その8
もう、意味が分かんない。
大勢のパンクな人たち、関係者みたいな人たちに囲まれて、うちは居酒屋のお座敷にぽつんと座っている。
知り合いは誰もいない。
彼女は向こうの方で忙しそうにしている。
打ち上げだって。これが、打ち上げなんだ。
一緒にこの店まで歩いてくる途中、思わず聞いちゃった。
「あの…。」
「うん?」
「うち、行ってもいいんですか?」
彼女は一瞬、何かを考えた後に、ニッとほほ笑んだ。
「アタシもね、ずーっとずーっと昔、初めて打ち上げに出た時、同じことを聞いたよ。」
「…そうなんですか。」
「だからね、遠慮する気持ちは分かる。」
そして、うちの顔に顔を寄せて、こう聞いてきた。
「お酒、飲める?」
飲みますよ。飲むしかないじゃない。
じっさい、飲む以外に何にもできないもん。
めっちゃ緊張してる。
話す人、いない。
周りはみんな、思い思いに楽しそうなトークの真っ最中。
話しかけたら怒られるかもしれないし。
だいたい、人見知りだし。
そんな勇気ないし。
“何で、来るって言っちゃったんだろ“
彼女は“いろいろ紹介するから”って言ってくれたけど、それどころじゃないっぽい。そりゃそうだよね、主役だもん。
うちなんか、端役すら与えられてない。
今のうちは、ただの空気。
することなくて、ダメだダメだと思いながら、無意識でスマホ触ってる。
雰囲気壊さないかな。
でも、誰も気にしてないか、うちのことなんか。
ちょっと、彼に連絡してみよう。彼なら分かってくれるよね。
『今日、来てたの?』
スマホを触ってると安心する自分がいや。
こんなとこまで来て、ネットなんて。
結局、ここに逃げるしかないんだ、うち。
すぐに返事が来た。
『探したけど見つからなかったから帰ったよ』
『今どこ?』
『電車乗ったよ』
『打ち上げ来てるよ、夢みたい!』
そこまで打って、ポンポンと肩を叩かれた。
「あっ…。」
彼女がうちを見下ろしている。片手にはビールのジョッキ。
「ごめん、待たせたね。」
「あっ、いえ…。」
赤い革ジャンを脱いで、黒のタンクトップ一枚に黒のパンツ。あっ、腕にタトゥー入ってるんだ。知らなかった!
やっぱり、めっちゃカッコいい!
「誰かと話してた?」
「あっ、いえ…。」
「えっ。そうなの?」
彼女はビックリした顔で辺りを見渡していたけど、すぐに“すまない”って表情で頭をガシガシかいた。
「アタシが悪かったね、話せる人を紹介してって頼んどいたんだけど…忘れられてたみたい。頼む人を間違えたよ。」
「いえ…大丈夫です。」
「今まで誰とも話してないんでしょ?大丈夫じゃないよ。」
そう言いながら、彼女はうちの隣に腰を下ろした。
同時にスマホが鳴る。
うちは無意識に画面を見た。
『マジで?すげー!』
彼に返信する前に、スマホを握った手が優しく押さえられた。
「今夜は、スマホはもうおしまいにしよう。」
見上げた彼女の顔は、優しかった。
ネット依存みたいなうちのこと、責めたりしないで。
それじゃダメだって、お説教もしないで。
誰も傷つけないで。
ただ、ありのままを受け入れてくれる。
やだ、泣きそう。
「…はい。」
「アタシの仲間、紹介するからさ。時間が許す限り、楽しもうよ。」
「はい!」
天にも昇る思い。さっまでのモヤモヤ、全部消えちゃった!
けど、うちはいっこだけ彼女との約束を破った。
こっそり、彼にLINEしたんだ。
『家に帰ったら、うちに通話入れて!』