第四話 教育的指導
勤務時間の後に行う、約3時間のトレーニングが終わった。
これからが、本当の意味でプライベートの時間だ。
俺はシャワーを浴びてから、新しいカーボンナノチューブスーツを身に付けた。
そしてマグナムリボルバーとタクティカルナイフを装着したベルトを、もう一度腰に巻くと。
「メシ食いにいこうぜ」
ナツコと街に食事に出かける。
ちなみに俺は、最低限の武器と防護服を身に着けていないと落ち着かない。
強襲班の習性というヤツだ。
が、それはナツコも同じらしい。
俺の隣を歩く彼女もカーボンナノチューブスーツにナイフと銃を装備している。
刃の厚みが1センチもある刃渡り24センチのタクティカルナイフ。
象の頭を1発で消滅させる600NE弾を使用するリボルバー。
俺と同じ装備だ。
ところで。
このマグナムリボルバーのオリジナルはパイファー・ツェリスカという。
ゾンビ事変以前では、市販されている銃の中では世界最強だった拳銃だ。
日本のでコピー・改良したものだが、ゾンビ事変以前なら国際問題になっていたかもしれない。
しかし現在、連絡のとれる国は1つもないから問題なしだ。
「今日はピザにしようよ」
ナツコの提案で、俺達はイタリア料理の店に入る。
何度も言うが、葬儀社の基本給は安い。
それでも俺が葬儀社で働いている理由の1つは、基本的に衣食住が無料になるコトだ。
高級レストランなどは無理だが、普通の店でなら飲食代が無料になる。
会社のアパートも無料だ。
色々な服――一般人に威圧感を与えないように工夫した戦闘服ともいうが――も支給される。
もちろん、この費用は国の負担だ。
それなら給料を高くしても同じだと思うのだが、何か理由があるのだろう。
俺達が入ったイタリア料理の店も、もちろん食事が無料になる店だ。
無料ではあるが、味のレベルは高いのでお気に入りの店の1軒もある。
俺が注文したのは、エビを追加トッピングしたシーフードピザ。
そしてハムを追加トッピングしたミートピザだ。
ナツコはマルゲリータピザを注文する。
ついでに生ハムを3人前注文してから、ナツコとビールで乾杯する。
「今日も無事に終わった事に。乾杯!」
「乾杯!」
奈津子とジョッキをぶつけると、ビールを一気にノドに流し込む。
くぅぅぅ、美味いぜ!
トレーニング直後にアルコールを摂取すると、トレーニングで傷ついた細胞を破壊してしまう。
そうなると、当然ながら筋肉の回復は遅れる。
結果、筋肉や筋力をアップする効果が薄れてしまう。
だから本気で体つくりをしているならば、トレーニング後にアルコールを摂取したりしない。
つまり本来なら、飲酒は厳禁なのだ。
が、どんな条件でも鍛えるほど強くなれるノーリミットには関係ない。
だから俺はいつも通り、ナツコと会話を交わしながらワインとピザを楽しんでいる、というワケだ。
美味い料理と美味い酒、そして目の前にいるのは絶世の美女。
最高だ。
いやぁ、本当に松江の葬儀社に入社してよかったぜ!
こうして神レベルの美女との会話を楽しみながら、大好物のピザを食べ終えると。
俺はナツコと一緒に、会社の無料アパートへと向かう。
けっこう広いアパートなので住み心地は快適だ。
と、ここまではイイ気分だったのだが。
ドン。
「バカ野郎ォ、どこに目を付けてやがる!」
ぶつかって来た男が怒鳴り散らした。
トドのような腹をした巨漢で、2人の仲間を引き連れている。
「おい、どうしてくれんだ、ああ!?」
身のこなしから判断して、格闘技の経験などないのは間違いない。
だが、その巨体のおかげで素人相手のケンカなら負けた事がないのだろう。
問答無用でブチのめしてもイイのだが……。
せっかくのほろ酔い気分を台無しにしたくない。
ここは取り敢えず誤っておくか。
「悪かったな、すまん」
しかし。
下手に出る程、調子に乗って偉そうに絡んでくるのが、こういったカスの習性らしい。
「人にぶつかっておいて何もなしか!?」
ますます声を大きく張り上げて、脅してきやがった。
「おい、黙ってないで、何とか言いやがれ!」
「こういう時の謝り方ってもんがあるだろ!?」
「痛い目にあいたくなかったら、分かってるよな?」
トド男と一緒になって、他の2人までもが凄んできた。
どうやら金を出せ、という事らしい。
ゾンビだらけの世の中だというのに、まだこんな馬鹿いるとは驚きだ。
どうやらこれは、教育的指導をしてやらねばならないな。
「むん!」
俺はぶつかって来たトド男の首を鷲掴みにして持ち上げた。
そして宙吊り状態のトド男の喉に、一瞬で引き抜いたタクティカルナイフの刃を食い込ませる。
「おい。このまま殺してゾンビになったところで処理してやってもイイんだぞ」
俺が本気で殺気を放つと。
「ひ!」
酔って赤くなった顔を真っ青に変えながら、トド男が悲鳴を上げた。
体重150キロ以上もある自分が片手で持ち上げられるなど考えた事もなかったのだろう。
その目は完全に負け犬の怯え切ったモノに変わっていた。
ざまあみろ。
と、そんな俺の後ろで。
「アナタ達も、動いたら撃つからね」
ナツコが残った2人に向けて、マグナムリボルバーを構えた。
マグナムリボルバーが胸に命中すれば、胸が消失して頭と腕が千切れ飛ぶ。
