばれる現象です。『ルナティック』に適合した使用者は、遺伝子レベルで影響を受け、細胞が活性化。ごく短時間で肉体に極端な変化が生じて、筋肉や骨組織の強化、膨張が始まります。場合によっては体毛も増加し、肉体が著しく変形し――まるで獣のような姿になるそうですよ。いわば『先祖返り』に近い現象ですね」

 あまりにも、あまりにも馬鹿げた話を、しかし高城は真面目に語り続ける。私をからかおうとする意図など一切なく、ただ真実のみを淡々と告げるように。

「つまり、それが『狼男』の正体です」

 端的に告げると、高城は運転しながらハンドルの右側に手を伸ばした。ドリンクホルダーから蓋付き紙コップを取り出し、口をつける。先程のファストフードから持ち出した、ホットコーヒーの残りだ。

「これまでの現場を見た西尾さんなら、『ルナティック』によって変貌した『狼男』の力がどれほどのものか、説明するまでもないでしょう。素手で人体を引き裂き、コンクリートの壁や床に罅を入れる……そういったことが『ルナティック』の適合者には可能となるんです」

 そんな馬鹿な、冗談にしてはひどすぎる――そんな言葉が真っ先に浮かんでくるが、口には出せなかった。

 高城の話は荒唐無稽に過ぎる。にわかには信じがたい。

「……仮に、その『ルナティック』が実在するとして……そんなもの、一体どうやって……」

 ひとまず話を合わせつつ、現実ベースで考えた質問を口にする。薬の効果としては見たことも聞いたこともない代物だ。純粋な興味もあった。

「ええ、不思議ですよね。科学的には有り得ないことです。薬を使ったら化け物に変身する。つまりはそういうことですからね。漫画やアニメならともかく、現実ではまず起こり得ないことです。わかりますよ、西尾さん。信じられないのも無理はありません」

 高城は私の言葉を冷静に受け止め、むしろ肯定すらした。思えば彼は最初から、信じられないかもしれないが、と言っている。自分の話が突飛なことをちゃんと自覚しているのだろう。

「ですから、これは西尾さんの嫌いなオカルトのお話になります。ほら、魔女っているじゃないですか。年老いて、ワシ鼻で、意地が悪そうなイメージの。魔女裁判のそれではなくて、物語の中に出てくるやつです。白雪姫とかの。わかります?」

 その程度のことなら、サブカルチャーに詳しくない私でもわかる。世界的に有名な遊園地はおとぎ話を元にしたテーマパークで、そこに白雪姫も出てくるのだ。

「ああいう魔女ってよく薬を作ってるじゃないですか。鍋を棒でグルグルかきまぜて、トカゲの尻尾とかサソリの干物とかを使って。猫の足音や魚の息、女の髭……は北欧神話でしたっけ? ともかく、薬作りというのは魔術と関連が深いものなんですよ」

「はぁ……」

 何やらご高説をたまわっているようだが、私にはよくわからない。

「つまるところ、『ルナティック』は科学と魔術のあいの子というわけです。特に過去のものは魔術的側面が大きかったようで、使用者の理性が吹き飛ぶことも多かったとか。それ故、無差別な殺人事件がいくつも起こってしまったそうです。いやまぁ、それは今でもですか」

「無差別……」

 その言葉と、私の両親とが不意に繋がった。

 高城は言った。『ルナティック』は私の両親の命を奪った〝元凶〟だと。

 つまり――かつて私の家に押し入った強盗は、その『ルナティック』を服用していた? そのせいで理性を失い、たまたま目の前にあった私の家に入り、両親を殺して、私に重傷を負わせた?

 そういうことなのか?

 何の理由もなく、ただ目についたからという、それだけの理由で――

「しかしながら、そんな異常な薬が長く出回るわけもありません。自らの身を破滅させるどころか、理性を失って犯罪に走るような薬、誰も欲しがりませんからね。それに警察も黙っていませんし、それは魔術側の治安組織も同様です。結局、科学側と魔術側の双方から問題視された『ルナティック』は、当時の人々によって闇に葬られました。無論、そんな経緯は公式記録には残せませんし、形としては未解決事件として処理するしかなかったんでしょうね。だから、中途半端な形で捜査資料も残っていた、というわけです」

