その9
一人だった時間なんか無かったってくらい、楽しくなった!
彼女、「身内のファン」って女の子を紹介してくれた。
その子は「キャリ子」って呼ばれてて、バンドも何もやってないけど、ずっと近くにいる子。そういう存在ってアリなんだね。うちも、そんな風になれるのかな。
「今日はすごい人、いっぱい来てるんだよ!」
キャリ子ちゃんが優しくしてくれて、一緒にいろんなバンドの人のとこ、回った。写真を撮ってもらったり、紹介してもらったり。
さっきライヴ観てる時は「ふうん、カッコいいな」ってくらいだったけど、実際に話すと、みんなとっても優しくて!ファンになっちゃうな。
彼女のバンドのドラムさんのとこに行ったら、こう言われた。
「…悪い。俺がキャリ子に紹介することになってた…。」
代わりに、マシンガンみたいなトークに付き合わされた!
「たーのしーい!」
たくさんの人と話して、分かったよ。
パンクなんてこわい人ばっかりで、うっかり近づいたら怒られる、なんて思ってたけど。
ぜんぜん、逆。みんな、うちと変わらないって。
優しくて、傷つきやすくて、馴染むまでちょっと時間かかるけど、ホントは素敵な人ばっかり!
今夜はうち、いっぱい話せてる気がする。
キャリ子ちゃんがいるからかもしれないけど。
すごい。パンクって、マジすごい。
LINEが鳴った。ああ、そうだった!
『いま電話してもいい?』
うちは返事の代わりに『通話』をタップして、彼女のところへ走っていった!
「あのっ!」
自分でもビックリするくらい、大きな声。
誰かと話してた彼女が振り向いた。うわっ、悪いことしちゃった!
「あっ、すいません!」
「ああ、いいよ。どうしたの?」
「あの…トモ君と電話つながってます!」
そう言って、うちは彼女にスマホを差し出した。
彼女は楽しそうに、スマホに向かって何か話していた。うんうんとうなずき、二言三言話して、最後に大笑いして、うちにスマホを返した。
「なーに、まだ彼と喋ってもいないんじゃん。」
頭がぐるぐるで、そんなことも気づかなかったよ。
始めて聞いた彼の声も、何を話したのかも、後から考えてもぜんぜん思い出せなかった。