第七話 警察を代表して感謝します
「なるほどなぁ、その手があったんやな」
ゾンビSwATが無造作に持ち運ぶ弾丸の音を聞きつけて撃ち倒した後。
そう感心するジュンの元へと這い上がった俺の後ろから、ナツコがボヤく。
「はあ、やっとで終わったわね。さ、後の仕事は清掃局に任せて、さっさと帰りましょ」
警察が射殺したゾンビは基本、ゴミ扱い。
清掃局がゾンビ回収車で集めて高性能焼却場で灰にする。
のだが。
「あ、悪いんやけど、そうはいかへんのや。こんな事、前代未聞やさかい、鑑識に頼んで詳しく調べてもらわなあかん。さあ、ゾンビの残骸をウチのSwAT車に運ぶん手伝ってや」
ジュンが悪びれる事なく、そんなコトをぬかしやがった。
パッシィィィン!
「あだ――!! だからナっちゃん、本気でお尻叩くんヤメてや!」
「1発じゃ気が済まないわ、もう一発叩いてやる!」
「あかんて、ホンマに腫れ上がってまうって、ナっちゃん~~」
「ゾンビの残骸を運ぶじゃなかったのか?」
俺は、じゃれ合うナツコとジュンの姿に深い溜め息をつくと。
「やっぱり俺がやるしかないか」
ゾンビSwATの残骸を担いで松江城の敷地から運び出して、ジュンの車に投げ入れた。
俺のパワーなら、人間4人を1度に運ぶ事くらい楽勝だ。
……楽勝なのだが、ゾンビはマグナムリボルバーの弾丸を食らってズタズタになっている。
そのゾンビを運ぶ以上、ゾンビの血と肉の破片のまみれてしまう。
「まいったな」
そう呟いた俺に、ジュンがタオルを差し出す。
「悪いなぁ、カズトはん1人に運ばせてもて」
が、ニンマリと笑う笑顔が、最初から俺1人に押し付ける気だった事を物語っていた。
イラ。
「ひだだだだだ! カズトはん、ギブやて~~」
たっぷり1分間、両頬をひねくり回してから俺はジュンを解放してやる。
「これは貸しだからな。そのうちきっと返してもらうぞ」
「そのうち言わんと、今からでもエエで。ウチの身体で返したるわ」
ジュンが制服の胸もとを大きく開いて、眩しいほど美しい胸の谷間を俺に見せける。
が、そのジュンの尻を。
パッシィィィィィィィィィィィン!!!
ナツコが思いっ切り引っ叩いた。
「アイた――――――!!!」
尻を抱えて座り込むジュン。
「ナっちゃん、ヒドイわぁ」
「ふん!」
涙目で訴えるジュンを無視すると、ナツコは俺の腕に手を回して葬儀社の装甲車へと押し込む。
「さ、カズト、今度こそ帰るわよ」
「あ、ああ」
そして。
ナツコは俺の返事も碌に聞かずに装甲車を発車さたのだった。
「お尻が腫れ上がって動けへんウチを放置して帰るなんてヒドイわぁ」
ゾンビSwAT狩りの翌日。
眠たい目をこすりながら出勤した俺とナツコを待っていたのはジュンだった。
「なぁ、カズトはん。ウチの可愛いらしいお尻が、ナッチャンのセイで、こんなに腫れ上がってもうてん。ほらほら、触ってみてんか」
ジュンが俺の手を掴むと、自分の尻へと押し付けようとする。
と、そこでナツコが、ジュンの尻めがけて無言で手を振りあげた。
よく見ると、綺麗なおデコに青筋が浮き上がっている。
「わたたた! もうお尻叩かれるんはカンベンやで!」
慌てて俺の後ろに隠れるジュンに、ナツコの青スジが1本増えた。
だが直ぐに大きく息を吐くと、呆れた声でジュンに尋ねる。
「で、何でジュンちゃんがここにいるのよ」
