第九話 生きていても害にしかならない
平城祭典に連絡して、装甲車をマンションまで持って来てもらった。
そしてゾンビ化したカス息子兄弟を棺桶にぶち込み、装甲車の後部のスペースに積み込む。
後部座席には普段、武器を積んでいる。
元々、6名の戦闘員を運搬できるように設計されているので棺桶の2つ積むくらい楽勝だ。
さて、やるべきコトをやってしまうか。
「泉田の屋敷向かってくれ」
「任して」
ナツコは装甲車をクズ議員の屋敷へと運転した。
到着と同時に俺は、棺桶を両肩に担いでクズ議員の屋敷の応接間へと乗り込む。
もう昼近いというのに、まだクズ議員は応接間に座り込んでいた。
コイツ、いつ仕事してやがんだ?
「何事かね、騒がしい」
相変わらず偉そうなクズ議員を無視して、俺は棺桶を床に投げ出す。
「何のマネだ、この絨毯、高いんだぞ!」
顔色を変えて怒鳴るクズ議員に、俺はニヤリと笑ってみせる。
「事件は解決したぞ」
「おお、そうか! で、この中に犯人が入っているのか? いったい、どんなヤツだ?」
「ああ、コイツ等が事件の元凶だ。クズの中のクズ、カスの中のカス野郎だ」
俺はそう言いながら、5寸釘を打ち込んで固定していた棺桶のフタをバリバリと剥がした。
ムワッと広がる血の匂いと共に、ゾンビ化したカス兄弟がノロノロと身を起す。
「ゾ、ゾンビじゃないか! さ、さっさと始末せんか!」
クズ議員が血相を変えて怒鳴り散らした。
どうやら、このゾンビが誰のなれの果てなのか分からないらしい。
う~~ん、こう言えばコイツにも分かるかな?
「もちろん始末するが、その前にシッカリ確認した方がいいぞ。どこかで見た覚えはないか?」
俺の言葉でクズ議員がゾンビを凝視する。
片目を抉られ、鼻も耳も引き千切られ、頬の肉を剥ぎ取られ、髪もむしり取られているから分からないかな?
あ、気付いたようだな、ワナワナと震えだした。
ふん、いい気味だ。
「実? 康介? まさか……実と康介なのかぁぁぁぁぁぁぁ!?」
クズ議員は絶叫を上げると、俺に掴み掛かってきた。
が、俺がヒョイと身を躱したのでハデにすっ転ぶ。
おっと今ゾンビに襲われちゃつまらない。
「ナツコ、ジュン」
その一言で2人はカス兄弟のゾンビを取り押さえる。
うん、ナツコもジュンも、実にいいコンビネーションだ。
「一体、どういう事だ!」
大声で喚くクズ議員に、俺は丁寧に説明してやる。
「コイツ等はオサムという少年をイジメ殺した殺人犯だ。しかし逮捕されても未成年という事で大した罰を受けない。おまけに違法ドラッグもやっているようだから責任能力がない、なんて寝言を主張して罪に問われない可能性もある。なによりキサマが圧力をかけて無罪放免にするだろう」
「だから殺したのか!」
「俺達が殺したワケじゃない。コイツ等がイジメ殺したオサムという少年のゾンビに襲われたんだ。まあ自業自得だな」
「そうならぬようにキサマ等を雇ったんだろうが! 分かっているのか、キサマ等はもう終わりなんだぞ! 平城祭典に圧力をかけて社会的に抹殺してやる! 警察に圧力をかけて死刑にしてやるからな!」
クズ議員が、床に座り込んだまま、顔を真っ赤にしながら喚き散らす。
そんなクズ議員に、俺は出来るだけ意地の悪い笑みを浮かべて言い放つ。
「ま、そうだろうな、貴様はそういうクズだ。生きていても害にしかならない。だからコイツラを連れてきたんだ」
俺はカス兄弟を押さえつけているナツコとジュンに目で合図を送った。
「ひ! ま、まさか」
ゾンビと化した息子達が向かって来るのを目にして、クズ議員の顔が赤から青に変わる。
おや、恐怖で動けなくなったのか?
