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  第八話 カス兄弟


  



「遅いぞ、さっさと来い! 俺に何かあったらどうするんだよ!」


 追いつくなり飛んでくるカス息子の声。

 本当、殴り回してやろうか、コイツ。

 とムカついている俺を押しやって、ジュンが頭を下げる。


「すみません、どうぞ好きな所へ向かって下さい。私達は隠れて目立たないようにしながら護衛しますから」

「隠れて? そんな必要ないぞ。かえって仲間に自慢できるってモンさ。オレの後ろを歩け」


 仕方ない。カス息子に下げたジュンの頭に免じて我慢してやるか。

 俺は得意そうに歩き出すカス息子の後を、黙って付いて行く。

 そんな俺をナツコがチョコンと突いて来た。


 分かっている。

 コイツの護衛をしていてゾンビSwATの隊員達は全滅したのだ。

 いつ何が襲って来ても即座に対処する心構えはできている。


 そう目で合図する俺に、ナツコは少しホッとした顔になる。

 ふと目をやるとジュンまでが胸をなで下ろしている。

 そんなに心配すんなよ、俺は冷静だって。


 しかしこのカス息子、平日の朝だというのに学校に向かってないぞ。

 どこに行く気なんだコイツ? 

 顔を見合わせながら付いて行く俺達を気にする事もなく、カス息子はマンションへと入って行く。

 俺には一生縁のない超高級マンションだ。


「兄貴、いるかぁ」


 そう声を上げながら超高級マンションの一室へと足を踏み入れるカス息子。


「おう、ミノルか」


 そう答えたのは、見るからにチンピラといった1人のガキだった。

 兄貴と呼んだって事は兄弟なのだろうか。

 カス息子と同じく高校生くらいの年齢だが、煙草を口に咥えている。

 いや、この臭いは。


「ドラッグやな」


 ボソリと口にしたジュンに、カス息子がヘラヘラと笑う。


「ドラッグくらいでグダグダ言うなよ。お前等は俺を護ってりゃいいんだよ」

「何だミノル、ソイツ等お前の護衛なのか」


 兄らしき男がカス息子に声をかけた、その時。


 ガッシャアン!


 窓ガラスが砕け散り、1匹のゾンビが飛び込んできた。

 動きが異常に速い。

 ただの疾走ゾンビじゃないようだ。

 しかも驚いた事に額から2本の角が生えている。


「ごおおお!」


 角ゾンビは唸り声を上げながら、真っ直ぐにカス息子に襲いかかった。

 悲鳴を上げる事すら忘れて立ち尽くしているカス息子。


 ち! この根性無しが! 


 しかし、こんなカスでも今は助けるしかないか、やれやれ。


 俺は角ゾンビの前に立ちふさがると、一本背負いの要領で投げ飛ばした。

 と同時に、腕と肩と首の関節を同時に決めて押さえ込む。


「ナツコ、ワイヤーだ」


 俺の指示を出した時には既に、ナツコがワイヤーで角ゾンビの手足を縛り上げていた。

 いつもながら見事な腕だぜ。


「放せ! 頼むからソイツ等を殺させてくれ!」

「こいつ、喋りおった!」


 知能を失っている筈のゾンビが怒鳴る姿に、ジュンが目を丸くしている。

 それはナツコも同じだ。

 もちろん俺も驚いた。

 が、喋れるなら好都合だ。


「おい、何でコイツ等を襲うんだ」 


 俺の質問に角ゾンビが喚く。


「何で? 何でだって!? ボクはソイツ等に殺されたんだぞ! 毎日金を脅し取られ、殴られ続けたんだ! 逃げようとしたけど捕まって、橋の下に連れて行かれて、冬なのに素っ裸にされて河に放り込まれたんだ! やっとの思いで岸に這い上がったら、カッターナイフで喉を切られて殺されたんだ!!」


 その言葉にカス息子兄弟へと視線を向けると、一斉に目を逸らす。

 コイツ等、弱い者イジメだけでなく人まで殺していやがったのか。

 本来なら間違いなく殺人罪で起訴される事件だ。

 が、殺した人間がゾンビ化するもんだから、表沙汰にならなかったんだな。


「喉を切られた時は死んだと思ったけど、ボクは生きてた。生きてただけじゃなくて強い身体に生まれ変わったんだ。これでソイツ等に復讐できる。毎日ボクをイジメたソイツ等の喉も切り裂いてやるんだ!」


 そこにカス息子が喚く。


「何やってるんだ、ゾンビの言う事なんて嘘に決まってるだろ、さっさと殺せよ!」 

「キサマは黙ってろ」

「ヒィッ!」


 俺が本気で睨み付けると、カス息子は小便を漏らして腰を抜かした。

 そんなカス息子に鼻を鳴らしてから俺は角ゾンビに質問する。


「おい、お前の名前は?」

「オサム。高橋オサム」

「オサム。お前、ゾンビSwATの隊員を殺したのか?」

「ゾンビSwAT? あの人達、ボクを撃とうとしたんだ! ボクが何度も何度も話を聞いてって必死で頼んだのに、大きな銃で撃ってきたんだ! だから仕方なかったんだ……ボク、まだ死にたくなかったんだ」