「よう聞いてくれはった! 昨日処理した連中、実はある任務に就いとったんや。せやけど失敗してもた以上、今度はここに連絡がある筈なんや」
「何言ってるか分かんない」
ナツコが言ったように、俺にもジュンの話はサッパリだ。
「しゃあないな、ほなら最初から話すわ。3日前に、泉田ゆう県会議員から警察に要請があったんや。息子が疾走ゾンビに付け狙われ取るさかい警護してくれ、てな」
「疾走ゾンビが特定の人間を付け狙うなんて、聞いた事ないわよ」
さっそくツッコむナツコにジュンが頷く。
「せや。でも泉田のヤツ、県会議員ゆう立場を利用して警察に圧力をかけてきたんや。署長命令やさかい、仕方なくゾンビSwATを1チーム派遣したんやけど、そのゾンビSwATが全滅してもうた、いうワケや」
「まだ、何でジュンちゃんがココにいるのか分からないけど」
冷たく言い切るナツコにジュンが続ける。
「ま、最後まで聞いてェな。そんで泉田のヤツ警察なんぞ頼りにならん、葬儀社に頼む、言うとったさかい、ここで張り込む事にしたんや」
「平城祭典の強襲班が全国で最強だって事は、知れ渡っているもんね」
「ゾンビSwATが全滅するやなんて只事やあらへん! 絶対に今回の事件の真相を解明せなあかんのや! せやさかい、ウチも葬儀社の人間や、ゆうコトにして同行させてぇな」
パン! と手を合わせるジュン。
なるほど、だからゾンビSwATの制服じゃなくて強硬班の制服を着てるのか。
そこで葬儀社の電話が鳴り響く。
「はい、国営葬儀社、平城祭典です。ご用件をどうぞ。…………かしこまりました。今から伺います」
受話器を取った内藤さんが俺達にホンワカした笑顔を向けた。
「依頼したい事があるからぁ、強襲班の者を寄越せですってぇ。依頼者の名前は泉田様。住所は法吉町5の17の3よぉ」
「きたで! さっそく出撃や!」
勢いよく飛び出そうとするジュンを眺めながら、ナツコが。
「どうしようかな~~」
ソファーに座ったまま、冷たい声を上げた。
「ナっちゃん~~」
ジュンは泣きマネしながらナツコに抱き付くと。
「お願いや、ナっちゃん、この通りや」
ナツコの綺麗な胸をムギュギュギュっと揉みまくる。
「きゃははは!? 何するのよ!」
「お願いやぁ、ナッちゃん。え、何、もっと?」
もみもみもみ。
「分かった、分かったから、協力するから~~」
「自発的協力、警察を代表して感謝いたします」
敬礼するジュンに、疲れた表情でナツコが立ち上がった。
「仕方ないわ、カズト、行きましょ」
そう口にしながら、ナツコがジュンの後を追って外に向かう。
はぁぁ、俺には選択肢はないのかよ。
まあ、この2人がやるというのなら手伝わざるを得ないよなぁ。
ジュンが装甲車の運転席、ナツコが助手席に乗り込んだので、俺は後部座席に乗り込む。
「泉田の家はもう確認済みやさかい、運転はウチに任しとき」
言うなり装甲車を発車させるジュン。
「泉田との話はウチにさせてぇな。エエやろ?」
「はいはい、そのかわり、私達は好きな時に手を引くからね」
「ナっちゃんのイケず!」
相変わらず仲のイイじゃれ合いを聞く事10分。
ジュンが運転する葬儀社の装甲車は、立派な屋敷の前に到着した。
出迎えたお手伝いさんに、応接室に案内される。
うわ、これを成金趣味と言うのだろうか。
高価だけどセンスの欠片もない調度品が何の統一感もないまま、ただゴテゴテと並べられている。
おいおい、本物の暖炉まであるよ。
頭の中、大丈夫か?
