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第三話 鬼塚ジュン


   



 ゾンビ化してしまった、全ての可哀そうなスタッフを眠らせたところで、俺は長野院長に報告する。


「終わったぞ。残念ながら生存者はいなかった」


 そんな俺に、長野院長は深々と頭を下げた。


「そうですか……ありがとうございました」


 そして長野院長は、スタッフ達に振り返る。


「さあ、みんな、早く救急救命チームのスタッフを運びだしてあげてくれ」


 冷静を装っているが、ブルブルと震えている拳が長野院長の心の内を表していた。

 そんな長野院長の心中を察したのだろう。

 医療スタッフ達は無言で、元同僚の無残に変り果てた遺体をストレッチャーに乗せて運び出していく。

 それを見送りながら、俺は長野院長に向き直った。


 俺だって鬼じゃない。

 できればソットしておいてやりたいと思う。

 が、本当に安全が確保されたのか確認する為には、現状を正確に把握しなければならない。

 だから俺は質問を口にする。


「犯罪者が疾走ゾンビ化する確率が高い事くらい、アンタ等だって警察だってよく知ってたハズだ。なのにどうしてこんな事になったんだ?」


 そう。

 万が一に備えてレーザーポインターを患者等の頭に向けておく。

 そしてゾンビ化した瞬間に射殺すればいい。

 これくらい、医療関係者なら誰でも知っている事だ。

 なのに疾走ゾンビが発生したという事は、何か想定外の事態が起きた、という事だ。


 その想定外の事態を解決しないと、ゾンビパンデミックが発生しかねない。

 という、質問に込められた意味を察して、長野院長が口を開く。


「それが……1度に3組も運び込まれてきたのです。凶悪度の高い患者を優先して常駐チームと警察とが見張っていたのですが、まさか、3組全てが疾走ゾンビ化するとは思ってもみませんでした」

「他にも疾走ゾンビがいるのか!? そいつらは……」


 思わず大声になってしまう俺だったが、そこに。


「ウチらが片付けたで」


 そう言いながら1人の女性がやって来た。


 身体にピッタリと張り付く戦闘スーツを身に付けている為、贅肉など1グラムもない筋肉質な身体つきが、ハッキリと見て取れる。

 腹筋などバキバキに割れているのだが、ゴツい印象など微塵も受けない。

 それどころか、戦いの女神のような美しさに感動さえしてしまう。


 そんな彼女の名は鬼塚ジュン。

 日本の警察組織の中で最強の警察官と言われている。

 ゾンビSwAT隊の隊長として島根県警に派遣されている彼女は、俺と同じノーリミット。

 鍛えれば鍛えるほど強くなる肉体の持ち主だ。


「救急救命センターで疾走ゾンビが発生したて聞いたさかい、大急ぎで駆けつけたんやけど、カズトはんに先を越されてもうたようやな」

「ああ、要請があったからな。しかしジュンがいるのなら、わざわざ俺達が来る必要なかったな」


 冗談めかしてそう言う俺に、ジュンが大げさなジェスチャーで言い返してくる。


「何言うとるんや、遅すぎるくらいやで。もっと早くきてくれりゃ、ウチは2組も疾走ゾンビを相手にせんで済んだんや」

「2組?」


 俺は顔をしかめた。

 長野院長の話では、他の2組にはそれぞれ警察と常駐チームが付いていた筈。

 なのにジュンが、2組も相手にしなくてはならなかったという事は……。 


「そうや。病院の常駐チームは疾走ゾンビに全滅させられてもた」

「しかし、ここの常駐チームの腕は中々のものだったと思ったが」


 青十字病院に常駐していたチームの事は、俺も良く知っている。

 銃の腕だけでなく、様々な格闘技も身に付けた、かなり戦闘力の高い連中だ。

 普通の人間が相手なら、5対1でも負けない程度の戦闘力は持っていた筈だが?


「せや、かなりの手練れやった。その手練れが引き金を引く事すらできへんほど動きの速い疾走ゾンビが発生しおったんや。ウチでさえ危ないトコやったで」

「ジュンがか!?」


 俺は思わず大声を上げ得てしまった。


 ジュンは常人の7倍を超えるスピードで動く事ができる。

 パンチの威力を例にとると、スピードが2倍になれば2×2倍、つまり威力は4倍になる。

 スピードが7倍ならば、7×7で威力は49倍だ。

 そして49倍の破壊力を生み出す為には、49倍ものパワーが必要となる。


 つまり常人の7倍のスピードで動けるジュンは、常人の49倍ものパワーの持ち主という事になる。

 そのジュンが苦戦したというのか!?

 と、そこに割り込んで来る男の声。


「そんな訳ないだろ。隊長得意のジョークだ」


 ジュンの部下である村松だ。

 俺も身長185センチあるが、そんな俺より20センチも背が高い。

 まるで熊のような体格をしたゾンビSwAT隊員だ。


 俺がジュンと親しいのが気に入らないらしく、何かと絡んできやがる。

 はぁ、とワザとらしくため息をつく俺に、村松が偉そうに語り出す。


「とはいえ、今回の疾走ゾンビはレベル2のノーリミットに匹敵する戦闘力を持っていたから常駐チームが殺されてしまったのも不思議ではない。まあ、オレはレベル5だから楽勝で始末してやったがな」