 オサムの言い分はもっともだ。

 俺だって同じ状況になったら、自分を殺そうとする者を殺すだろう。


「じゃあオサム、最後に聞かせてくれ。どうやってそんな強い力を手に入れたんだ?」

「分からない。酷い目に遭わされて、最後に喉を切られた時、こんなヤツ等をぶち殺す力がボクにあったら、って思ったんだ。で、気がついたらこうなってた……最後って事はボクを殺すんだね」


 オサムはそう言うと、一筋の涙を零した。


「ボクのドコが悪かったのかな? 何でボクだけ、毎日イジメられなきゃいけなかったのかな? 毎日殴られて金を脅し取られて、喉を切られなきゃいけなかったのかな? ボク、そんな目に遭わなきゃいけないほど悪いコトしたのかな?」


 オサムは涙を流しながら、俺が振り上げたタクティカルナイフを見つめる。

 ゾンビとは思えない、澄み切った悲し気な瞳だ。


「やれ! さっさとナイフを頭に突き刺せ!」


 いつの間にか立ち上がったカス息子が、口から涎をまき散らしながら叫んでいる。

 が、コイツの命令を聞く気などない。


 ブツン、ブツッ。


 俺は手足を拘束していたワイヤーを切ってオサムを自由にしてやる。


「オジさん?」


 不思議そうな顔で見上げてくるオサムに俺は頷く。


「俺はオサムを殺そうとなんかしないし、止めもしない。好きにしろ」


 ついでに。

 俺はまだ、オジさんと呼ばれるほどの歳じゃねェ。


「ありがと、オジさん」


 床から跳ね起きるオサムを目にして、カス息子が怒鳴る。


「おい、使用人のクセにナニやってんだよ! さっさとソイツを殺せよ!」


 カス息子の恐怖に血走った目を眺めながら、俺はユックリと言い聞かせる。


「おい、オマエ『お客様は神様です』なんて寝言を、本気で信じているんじゃないよな? 客の方が偉いとカン違いしてる愚か者が多くてウンザリするが、商取引ってのは売り手と買い手の双方が、合意の上で商品と金を取り換えるモンなんだ。そして俺は金でオマエの護衛なんて拒否する、といってるんだ」

「親父が黙ってないぞ!」


 本当に理解力のない馬鹿だな、コイツ。


「そうか、じゃあその親父に助けてもらえ」


 俺の最後通告は終わった。

 ああ、スッキリした。

 次はオサムがスッキリする番だ。

 俺はオサムの目を見て頷く。


「うん!」


 オサムが俺に頷きかえすと、絶望に顔を歪めるカス息子兄弟に襲いかかった。

 マンションの部屋中に、血と肉の破片と千切れた内蔵がまき散らされる。

 カス息子達の絶叫が響く中、俺はナツコとジュンに微笑む。


「今回はしょうがないよな、悪いのはコイツ等なんだから」

「はぁ…………カズトはん、ウチの立場も考えてぇな。泉田に何て報告したらエエねん? 警察署長から叱られるん、ウチなんやで」


 溜め息をつくジュンに、ナツコが悪い笑みを浮かべる。


「じゃあ、泉田にもゾンビになってもらったらイイじゃない」

「お、それ賛成」

「怖いなぁ、カズトはんもナっちゃんも。でもそれが1番手っ取り早そうやな」


 即座に声を上げる俺に、ジュンは苦笑を浮かべると。


「せやけど、オサムをこれからどないしよ?」


 カス息子達をスクラップにして復讐を果たしたオサムに、困った目を向けた。


「ううん、そうだなぁ。オサム、お前はどうするつもりなんだ?」


 オレはオサムに尋ねてみるが、答えがない。


「オサム?」


 俺は正面に回ってオサムの顔を覗き込むと、その口から洩れたのは。


「あ~~、うう~~」


 ノーマルゾンビの呻き声だった。

 澄んで悲し気だったオサムの瞳も、濁った死人の目に変り果てている。


「恨みを晴らしたから、只の死体に戻ったんだね。カズト、彼を楽にしてあげて」


 ナツコに言われるまでもない。

 俺は左手をオサムの目に被せると、オサムが反応するより早く頭頂部に五寸釘を打ち込んだ。

 ビクンと1回だけ痙攣するとオサムの身体から力が抜け、床に崩れ落ちる。

 俺はその体をそっと受け止め、床に横たえた。


「家族への連絡は頼んだぞ、ジュン」

「任しとき。名前も分かっとる事やし、すぐに身元は判明するやろ。でも今回の事件は特殊過ぎやさかい、解剖して調べつくすまで科捜研は、オサムの身体を手放さんやろな」


 オサムの額から突き出た2本の角に目をやりながら、ケータイで科捜研に連絡するジュンに一言。


「出来るだけ綺麗な亡き骸を家族に返すように努力してくれ」

「それはウチが保証するで。もしも手抜きしおったら、ソイツをウチがゾンビに変えて処理したるわ」


 そうか。

 オサム、成仏してくれよ。


「ジュンちゃんだって過激じゃない」


 笑うナツコにジュンも笑顔になる。


「悪い友達の影響やな」

「あら、友達って誰の事? 私分かんない~~」

「そらヒドイで、ナっちゃん」

「いいから、さっさと帰るぞ」


 またじゃれ合いだす2人を引き連れて、俺は平城祭典に戻ったのだった。

 おっと、そうだった。

 その前にやる事があったな。






2020 オオネ サクヤⒸ

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