床から立ち上がる事ができず、這いずり回ってゾンビから逃げようとしている。
おいおい、いくらゾンビの動きが鈍いといっても、それじゃ逃げる事はできないぞ。
ほら、捕まった。
「や、止めろ! 実、康介、儂が分からんのか!? 止めるんじゃぎゃぁぁぁ!」
そして始まる解体ショー。
カス兄弟が化したのはノーマルゾンビだから動きは鈍い。
ゆっくりと苦しみながら殺されるんだな。
クズに相応しい、惨たらしい死だぜ。
クズ議員が絶命し、そしてゾンビ化してユックリと身を起こしたところで。
「あら、こんなトコにゾンビが」
ナツコが腰からマグナムリボルバーを引き抜いた。
「さっさとケリをつけましょ。それにたまにはこのコを使ってあげないと」
ところで。
身内がゾンビと化してしまった場合を考えてみて欲しい。
ゾンビを始末するダケなら警察を呼べばいい。
しかし警察は普通、レーザーポインター付き拳銃でゾンビの頭を撃ち抜く。
その結果。
大事な身内だった人の遺体は穴の開いた無残な姿に変り果て、しかも血と肉片が部屋中に飛び散る。
掃除も大変だし、そんな酷い遺体を子供に見せる事は躊躇われる。
もしも来たのがゾンビSwATだったら、もっと酷いことになる。
対物ライフルを使用されて、遺体の損傷はずっと大きくなる上、家まで破壊されてしまう。
だから人は葬儀社に頼むのだ。
家を傷める事なく、そして綺麗な状態の遺体で葬式を挙げる為に。
その為に強襲班は存在する。
万が一にそなえて携帯しているが、マグナムリボルバーなど使える筈がない。
少なくとも俺とナツコは現場でマグナムリボルバーを使用した事はない。
しかし1度はゾンビを撃ってみたいじゃないか。
それはナツコも同じだったらしく、嬉しそうにガチンと撃鉄を起した。
そんなナツコを見て、ジュンもバレットⅯ107を構える。
「待ってぇな、ウチかてコイツに弾をぶち込みたいわ!」
やる気満々だな、ジュン。
でもそれは俺もなんだよ。
確かに、悲鳴を上げながら食い殺された時はスッとした。
しかし生きてた時のコイツ等を思い出すと、まだ足りない。
跡形もないくらいグシャグシャに破壊してやるぜ。
「俺にも撃たせろ」
マグナムリボルバーを腰から抜く俺を見てナツコがニヤリと笑った。
美人なだけに、こんな顔をしたナツコは寒気がするほど恐ろしい。
「しょうがないわねぇ、じゃあジャンケンで決めましょ」
ジャンケンの結果。
ナツコがクズ議員、ジュンが実に決まった。
「ちぇ、俺は訳の分からない兄かよ」
「文句言わない。もう決まった事よ」
「はいはい。じゃあナツコ、ジュン。やるぞ」
「うん」
「よっしゃ」
ドッゴォオオン!!!
