その6
もう、なんていうか。
鬼ヤバ!激ヤバ!
相変わらず、言葉のセレクトは小学生なみだけどさ。
すっごい、すっごい、楽しかった!
パンクとか何とか、関係ないな。
あの雰囲気、あのノリ!
楽しすぎる!
ステージの上にいる彼女は、やっぱりキラッキラのピッカピカで。そんな彼女と、フロアの奥で他のバンドを観ながら耳打ちでおしゃべりした時間は、何物にも代えられなくて。
それってたぶん、ここにいる人たちにとっては、何でもない日常なんだろうけど。
全然、前とか行けなかったけど。
みんなみたいに派手に踊ったり騒いだり、できなかったけど。
ああ、来て良かった。
今夜、来て良かった。
いい気分で帰れる、はずなんだけど。
“どこに、いるんだろ”
彼に、まだ会えてないんだ。
ライヴ中、探したんだけど。
人がぐっちゃぐちゃに入り乱れて、見つからなかった。
顔だって分からないし。
LINEしようとしたら圏外だし。いまどき圏外とか、あるの?ライヴハウスじゃ普通なのかな。
ライヴがぜんぶ終わった後、何となくフロアをさまよいながら、どんな姿をしてるか知らない彼の姿を必死で追った。
うちを見つけてくれれば、彼から声をかけてくれると思うんだけど…分かんないなあ。
外に出て、LINEした方がいいかな。でも、いちど出ちゃったら戻ってきていいのか分からないし。
「今日は、しょうがないかな。」
いいや、最後に彼女に挨拶して帰ろ。
今夜会わなくても、またページやLINEで話せるし。
それで、いいよね。うん…。
彼女は物販の横に立って、お客さんと会話を楽しんでいた。
愛想じゃなくて、ホントに楽しんでるのが分かるんだ。
もっともっと好きになっちゃったよ。
長い長い列を待って、やっと彼女のところに来た。声だけかけちゃ、悪い気がして。
「あの…。」
「おっ、来たね。どう、楽しかった?」
「はい!あの、これ…。」
「買ってくれるの?嬉しいな~、ありがとう!」
無口なベースさんがTシャツを袋に入れてくれてる間、うちは彼女と拙い会話を続けた。
「ライヴ、初めてだったんでしょ?」
「はい、あの、DXに…。」
「ああそうか、あの時、来てくれたんだ!それは最初から、とんでもないものを見たねー。あはは!」
「はい…でも、カッコ良かったです。あの時も…。」
「それで、ここまで来てくれたんだもんねー。ホント嬉しいよ、ありがと。」
彼女が「ありがとう」って言わずに「ありがと」って言うの、明日からマネしよ。
「またライヴにおいでよ、待ってるからさ。」
「はい、来ます。じゃあ…。」
「うん、気をつけて帰ってね!」
うちは彼女が差し出した手をそっと握った。問答無用!彼女はうちの手をグッと引っ張り、また肩をぎゅーっと抱いてくれた。
女神。もう、女神決定。
柔らかな化粧品とほのかな汗の香り。
うちはぺコンと頭を下げると、息も絶え絶えに出口に向かった。
「ねえ!」
彼女の声に、うちは5センチくらいとび上がった。
「は、はい?」
「彼、会えたの?」
ちゃんと覚えてたんだ。
うちのことなんか、そんなに忘れないでいてくれるなんて。
「…いえ。」
「そうなの?ちゃんと来てたんでしょ?」
彼女の口調が変わった。ちょっとビックリしてる。
「たぶん…。」
「ちょっと、探しに行こう!」
「えっ?」
答える暇もなしに、うちは彼女に引っ張られていった。