第五話 困った事が起きてんねん
「で、本当は何の用だ」
まずはビールで乾杯し、数種類の肉料理を皆で平らげた後。
新たに注文した酎ハイのジョッキを口に運びながら、俺はジュンに尋ねた。
「いや、メシ食わして貰うんが、1番の目的やで」
「おい」
「っていうんは建前や。ホンマは困った事が起きてんねん」
俺が冷たい目で睨むのを楽しそうに眺めてから、ジュンが本題に入る。
まったく関西人は冗談好きで困るぜ。
最初からそうしろ。
「今日、青十字病院でレベル2の疾走ゾンビが発生したやろ。実は同じ事が全国で報告されてんねん。しかも報告される数は増え続けとるんや」
「そうなのか?」
気のない返事を返す俺に、ジュンが真剣な目で付け足す。
「数が増えるだけならエエんや。せやけど、もっとレベルの高いゾンビが発生する可能性があるんや。実際のトコ、今日の疾走ゾンビのレベル、3に近かったで」
レベル3のゾンビは、常人の3倍のスピードで動き回る。
一般人にとって、絶望的な戦闘力を持ったゾンビだ。
「レベル3か。でもそれくらいジュンちゃんにとって雑魚でしょ? まあ私やカズトにとっても雑魚だけど」
アッサリと言ってのけたナツコにジュンが苦笑する。
「ナっちゃんやカズトはんにとってはそうやろうけど、他の強襲班のメンバーにとっては強敵やろ。仕事仲間に注意したってや」
「そうね。レベル3といえば、他のメンバーだと苦戦するかもしれないわね」
「頼むでナっちゃん、疾走ゾンビと戦える人勢は貴重なんや。これ以上ノーリミットを失う訳にはいかへんのや」
「これ以上?」
聞き捨てならないジュンのセリフに、俺は聞き返す。
「あかん、つい口が滑ってもた」
慌てて口を押えるジュンだったが、もう遅い。
「ジュン」
俺が正面から見つめると、ジュンはため息をつきながら白状した。
「ゾンビSwATが4人で1組なんは知っとるやろ。2名で1つのユニットを組んで、前衛1ユニット、バックアップ1ユニットの計4名や」
「ああ、前衛の2人でお互いをカバーしながら戦い、それを更にバックアップの2人が援護する戦い方だな。これなら100匹のゾンビと戦っても、負ける事はないだろうな」
「ウチもそう思っとったんたけど、ゾンビSwATが1チーム、皆殺しにされる事件が発生しとるんや」
ゾンビSwATの前衛が使う武器はレーザーポインター付きマシンピストル。
30発の弾丸をフルオートでも発射できる銃だ。
しかしマシンピストルの装弾は、普通の拳銃弾。
頭を撃ち抜かないと、ゾンビを倒す事はできない。
その為、前衛の隊員は、ゾンビとナイフで戦う事もあり得る。
だから、この危険なポジションは、ノーリミットにしか務まらない。
対してバックアップが使用するのはバレットⅯ82対物ライフル。
拳銃弾の40倍近い威力を持つ12・7×99ミリNATO弾を使用する。
この12・7×99ミリNATO弾とはヘリコプターや装甲車にダメージを与える為の弾丸だ。
当たれば人間など砕け散る。
ゾンビを倒すには頭を撃ち抜かねばならない前衛を、少しくらい的がズレても確実にゾンビを活動不能にするバレットⅯ82で援護する。
それが、バックアップユニットの役目だ。
しかし、バレットⅯ82の重量は約13キログラムもある。
この重い兵器を自在に操れる者は、ノーリミット以外にいない。
つまりノーリミット4人による超人戦闘部隊がゾンビSwATだ。
ゾンビSwATに任命されるのは、レベル3以上のノーリミットだけ。
疾走ゾンビの10匹や20匹、簡単に全滅させる実力を持っている。
……筈だ。
「それは本当に疾走ゾンビの仕業なのか」
俺はジュンに確認してみるが、その答えは曖昧なものだった。
「それが、よう分からへんのや」
「ナンだそりゃ? ゾンビSwATはランドウォーリア・システムを身に着けている筈だぞ」
ランドウォーリア・システムとは、かつてアメリカ軍が開発したもの。
それをゾンビSwATも取り入れているのだ。
具体的にいうと。
GPSアンテナ、暗視ゴーグルや情報ディスプレイが搭載されたヘルメットを装備。
この情報ディスプレイには周囲の地図や建物の見取り図などが表示される。
これにより圧倒的に有利な条件で戦いに臨む事が出来るわけだ。
そしてヘルメットには小型のカメラと集音マイクが搭載されている。
これにより、見聞きした情報は警察署に設けられたゾンビSwAT特別室へと送られ、記録される。
これを調べれば全滅した時の状況は一目瞭然の筈なのだが。
「それがあかんねん」
ジュンの顔は暗かった。
「ウチも記録映像を見たんやけど、一瞬でブラックアウトしとるんや。それも4人全員が同時にやで。こらとんでもない事が起きとるで」
もしもノーリミット4人を同時に倒したのが事実だとしたら、その敵の戦闘力は尋常ではない。
「で、全滅したゾンビSwATはどこの署に所属していたんだ?」
俺の質問にジュンの顔が一層暗くなる。