3発の弾丸が同時に発射され、クズのなれの果て3匹の胸部が消失し、両腕と首が千切れ飛んだ。
3つの頭がドチャドチャと床に落下するが、その頭はまだ動いている。
「ケリをつける、なんて言いながら、まだ頭が残ってるぞ、ナツコ」
からかう俺の胸を、ナツコがバシ、と叩く。
「カズトだって1撃で殺してないじゃない。あ、それはジュンちゃんも同じか。まったく人が悪いんだから」
「ナっちゃんに言われたないなぁ~~。でもミンナ同じ考えやったようやな。1発で殺すにはクズ過ぎる、てな」
「ああ、クズに相応しい最後にしてやろう」
俺は康介の首を、応接室に作られた暖炉に放り込んだ。
「あ、それ賛成」
ナツコが俺に習って、クズ議員の頭を暖炉に放り込み。
「せやな、これがエエな」
ジュンもカス息子の頭部を暖炉に放り込むと、焼夷手榴弾を投げ込んだ。
悪趣味な暖炉だと思っていたが、中々役に立つじゃないか。
ゾンビの首は暫くの間ウゴウゴと蠢きながら、声にならない悲鳴を上げていた。
が、やがて焼夷手榴弾の高熱に焼き尽くされて炭と化した。
ふう、スッキリしたぜ。
「さて、これで本当に一件落着だな。クズ議員のヤツ、10倍の依頼料を前金で払ったって言ってたし、このまま知らん顔で葬儀に持ち込めば問題ないだろう。よし、平城祭典に戻って後は葬儀部に任せるぞ」
こうして俺達は厄介な仕事を半日で終える事に成功したのだった。
と思ったのだが。
平城祭典に帰った俺達を待っていたのは……完全武装したゾンビSwAT3名だった。
そのうちの1人は村松だ。
クズ議員とカス息子を始末した件がバレたのか?
いや、バレたにしても対応が早すぎる。
一体、何の用だろう。
「これはどういう事や、村松?」
ジュンが自分のゾンビSwAT隊を率いて立っている村松に尋ねる。
ゾンビSwAT最強のジュンに睨まれて、村松は冷や汗を流しながら掠れた声を絞り出した。
「我々とご同行下さい。本官もそれだけしか命令を受けておりません!」
村松のヤツ、よほどジュンが怖いらしい。
気を付けの姿勢のまま、ジュンと目を合わそうともしない。
こりゃお笑いだぜ。
「ウチだけなんか?」
「いえ、鬼神カズト様と茨木ナツコ様もご一緒に、との事です!」
「確認しとくが、逮捕じゃないんだな」
口を挟む俺を睨みながらも、村松は警察官としての話し方で答える。
「違います。案内せよ、との命令しか受けておりません」
「なら武装解除の必要はないんだな」
俺の確認に、ナツコとジュンに緊張が走った。
もしも武装していて当然の強襲班である俺に『武装を解除せよ』という命令が出ていたら。
それは何らかの処罰を課す事を意味するだからだ。
さあ村松、どうなんだ?
答えによっては俺にも考えがあるぞ。
そんな不穏な空気を敏感に感じ取ったのだろう。
村松が顔をこわばらせながら答える。
「そのような命令は受けておりません。くれぐれも丁重に、と厳命を受けております」
「そうか。じゃあ行こう」
アッサリ答えた俺に、村松は大きく息を吐いてから高級リムジンを指し示す。
「鬼塚隊長、これにお乗りください。お2人もどうぞ」
俺はナツコとジュンと頷くと、3人一緒にリムジンに乗り込む。
こんな高級車を差し向けてくるという事は、相手は警察ではなさそうだ。
かといって他に思い浮かばないし、一体どこに連れていく気なんだろう?
リムジンが平城祭典を発車してから、約1時間後。
俺達は出雲大社の前でリムジンから降ろされた。
日本を代表する神社という事ぐらい俺も知っているが、しかしココで何をしろというんだ?
警戒心よりも戸惑いの方が勝る俺の前に、神主姿の男がやって来た。
40歳くらいに見えるが、神主とは思えないほど鍛えられた体をしているのが服の上からでも分かる。
俺の身長も190センチあるが、この男も俺と同じくらい背が高い。
本当に神社の人間か?
その思いはナツコとジュンも同じらしく、複雑な表情で神主姿の男を見つめている。
そんな俺達を前にして神主姿の男が口を開いた。
「よく来てくれました。出雲大社の宮司、中原です」
宮司?
俺の記憶に間違いなければ出雲大社で1番偉い人だぞ?
そんな出雲大社の責任者が俺に何の用があるんだ?