「儂が泉田だ」
悪趣味極まった応接室に置かれた、趣味の悪いソファーに腰かけた小男が偉そうに口を開いた。
申し訳程度に残っている髪をバーコードにしている脂ぎった老人だ。
弛んだ腹が大きく突き出している。
たしか年齢は65だったか。
俺は一気にやる気が失せていく。
こんな県会議員であるダケで、自分が偉いとカン違いしている馬鹿の為に働く気などない。
「儂の息子がゾンビに狙われておってな、護衛をして欲しいのだよ」
話はジュンにさせるという約束だった。
しかしナツコが、尊大な態度の泉田に言い返す。
「それは葬儀社の仕事ではありません。警察に頼んで下さい」
ナツコもこの泉田という馬鹿が纏う『俺は偉いんだぞオーラ』が気に食わないのだろう。
その声は鉄のように硬い。
「その警察が当てにならないからキミ達に依頼するんだ。日本最強の強襲班がいると言われる平城祭典にな」
泉田が、偉そうにふんぞり返りながら付け加える。
「それにもう平城祭典の社長は儂の依頼を引き受けたぞ。規定料金の10倍を前払いしたらな」
そう言うと、泉田は濁った視線をナツコとジュンに向けた。
「しかし強襲班の人間が、こんな美人だとは驚いたわい。どうだ、ベッドの中でも儂を護衛せんか? 特別手当を出すぞ」
薄汚い笑みを浮かべる泉田。
自分が偉いとカン違いした上に、女に見境ないクズの笑い顔は、どうしてこんなに醜いのだろう。
こんな下心丸出しのクズの護衛なんか真っ平御免だ。
なんて考えが顔に出ていたのだろう。
ジュンが俺に我慢して、と目で語りかけてから、ナツコに変わって泉田と話を始める。
「それよりも依頼はご子息の警護と聞きましたが」
「おお、そうだった。夜の事は後で相談するとして、息子を紹介しよう。おい、実!」
「何、コイツ等が新しい護衛なの?」
泉田に呼ばれて行ってきたのは高校生くらいのガキだった。
大人をコイツ等呼ばわりするトコといい、ふてくされた態度といい、クズの息子に相応しいカスっぷりだ。
俺のやる気はゼロどころかマイナスになったぞ。
「そうだ。日本最強の強襲班だという事だから、これで安心だぞ」
「ふうん。じゃあしっかりオレを護れよ。親父に睨まれたら困った事になるぞ」
見事なほどの虎の威を借る狐っぷりだ。
コイツの腐った態度には、やる気がマイナスどころか殺意さえ湧いてきたぜ。
「じゃあオレは出かけるから後を付いて来い」
カス息子が言いたい事を言ってさっさと出て行く。
「おい、何しとる。さっさと息子の護衛をせんか」
傲慢な顔で言い放つクズ議員には、殺意を押さえきれない。
このままゾンビにして始末してやりたい。
が。
ジュンが『お願い」と目で訴えている。
はぁ、仕方ない。
俺は我慢に我慢を重ねながら、カス息子の後を追うコトにした。
ナツコとジュンも俺に続こうとするが。
「ああ、待て。護衛に3人もいらんだろう。1人は儂の護衛に残れ」
クズ議員がナツコの手を握ろうとする。
もう限界だ。
「俺達のフォーメーションは3人で行うものだ。1人足らない為にアンタの息子が殺されても責任はアンタにある、という事でイイんだな」
俺はクズ議員に殺気を叩き付けながら、そう言ってやった。
議員という肩書き以外、何の取り柄もないクズ議員は、俺の殺気に首まで真っ青になる。
しかしそれでも見栄を張る事を忘れない。
「そ、そういう事なら仕方ないな。しかし、必ず息子を護れよ!」
クズ議員は震えあがっているクセに、それでもふんぞり返って言葉を絞り出す。
そんなクズ議員に鋼鉄のような視線を送ってから、俺はカス息子の後を追ったのだった。
2020 オオネ サクヤⒸ