「それが島根県の松江署やねん」
「松江の事だったのか!?」
「せや。隊長のレベルは4やさかい、1番戦闘能力の低いSwATチームではあるんやけどな」
現日本警察におけるノーリミットの人数は、レベル7が4人となっている。
レベル6は50人。
レベル5なら約500人。
レベル4は約5000人。
当然ながらレベルが低いモノほど多い。
そして。
レベル4以上の隊員1人とレベル3の隊員3人の計4人。
これが規定されたゾンビSwAT隊の隊員3人の構成だ。
だから全国のゾンビSwAT隊の数は、レベル4以上の警察官の人数と同じ。
つまり約5600チームという訳だ。
そして日本各地に点在している警察署の数は1166署。
計算すると、1警察署あたり4・7チームという事になる。
ちなみに、松江署に配属されていたのは5チーム。
ジュンの話では、その中の1チームが一瞬で全滅したという事になる。
20匹の疾走ゾンビすら簡単に殲滅させる戦闘能力を持つゾンビSwAT隊が、だ。
「つまりこの松江のどこかに、ゾンビSwAT1チームを一瞬で壊滅させるほどの何かが潜んでいるという事だな」
「そういう事やねん。カズトはんとナっちゃんなら心配いらん思うんやけど、ま、念の為や。一応知らしとくで」
「ありがとな、ジュン。油断してたら勝てる敵にも勝てない。普段でも命のやり取りの覚悟を決めておくコトにするぜ」
「怖いなぁ、カズトはんにそんな覚悟されたら」
苦笑しつつもジュンの目は笑っていない。
仲間を殺されたから当然かもな。
おっと、重要な事を聞いておくのを忘れてたぜ。
「で、殺されたゾンビSwATの隊員の処理は済んだのか?」
「その言葉を待ってたんや。実は今からやねん」
「は?」
間の抜けた声を上げるナツコに、ジュンがヘラッと笑う。
「いやぁ、実は村松ごときやと、返り討ちに遭う恐れがあるさかい、2人に頼も思てな」
「予算不足と言ってたクセに、強硬班に依頼する依頼料を用意できたのか?」
「そんな金、あるワケないやろ。依頼料は、ウチとの友情や」
なるほど、こんな夜中なのにフル装備なのはヘンだと思っていたんだ。
どうやら最初から俺達に手伝わすつもりだったな、コイツ。
「私達に食事をたかっておいきながら、しかもタダ働きしろっていうの? しかもこんな夜中に」
冷たい目でナツコに睨まれながらもジュンが食い下がる。
「そんな怖い顔せぇへんと、なぁナっちゃん、頼むわ。長い付き合いやろ」
「ジュンちゃんが松江署に赴任して来てから、まだ一年しか経ってないけど?」
「親友になるんに時間はカンケーあらへんやろ」
「誰が親友なの?」
「そんな冷たい事言わんと助けてえな。このままやと、明日の朝にはゾンビに変り果ててもうたウチが、発見される事になってまうで。そんなコトになったら、どうするんや?」
「頭に5寸釘を撃ち込んで始末してあげる♡」
ニッコリと微笑みながら怖いコトを口にするナツコに、ジュンがグスグスと涙声で訴える。
「ナっちゃん、ウチを見捨てんといてなぁ~~。せや、カズトはん! カズトはんならウチを見捨てたりせぇへんよな? な? な?」
「カズトに甘えても駄目よ」
「ナっちゃ~~ん」
泣きながらナツコに抱き付くジュン。
いつものじゃれ合いだ。
この2人、本当に仲がいいんだよな。
仕方ない。厄介事はさっさと片付けるか。
「ゾンビSwATのなれの果てはドコだ?」
そんな俺の一言に。
ナツコはワザとらしく溜め息を突き、ジュンは輝くような笑みを浮かべたのだった。
「ここか?」
俺達がやって来たのは島根県庁のすぐ隣に位置する松江城。
建築当時のままの姿で残っている現存12天守の1つだ。
ゾンビ事変の数年前に国宝に認定されているのだが、入場料さえ払えば天守閣に登る事ができる。
「国宝指定を受けてる松江城を壊しちゃマズイから、武器なんか使えないぞ」
俺は腰のマグナムリボルバーを叩きながら、ジュンが持つ対物ライフルに目をやる。
150センチもある対物ライフルは、居酒屋でも邪魔でしょうがなかった。
「大丈夫や、ターゲットがおるんは城の中やのうて、あの辺りや」
ジュンは自信たっぷりに松江城の裏手に広がる急斜面を指差す。
彼女の左目には情報ディスプレイが装着されている。
そのディスプレイに、全滅したゾンビSwAT隊員のGPS信号を映し出しているのだろう。
しかし松江城の裏手の斜面は急な上、木々が茂って普通の人間が通行できる場所ではない。
「こんなトコに隠れているというの? もしそうなら、ノーマルゾンビの可能性は低いわね」
ナツコも俺と同じ事を考えたようだ。
つまり、こんな場所に潜むコトが出来るという事は、常人を超えた身体能力が必要だ。
という事は、疾走ゾンビ化している可能性が高い。
いや、間違いなく疾走ゾンビ化している。
これは気を引き締めた方がよさそうだ。
俺は改めて、マグナムリボルバーとタクティカルナイフを点検したのだった。
2020 オオネ サクヤⒸ