「訳が分からない、という顔ですね。鬼神さん、茨木さん、鬼塚さん、これから重要な事をお伝えします。どうぞこちらへ。あ、ゾンビSwATの方々もご一緒に」
神社の奥にある建物へと通されて驚く。
日本古来の外見に反して建物の中は核シェルターそのものだったからだ。
ゾロゾロと俺達の後に続くゾンビSwATの連中も、キョロキョロと辺りを見回している。
しかし建物の奥にあるエレベーターに乗って、俺達は更に驚く事になる。
到着した先は、まるで軍事基地の司令室のようだったからだ。
顔を見合わせている俺達に、中原が振り返る。
「ここが国営葬儀社、警察、自衛隊の全てを統括している日本の防衛本部です」
「どういう事だ? それは政府がやっているんじゃないのか?」
思わずそう口にした俺に。
「こちらへどうぞ」
中原は防衛本部の奥に置かれた大きなデスクに腰かけると俺達を手招きした。
「これからその事も含めてお話しします。まあ、座ってください」
俺達に椅子を勧めると、中原はとんでもない事を口にした。
「今、我々が暮らしているここは、地球ではありません」
人類は地球を汚し過ぎた。
温暖化によって世界中に被害が出ているというのに他国にCO2削減を押し付けるだけの国。
あるいは協力する気など、全くない国。
そしてその間も排出する温室効果ガスを増やし続ける大国。
原発事故は生物の遺伝子まで破壊し、ある国では遠くが見通せないほどPⅯ2・5で大気は汚染され、湖は毒々しい色に染まり、河は魚さえ住めなくなるほど汚染された。
それでも公害を垂れ流し続ける国。
自国ファーストと叫んで、自分さえよければいい、という身勝手な国……。
西暦二0××年。
全知全能の神は、地球にとって人類は有害と判断し、最後の審判を決行する。
ただし人類に伝わっていたものと、それは違うものだった。
神は天使に命じて、人類を地球上から追放したのだ。
地球とは次元を隔てた遠い世界、つまり地獄と呼ばれる、この世界へと。
「正確に言うと、ここは八大地獄の第一層、等活地獄の入り口なのです」
「等活地獄?」
思わずそう呟いた奈津子に中原が頷いた。
「そうです。刀を手にした亡者同士がお互いに殺し合う地獄です。そして殺された亡者は風が吹けば蘇り、永遠に殺し合うのです。今我々がいるのは、その等活地獄の入り口なので、中途半端に死体が生き返るのです。ただ幸いな事に、脳を破壊すれば2度と動き出す事はありませんが」
「でも松江の街は以前と同じよ。何で地獄に松江そっくりの街があるの?」
「松江そっくりではなく、松江の街そのものですよ。人間の痕跡が残っているものは全て、この地獄に追放されたのです。街、農業地、林業地、養殖池や海域などですね。だから人間の手が入っていない土地だけが地球に残されたと思われます」
中原が壁にかかった大きなモニターを指差す。
そこに映し出される日本の各地は、所々砂漠と化していた。
そして日本の全体像が映し出される。
おいおいおい、日本を取り囲んでいる海が、途中で砂漠へと変わっているじゃないか!
「等活地獄へと追放してなお、神は人類の汚染を許しませんでした。公害を垂れ流す工場、空気を汚染する車、原発などを消滅させたのです。そして地獄に落とされた今でも、我々がエネルギー確保の為に原発を再建しようとすると、あるいは化石燃料を燃やしただけで、凶暴化したゾンビが津波のように襲いかかってくるのです」
そうだったのか。
だから車は全て、電気自動車に変わったのか。
島根原発があった場所に、砂だけが広がっている光景がモニターに映し出される。
俺達は本当に地獄に落とされたのか?
「じゃあ、どうしてゾンビ事変の前と殆ど同じ生活が出来ているの!?」
ナツコの言う通りだ。
食べ物、服、電気、テレビにネットなどなど。
日本人はゾンビ事変以前と殆ど変わらない生活を送っている。
「砂漠と化した場所に太陽光パネルや風力発電施設を設置して電力を供給しています。そして食べ物は……」
中原がそこまで言った時。
「私達と、古くからの神々が、この国を守護しているからですよ」
そう言いながら現れたのは……観音菩薩像そっくりの姿をした人物だった。
2020 オオネ サクヤⒸ