その5
新宿、歌舞伎町なんて恐い印象しかないよ。悪い人たちがいっぱいいるところ、夜遅くまでいちゃいけない街。
でも、映画館がある広場を抜けたあたりから、ポツポツ見かけ始めたんだ…パンク・ロッカーたち!
うちも、周りからは“あの中の一人”って思われてるのかな?
そう考えたら、ちょっとドキドキしてきちゃった。
ロフトは、角っこの飲み屋ビルの地下にある。なーんて、ネットで見たから知ってるだけ。飲み屋とかキャバクラとか、そんな場所にあるんだな。何だか変な感じ。
階段を下の方まで降りると、いきなり別世界になった!ここはもう、ライヴハウス。パンクな人たちが入場で行列してて、でも以外にフツーの人も来るんだなー。ちょっと、ホッとした。
受付でぎこちなくお金を払って、うちは遂にライヴハウスに足を踏み入れたんだ!
「…うわ。」
…いきなり、いたよ!
思ったよりも広いフロアにいっぱいいる恐い人たちを避けて、バー・エリアに行ってみたら。
物販のところに、彼女が当たり前みたいに座っていた。椅子を後ろ向きに腰かけて、紙に何かを書きつけている。
赤い髪。赤いライダース。
テレビで観たままの、彼女。
うち、思わず固まっちゃった。
だって、テレビに出てた憧れの人だよ?
こんな簡単に会えちゃって、いいの?
どっちつかずの気持ちで、それでも足が勝手に彼女の方へ向かう。吸い寄せられるみたい!
声、かけていいのかな?
ライヴ前だから邪魔しない方がいいかな?
うちなんかお呼びじゃないかな?
いっぱい考えているけど、要は、こわい。
リアルが苦手なんだよー。
「あっ。」
パーマを当てた赤い髪がふわりと揺れて、うちのウジウジな思いを切り裂く、声と表情。
彼女がうちを見て、笑顔で手招きしてくれた!
「来てくれたねー!」
立ち上がった彼女、うちと同じタータンのスカート!選んできて良かったー!
こういう時、おじぎ、握手?他にやり方、何かあるの?
迷ってる暇もなく、うちは文字通り彼女に包まれちゃった!
ギューッ!
「ページやってくれて、ありがとねー!やっと会えたねー!」
「…はい。」
彼女の腕の中で、うち、言葉になんない。
突然すぎて、感情がわけわかんない。きっと後で思い出して泣いちゃうんだろうな。
「ライヴ、初めてなんでしょ?楽しんでってね!」
「…はい。」
「一人で来たの?」
「…はい、でも、後で…。」
「ああ、いつも書き込んでくれてる、えっと…トモ君!」
そう言って、彼女はやっとうちを解放した。
息が止まるような瞬間。
「もう会えた?」
「…まだです。」
「会ったら、呼んできてね。一緒に写真撮ろう!」
神か。
神なのか。
なに、そのファンサービス。
足先から身体が浮き上がるような気分だよ。
「嬉しいなー。こうやって会えるの、ホント嬉しいよね。」
いや、違うんだな。
彼女、本心なんだよ。
ファンだからとか客だからとか、関係ない。
ただ会えたことを、ホントに喜んでくれてるんだ。
「バチっと決めてきたね!」
彼女は、うちのカッコを褒めてくれた。プロのパンク(なんて、あるの?)から見たら、うちなんか「にわか」にも程があるはずなのに。
「…ありがとうございます。」
「そのスカート、いいじゃん。」
「…はい。」
「アタシのやつ、だいぶ擦り切れちゃってるから。新品いいなー、交換しない?」
冗談めかして、彼女が舌を出した。
そんなそんな、そんなキュートな顔しないで。
本気にしちゃうよ、この場でスカート脱いじゃうよ。
うわおー!みたいな声のかたまりが、フロアの方から聞こえてきた。うちが知ってるどんな音よりもワクワクの詰まった歓声。
「ライヴ、観に行こうよ。今日はアタシらのバンドまで観ていくんでしょ?」
「は、はい。」
「楽しませるからね…さあ、行こう!」
そう言って、彼女はうちの肩を抱いて、フロアの方に歩き出した。お、おおう。
…ホントは、彼女の出番まではバーの方で大人しくしてようと思ってたんだけどな。
いいや!今夜は神の教えに従うんだ!