 もはや完全におとぎ話か、高城が考えた創作物語のようだった。現実の出来事とリンクしているように思えて、しかし現実味が一切ない。信憑性というものが全く欠けていた。

 とはいえ思考停止するわけにもいかない。私は必死に頭を働かせて、質問を口にする。

「魔術側の治安組織というのは……?」

「ええ、これまた漫画やアニメのようですが、存在するようです。当然ですよね、危ない薬を作る組織がいるんですから、それを阻止しようとする人々も存在するわけですよ」

「……待ってください。ということは……つまり『ルナティック』という薬は、魔術に精通した犯罪組織が作ったということですか?」

 こんなことに思い至るなんて、我ながらどうかしていると思うが――高城の話を総合すると、そういう結論が出た。

 通常のドラッグではない『ルナティック』。科学の力では作れず、魔術の素養が必要となる。ならば精製したのは普通の犯罪組織――というと語弊があるが。犯罪組織に普通などあってたまるものか――ではなく、魔術に詳しい特殊な集団ということになる。

 私がその結論に至ったのが嬉しいのか、高城が薄く微笑んだ。

「ええ、ご明察ですね。真剣に考えてくださって、ありがとうございます。仰るとおりですよ、西尾さん。『ルナティック』は特殊な集団――いえ、()()が生み出したものです」

「い、一族……?」

 またぞろ日常生活ではそうそう耳にすることのない単語が出てきて、私は若干ならず腰が引けてきた。本当に大丈夫だろうか。これは全て高城の誇大妄想だったりしないだろうか。もしそうだったとしたら、本気で付き合っている自分は馬鹿もいいところになってしまうのだが。

「『夜の一族』……彼らはそう呼ばれています」

「『夜の一族』、ですか……」

 ここは笑うところだろうか? だが、高城の横顔は真剣そのものだ。私の中の不安感がどんどん膨れ上がっていく。

「一言で言えば、彼ら彼女らは人ではありません。〝人外〟――人ならざる者、夜の世界に棲まう者、世界の『裏』に潜む者……それ故、『夜の一族』と呼ばれているそうです」

 真面目そのものの口調で話していた高城だったが、ここで突然、あは、と笑った。

「――面白いでしょ? 笑っていいんですよ。いわゆる中二病ってやつですよ、これは。大の大人がつける名前じゃありませんよね、『夜の一族』って。それとも、これが人ではない怪物のセンスなんでしょうかね?」

 虚仮こけにしているようにも聞こえるが、私には高城が『夜の一族』とやらを擁護しているようにも思えた。敢えて笑い飛ばすことで、親近感を持たせようとしているのかもしれない、と。

「もっとも、生き神を名乗って教祖となる人がいるくらいなんですから、自分を人外だと思いこんでいる集団がいて、そんな彼らが『夜の一族』だと名乗っていてもおかしくないでしょうけどね」

 随分な事例を比較に持ってきたものだが、それで『夜の一族』なる集団の胡散臭さは薄まったりはしない。

 私は同意も否定もせずスルーした。

「さて、そんな『夜の一族』の起こした組織ですが、それこそが今も昔も全ての発端ですね。その組織は、通称『ニュクス』と呼ばれています。正式名称はわかりません。ただそう呼ばれている、という情報だけが手に入りました」

「ニュクス……?」

 耳慣れぬ言葉に首を傾げると、高城はくすりと笑って説明してくれた。

「ギリシャ神話における、夜の女神の名前です」

「まんまじゃないですか」

『夜の一族』とやらが名乗る、夜の女神の名に由来した組織。わかりやすいと言えばわかりやすいが。

「いや、それはそれとして……人じゃない、というのは……どういう意味なんですか……?」

 まさか犬や猫とは言うまい。何となく察しはついているし、嫌な予感もするが、念のため聞かずにはいられなかった。

「はい、お察しの通りですよ、西尾さん。最初に言ったでしょう? これは『狼男の話』だと」

 やっぱりか、と私は得も言えぬ感情によって胸が重くなる。よもや、そこまでこじれた話になってしまうのか――と。

「まぁ狼男だけではないのですけどね。他にも吸血鬼、ドラゴン、巨人、悪魔、精霊……枚挙に暇がありませんが、とにかくそういった人外の存在――つまり『人でなし』は実在するんですよ。これがまた、嘘みたいな本当の話なんですけど」