 今、村松が得意そうに口にした『レベル5』とは、常人の5倍のスピードで動ける事を意味する。

 ノーリミットの能力を、対ゾンビ戦闘で1番重要視されるスピードで分類した表示だ。

 だから7倍のスピードを誇るジュンのレベルは7。

 全国のゾンビSwAT隊員の中でもたった4人しかいない、最高のレベルだ。


「で、全葬儀社で最強と呼ばれているお前のレベルはどれくらいなんだ? 何なら島根県警の訓練場に来い。お前の実力を正確に判定してやるぞ」


 いかにも自分が上とばかりに上からモノを言って来る村松。

 もともと体がデカいから子供の時からお山の大将だったのだろう。

 よし、なら俺が、この馬鹿に世間の厳しさを教えてやるとするか。


「ほう、貴様ごときがどうやって俺を判定するんだ? オマエが俺の稽古相手をしてくれるとでもいうのか?」


 凶暴な笑みを浮かべる俺を、ジュンが必死に止める。


「待ってぇな、カズトはん! この馬鹿にはウチがよう言い聞かしとくさかい、お願いやから堪忍したってぇな。な? な?」


 弱いクセに自分が無敵とカン違いしているようなヤツを、泣いて謝るまで殴るつもりだった。

 だったのだが。

 俺を止めようと腕にしがみ付いてきたジュンの、プリンとした胸の感触に免じて勘弁してやるか。


「ああ、ジュンがそう言うならやめとくよ」

「おおきに、カズトはん」


 ジュンが俺に抱き付いたまま、ホッとした顔で見上げてくる。

 そんなジュンの姿に、村松が不服そうな声を上げる。


「隊長、本官は……」


 村松の言葉の途中で、ジュンがギロリと睨み付けた。


「村松! それ以上ナンか言うたら、ウチの特訓に強制参加さすで!」


 特訓に強制参加。

 その一言に、村松の顔色が真っ青に変わる。


「ひ! し、失礼致しました」


 慌てて敬礼してから引き返していく村松の後ろ姿を眺めながら、俺はジュンにボソリと呟く。


「ああいう馬鹿は、痛い目に遭わないと分からないぞ」


 そんな俺のセリフにジュンが苦笑する。


「ウチもそう思うんやけど、カズトはんは規格外過ぎるさかい、村松のヤツ、トラウマで再起不能になってまうわ。あんな馬鹿でも現場では貴重な、レベル5の隊員なんやさかい」

「人材不足なんだな」


 憮然と言い放つ俺に、ジュンが甘えるネコのような顔を向けて来た。


「そう思うんやったら、カズトはんも手伝ってぇな」

「そうだな。もしも困った事があったら、平城祭典に電話してくれ。通常価格で請け負うぞ」

「警察の予算に余裕が無いん、知っとって言うんやもんなぁ」

「予算を獲得できたら呼んでくれ。じゃあな」


 恨みがましい視線を向けて来るジュンに別れを言うと、俺はナツコの元に戻った。


「じゃあ帰ろうぜ、ナツコ。また村松の顔を見たら気分が悪い」


 文句を口にする俺に、ナツコがツッコミを入れてくる。


「そんなコト言って、本当は絡んで欲しいくせに」


 悪戯っぽい視線を送ってくるナツコに、俺は笑みを浮かべてみせた。


「当然だろ? 弱いクセに自分が強いとカン違いしている馬鹿をイジメるのは、大好きだ」

「イジメなんだ」


 苦笑しながらもナツコは俺を止めようとしない。

 どうやらナツコも村松が嫌いらしい。


「ああ、チャンスがあったらキッチリと締めてやるさ」


 俺はもう1度笑みを浮かべると、ナツコと共に装甲車に乗り込み平城祭典へと戻ったのだった。

 もう今日は出動がありませんように。




 平城祭典へと戻った俺は、今度こそプロテクターを外し、カーボンナノチューブスーツを脱ぎ捨てる。


 続いてゾンビとの戦いで使ったタクティカルナイフの手入れだ。

 まずは刃をチェックする。

 うん、刃こぼれもないし、切れ味も落ちてない。

 これなら砥ぐ必要はないから、湯で丁寧に洗って乾かすだけで済む。

 乾いたらサビ止めスプレーで仕上げて手入れ完了だ。

 そしてマグナムリボルバーも一緒に、入念にチェックしておく。

 今回は幸いな事に、使わずに済んだ。

 しかしイザと言う時に備えて、常に手入れをして完璧な状態を保っておく必要がある。

 まあ、俺が武器マニアという事も理由の一つだが、結構楽しい一時だ。   


 これはナツコも同じなのだろう。

 鼻歌まじりにタクティカルナイフとマグナムリボルバーをチェックしている。

 そんな、なにげないシーンにも、つい見とれてしまいそうになてしまう。

 やっぱナツコは美人だよなぁ。


 などと奈津子に見とれながらも武器の手入れを終えると、時刻はちょうど夕方の5時だった。

 これで俺のスタンバイ時間は終わりだ。

 俺は次のメンバーと交代して強襲班の部屋を後にすると、本日のトレーニングを始める。


 スタンバイ時間の後。

 平城祭典にある秘密のトレーニング設備で、ナツコと一緒に8時まで鍛えるのが俺の日課だ。

 勤務時間外だが、常に自分を高める努力をするのはプロとして当然の事だと俺は思っている。

 まあ、今より少しでも強くなりたいという強烈な情熱を失っていないのが1番の理由だが。


「さあカズト。トレーニングを始めましょ」

「おう」

 

 自分1人だと、たまに味気なく感じる事もある。

 しかしナツコの一緒だと、厳しいトレーニングも楽しいから不思議だ。

 やはり美人は偉大だな。


 そう心の中で呟きながら、俺はナツコと共に、今日もトレーニングに励むのだった。






2020 オオネ サクヤⒸ

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