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公式企画参加作品集

流れ星職人のステラ

作者: ミント

 

 あたしは自分の背丈ぐらいあるハンマーを、思い切り振り上げる。


「せいっ!」という掛け声とともにそれを振り下ろすと、星は一度びっくりしたような顔をしてガラス細工のように砕け散る。辺りに散らばる砂糖菓子のような香りと、キラキラ輝く星の粒たち。あたしはシャララ……というツリーチャイムのような音を聞きながら、一息つく。


 あたしが砕いたこの星は今夜、流れ星になる。


 闇に煌めく綺麗な流れ星になって、この国の夜空へ降り注ぐのだ。


 ☆


 人は死んだら星になって、空へ上る。

 星になった人は生きる人々の姿を見守り、四十九日が過ぎると流れ星職人であるあたしのところへやってくる。あたしは星になった人の体をハンマーで砕き、死んだ人の魂を星から流れ星へ変えるのだ。星はそうやって地上の人々に夢や希望を託し、癒しを与えて燃えつきると——そのまま夜空へ消えていく。


 流れ星職人であるあたしの仕事は、こうやって星になった人々の魂を流れ星にすることだ。死んでしまった人が最期の別れを告げ、星でいられなくなった時。私はその体を砕き、星になった人を流れ星に作り替える。そうすることで死した人の魂に、安らかな眠りを与えるのだ。


 だからあたしは今日もハンマーを振るい、星を打ち砕く。


 亡くなった人々の魂の安寧と、生きる人々の希望のために。


 流れ星職人として精一杯働き、この国の夜空を流れ星で彩り続けるのだ。


 ☆


「ステラさん!」

あたしがいつものように、流れ星作りの準備をしていた時。

 後ろから名前を呼ばれ振り向くと、息を切らしながら梯子を登る男の子の姿が見えた。


 あたしがいる流れ星職人の持ち場は、とてもとても高い所にある。そんな場所までこんな小さな子が登ってくるのは大変だっただろう、と思いながら私は男の子に尋ねる。

「何? あたしに何か用?」

「今夜は目一杯、たくさんの流れ星を降らせてください!」

「どうして?」

「今日は、お母さんの誕生日なんです!」


 キラキラと目を輝かせている男の子。その瞳の方がよほど、星みたいだなと思いながらあたしは答える。


「残念だけど、それはできないわ。流れ星職人が星を降らせるのは、人の魂を眠らせるためだもの。誰か一人を特別扱いして、勝手に星を降らせるわけにはいかないわ」

「そんな……」


 がっかり、夕焼けが沈んでいくように肩を落とす男の子。あたしはそんな彼に向かって「でも」と口を開く。


「今日はちょうど、流れ星にする星がある日だからそれを流す時間を教えてあげるわ。だからその時間はお母さんと一緒に、仲良く星を見なさい。風邪を引かないよう、温かい格好をしていなきゃダメよ」


 そう告げると男の子はぱぁっ、と顔を輝かせる。


「ありがとう、ステラさん!」


 言うが早いか元気よく、男の子は梯子を猛スピードで下りていく。ちょっと、足下に気をつけなきゃダメよ。遠ざかっていく男の子の背中を見ながらあたしは、流れ星職人になる前のことを思い出していた。


 ☆


 流れ星職人は、生きた人間でも死んだ人間でもない中途半端な者がなる存在だ。


 普通、死んだ人は星になるんだけれどごく稀に星になれない人がいる。あたしはその「ごく稀」に該当しちゃったので、流れ星職人として働くことになった。


 あたしが星になれなかったのは、星になっても見守るような人間が周りにいなかったからだ。お父さんもお母さんも戦争で死んじゃったから、あたしは一人ぼっち。周りの人はいつもピリピリしていて、空を見上げるのは戦闘機が飛んできて爆弾を落としてくる時だけだった。


「アイツは親がいないから何をしてもいいんだ」


 あたしと同じぐらいの歳の子はみんなそう言って、あたしを虐めてきた。今思えば、あの子たちも戦争という状況の中で憂さ晴らしがしたかったのだろう。だけど当時のあたしはとっても辛くて、寂しくて、いつも泣いてばかりいた。


 でも、そんな中で一人だけ、あたしを思いやってくれる男の子がいたんだ。


「ねぇ、君の瞳は星みたいだね。いつも、キラキラ輝いているね」


 そう言ってくれたの、今でも覚えている。


 あの子はいつも優しくて、温かくて、素敵な男の子だった。他の子があたしを虐めている時もいつもあたしを守ってくれたし、泣いている時はそっと寄り添って慰めてくれた。


「お父さんとお母さんがいないと寂しいね。でも僕がいるよ。僕はずっと、君の側にいるからね」


 そう言って、ずっとあたしの隣にいてくれた。


 だけど、その男の子は呆気なく死んだ。


 戦争という状況では、子どもの命なんて呆気なく散る。あたしの大好きなその男の子もそうだった。他の人たちと同じようにあっさり、星になってしまったのだ。


 その時の気持ちは、今でも私を締め付けている。

 なんで、どうして死んじゃったの。ずっとあたしの側にいてくれるって言ったじゃない。あたし、またひとりぼっちになっちゃったじゃない。なんで、どうしてよ。そんな気持ちがぐるぐる渦巻いて、わんわん泣いて——


 気がつくとあたしは、流れ星職人になっていた。


 自分が流れ星職人になった、と気がついたのは手にハンマーを持っていたことと、周りに星がたくさんあったからだ。どの星もみんな、見覚えのあるものばかりだった。そして、その星の中にはあたしの大好きなあの男の子もいた。男の子はキラキラ輝く、とても綺麗なお星様になっていたのだ。


「流れ星にしてくれよ」


 星になった男の子は、そう言った。


「僕は君に砕いてもらえれば一等、綺麗な流れ星になるよ。そうして、国中の人を虜にするんだ。もう爆弾なんか見なくて済むように、空から降ってくるのが星だけになるように。僕は輝いてみせようと思うんだ。だからさ、僕を流れ星にしてくれよ」


 男の子にそう言われて、あたしは泣きながらハンマーを振り上げる。そしてそれは——流れ星職人になった私が、初めて作った流れ星になったのだった。


 ☆


 あたしはあれからずっと、流れ星を作り続けている。


 たくさんハンマーを振るい、たくさん流れ星を作った。


 そうしているうちにいつの間にか戦争は終わり、国の人々はみんな夜空を見ると流れ星を探すようになった。あたしはその人たちのためにずっと、流れ星を作り続ける。


 キラリ、と暗闇に線を引いたように流れ星が空へと落ちた。

 この流れ星は、今日ここに来たあの男の子にも届くだろうか。あの男の子とそのお母さんは一体、流れ星にどんな願いをするのだろう。それはきっと夜空に輝くどんな星よりも綺麗で、温かい幸せな願いだといいな。そう思いながら、あたしは空を見上げる。


 あたしはこれからも、流れ星を作り続けるだろう。


 そしてあたしの作った流れ星もまた、この国の夜空にずっと降り注ぎ続けるのだ。

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― 新着の感想 ―
[一言] >この流れ星は、今日ここに来たあの男の子にも届くだろうか。 この件が好きです。 静かに胸に染み入ります。
2022/01/20 10:06 退会済み
管理
[良い点] とてもとても切なくて、綺麗なお話。   静かで、、でも語りかけるものは多くて。 ステラがどうやって生きていくのか、これからの続きが知りたい。 この世界観が大好きです。 [気になる点] 星が…
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