「そうですか……」

 私としてはそう言う他ない。他にどう返せというのだ、この状況で。

 げんなりとした私の声音だけで、内心を察したらしい。ははは、と高城は朗らかに笑った。

「ええ、繰り返しになりますが、信じられないのも無理はありません。正直なところ、僕も半信半疑でしたからね。でも、いるものはいるんですよ、西尾さん。信じる信じないに関係なく、彼らは現実に存在しているんです」

 まるで見てきたかのように高城は語る。まさかとは思うが、彼の情報源とも関係があるのだろうか。一体どこでそんな伝手つてを得たというのか。もうすっかり、私には高城という人間がわからなくなっていた。

「『夜の一族』は、名前の通り闇に隠れて生きています。しかし、物理的にどこかへ隠れ潜んでいるわけではありません。実を言うと、既に人間社会の中へ溶け込んでいます。人と交わり、子孫を残し、長い時間をかけ、ゆっくりと浸食しているんですよ……今、この時も」

 いかにもな口調で話す高城だったが、既に話半分――否、眉唾物として聞いている私にはさほど響かなかった。

「純粋に疑問なんですが、狼男とか吸血鬼とかが人間と交わって、子供が作れるものなんですか?」

「――おや、ご存じありませんか? 特に吸血鬼と人間の混血は〝ダンピール〟と言って、既に市民権を得ているんですよ」

 どうやら交配は可能なものらしい。あくまで高城の妄想――もしくは、作り話の中でのことだろうが。

 私は深い溜め息を吐きたくなったが、努めて我慢した。

「……ともかく、大体はわかりました。つまり、過去にも出回ったことのある特殊なドラッグがあって、それがここ最近の連続殺人事件と関連がある――ということですね?」

「流石は西尾さん、現実的なまとめ方ですね」

 褒めているようでまったく褒めていない高城に、私はついしかめっ面で返してしまう。

「バックにはそれなりの組織があって、独自の流通ルートを形成していることも理解できました。それと、薬の効果で脳のリミッターが外れて、使用者が超人的な力を発揮できるというのも……まぁ、ぎりぎり納得できます。でも、『夜の一族』やら狼男やらは無理です。理解できません。夢物語にもほどがありますよ」

 なにせ見たことも聞いたこともない話だ。根も葉もないとはこのことで、そもそも信じる理由が見当たらない。

 だが、そういった酔狂な部分を削ぎ落として考えても、これが由々しき事態であることは間違いない。これまでにない違法ドラッグが出回り、そのせいで殺人事件が起きているのだ。見過ごせるわけがなかった。

 与太話だとはっきり断じた私に対し、高城は妙な含み笑いを見せた。

「西尾さん」

「――はい?」

「現実って、目の前にあることだけが全てじゃなかったりするんですよ?」

 運転しながら、高城はこちらに流し目を寄越した。

 ねっとりと絡みつくような――粘着質な視線。

 それは率直に言って、嫌な目付きだった。

 その上で、なんとも意味深な言い方である。まるで、今の私には目の前にあるものしか見えていない――逆に言えば、それ以外のものが何も見えていないかのような。そんな私を、どこか馬鹿にしているような。

「それって――」

 どういう意味ですか、と問い質そうとした瞬間だった。

「さ、そろそろ到着ですよ。降りる準備をしておいてくださいね」

 遮るように高城が言った。ハンドルを回し、コインパーキングへと車をすべり込ませていく。気付けば車は大通りから小道に入り、どことなく見覚えのある風景が広がっていた。

「ここって……」

 完全に停止した車から降りた私は、周囲を見渡し、既視感の正体を記憶に求める。

 正解は、高城の口から告げられた。

「ええ、木島康一が殺された現場近くの繁華街です」

 そう。一昨日おとといの朝、木島の遺体が発見された再開発地区。そこからさほど離れていない場所である。

 道理で見覚えがあったわけだ。

「こんな所に、何の用があるんですか?」

 これまでしていた話と、この繁華街とが私の中ではまるで繋がらない。ごく当たり前の疑問を高城に向けると、

「まぁまぁ、そんなに焦らないでください。急いては事をし損じますよ、西尾さん。事件は逃げませんから。どうぞ、こちらです」

 にこやかに追求を躱された。そのまま、高城は先に立って私をいざなう。

 こちらがついてくるものと確信して、悠然と歩いて行く背中に、

「……事件はともかく、犯人は逃げるっつーの……」

 聞こえないように小さな声で呟いてから、私は後を追いかけたのだった。

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