腹に命中すれば体を真っ二つに引き裂く。
日本人なら誰でも1度くらいは目にした事がある筈だ。
そんなマグナムリボルバーの銃口を向けられて。
「「ひぃぃぃ」」
2人の男はトド男と同じように真っ青になり、腰を抜かして震えだした。
ナイスだナツコ。
トド男の首にナイフと押し付ける俺と、銃を手にしたナツコ。
普通なら警察に通報されるシーンだ。
しかし。
トド男を片手で持ち上げる俺の腕力。
そしてナツコの構える馬鹿デカい銃。
この2つを見れば、俺達が強襲班の人間であるコトは一目で分かる。
そして現在の日本においては一般的に、葬儀社の強襲班は警察と同じと考えられている。
だから通報しようとする者は、いないだろう。
「きょ、強襲班の方とは気が付かず、し、し、失礼いたしました! お、お願いです、許してください! 反省しております!」
ガクガクと震えながら声を絞り出すトド男の首に、グイッと指をメリ込ませながら睨み付ける。
「本当か? どうせ口先だけなんだろ? ここで許してやったら、また他の人間に因縁をつけて金を脅し取ろうとするんだろ?」
俺はタクティカルナイフを鞘に仕舞うとマグナムリボルバーに持ち替えると。
「お前等みたいなクズは、ここでゾンビにして処理しちまった方が世の中の為だな」
そう言い捨てながら、トド男の眉間に銃口を押し付けた。
「どうせキサマは、今まで好き勝手に生きてきたんだろ? 散々人に迷惑をかけてきたんだろ? しかし、喧嘩を売る以上、返り討ちに遭う事も覚悟してるよな? 今日はその、返り討ちにあう日だったんだよ」
俺はトド男に押し付けたマグナムリボルバーのハンマーを、カチン! と起こした。
それを発狂しそうな血走った目で見つめる事しかできないトド男。
他の2人も地面に座り込んだまま泣き出している。
と、そこに。
「そこまでにしてやりぃな」
野生の虎のように美しい女性が割り込んで来た。
ジュンだ。
って、何でゾンビSwATのフル装備姿なんだ? もう夜だぞ。
まあ警察は24時間体勢だから仕方ないのかな?
「アンタ等アホやなぁ。絶対に手を出したらアカン相手やっちゅうコトが、見ただけで分からへんのか?」
ジュンが警察手帳を取り出してトド男に付きつける。
ゾンビSwATの制服を着てるんだから、そんな必要ないだろうけど。
「島根県警、ゾンビSwAT隊隊長の鬼塚や。逮捕されとうなかったら、今夜のトコは大人しく帰り。ええな」
「は、はい! ありがとうございました!」
ジュンの登場で助かったと思ったのだろう。
トド男とその手下達は、顔を涙と鼻水でグチャグチャにしながらジュンに頭を下げると。
「失礼します!」
驚く程のスピードで逃げ去っていった。
「本当に逮捕しても良かったんじゃないか? 絶対にアイツ等、弱い者を相手に暴力事件を起こしやがるぞ」
文句を口にする俺に、ジュンがニッと笑う。
「まあまあカズトはん、今日のところはエエことにしといてや。せやけど、こうして会えたのも何かの縁や、一緒に呑もや。な? エエやろ、ナっちゃん」
俺の肩をパンと叩いてから、ジュンがナツコの首に手を回す。
実はこの2人、互いをナッちゃん、ジュンちゃんと呼び合うほど仲がいい。
「しかたないわね。警察のおごりよ」
「そんな予算、ゾンビSwATにあるかいな。それにウチ、今月はちょっとピンチやねん。強襲班特権で無料になる店にウチも連れてってえな」
「いいのジュンちゃん、警察のクセにそんなコトして? っていうか、そのカッコじゃ目立って仕方ないわよ」
「黙っとったら分からへんて」
いや、そんなワケないだろ。
武器をフル装備した、ゾンビSWATの正式制服を着てるんだぞ。
が、そんなコトなど気にも留めずに、ジュンが俺に抱き付いて大声を上げる。
「な、頼むわ、昨日から何も食うてへんねん」
情けない事を平気な顔で口にするジュンに、俺はツッコんでみる。
「ならジュンこそ強襲班に鞍替えしたらどうだ? 衣食住に困らずに済むぞ」
「いーや、強襲班は性に合わへん。出来るだけ肉体を破壊せえへんようにゾンビを殺すやなんて面倒なコト、ウチはようやらんわ」
そう。
ゾンビSwATは、ゾンビを射殺する事を最優先する。
しかし葬儀社強襲班は違う。
出来るだけ肉体を破壊しないように処理する事が求められる。
残された家族が少しでも安らかな心で葬式を挙げられるようにする為だ。
つまり似ているように思われがちだが、根本的にゾンビに対する姿勢が違うのだ。
「パワー全開で暴れるのが、ジュンの得意技だからな」
「そうや」
イヤミで言ったのに胸を張られてしまった。
はぁぁ…………ナツコも頷いているし、仕方ないか。
「居酒屋くらいにしか連れていかないぞ」
「サンキュー、カズトはん、ナっちゃん。ほならレッツゴーや」
もう1度呑み直す事になってしまった。
まあイイか。
ナツコが美の女神のような美女だとしたら、ジュンは戦いの女神のような美女だ。
ナツコが宝石のように美しいとしたら、ジュンは国宝の日本刀のように美しい。
タイプの違う美女2人と飲む酒も悪くないだろう。
というワケで、俺はナツコとジュンと居酒屋に向かったのだった。
2020 オオネ サクヤⒸ