表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/24

第二話 ノーマルゾンビだったから楽勝だった


   



「ただいま」


 平城祭典の駐車場に止めた装甲車から飛び降りると。


「ノーマルゾンビだったから楽勝だったぜ」

 

 俺はナツコと共に事務所へと戻って内藤さんに報告した。


「おかえりなさいィ。それは良かったわァ。これでまた特別賞与が増えるわね」


 葬儀社の基本給はけっして高くない。

 が、ゾンビを1体始末する度に特別手当が支給される。

 何しろ噛まれたら俺もゾンビの仲間入り。

 安い基本給だけで、そんな危険な仕事などやってられるか。


 ま、それはそれとして。

 まずはこの窮屈なプロテクターを外すとするか。


 と言う訳で、俺がプロテクターのロックに手をかけたその時。

 再び電話が鳴り、内藤さんが受話器を取った。


「はい、国営葬儀社、平城祭典ですゥ。あ、青十字病院さんですかァ……」


 俺は『青十字病院』という言葉に眉をしかめる。

 日本における年間死亡者の多くは、病死や高齢による衰弱死だ。

 つまり一番ゾンビが発生する確率の高い場所が病院なのだ。

 だから入院施設があるような大きな病院には、専門のゾンビ対策チームが常駐している。

  

 その病院から葬儀社に連絡が入った。

 それは、常駐チームだけでは対処できない事態が発生した事を意味する。

 そんな面倒事に首を突っ込むなんて、勘弁してほしい。

 が、案の定、内藤さんが笑顔を俺に向けると軽い口調で告げた。


「鬼神さァん、また出動でェす。場所は……」

「青十字病院だろ、聞こえたよ」


 俺は小さくため息をつくと、ナツコに視線を送る。


 仕事から帰った途端、休む暇もなく次の仕事。

 1番イヤなパターンだったが。


「しょうがないわ。行こ、カズト」


 ナツコが笑顔で答えた。

 

 そういえば、出撃時に彼女がイヤな顔をしたところを俺は見た事がない。

 いつも笑顔で装甲車に乗り込むのだ。

 まあ、ナツコの透き通るように綺麗な笑顔を見れただけでも良しとするか。


 と言う訳で。

 俺は脱ぎかけたプロテクターを装着し直すと、ナツコに続いて装甲車に飛び乗ったのだった。



 パン! パン! パン!


 青十字病院への道中。

 俺はパトロールの警官が、うろつくゾンビを処理している光景をボンヤリと眺める。

 警官の殆どは俺達ノーリミットと違って普通の人間だ。

 つまり人間離れした怪力の持ち主でもなければ、常人を遥かに超えるスピードで動ける訳でもない。

 そんな彼らがゾンビの脳を破壊する為に使用する武器が、レーザーポインター付きの拳銃だ。


 訓練を積んだ警官でも、拳銃が命中するのはせいぜい7メートル。

 だがレーザーポインター付きの銃なら、赤い光が浮き出たところに弾が命中する。

 近距離での銃撃ならば、レーザーポインター付き拳銃の威力は絶大だ。

 ノーマルゾンビ相手なら、落ち着いて行動すれば1人で10体は始末できるだろう。


 現在の日本では、警察官が所持する拳銃の1番の役目。

 それは、どこからともなく現れて街中をうろつく野良ゾンビを射殺する事となっている。

 本来なら殺伐とした光景なのだと思う。

 が、今や日常と化した風景だ。


 そんな野良ゾンビ駆除の現場を通り過ぎて数分後、俺達は青十字病院に到着した。

 青十字病院の本館は6階建てで、14階建ての高層館の屋上には救急ヘリのヘリポートまである。

 そんな規模のワリに狭い本館前の入り口は、普通なら駐車禁止のスペースだ。


 しかし今は緊急事態。

 だからナツコは何の躊躇もせず、玄関の真ん前に装甲車を止めた。


「しかし何が起こったんだろうな」


 そう呟きながら俺は、ナツコと共に待合ホールを抜け、受付カウンターへと向かう。


「厄介な事なのは間違いなさそうよ」


 ナツコが、俺達へと歩いてくる初老の男に目をやってボソリと呟いた。

 普段なら温和で上品な人物と思われるが、その顔は真っ青だ。

 医師と言う立場上、冷静に振る舞う事に慣れている筈なのに、動揺も隠しきれていない。

 俺も悪い予感がしてきたぜ。


「院長の長野です。こちらへ」


 初老の男はそう名乗ると、俺達を救急救命センターへと案内した。

 これは、病院に限った事ではないが。

 公共性の高い建物の主要な場所は、鉄のシャッターでエリアを隔離できるようになっている。

 ゾンビが発生した時の為だ。

 

 そして今。

 救急救命センターへと続く廊下の入り口には、頑丈そうな鉄のシャッターが降ろされていた。

 このシャッターなら、ゾンビがどれほど怪力を発揮しようとも、破壊される事はないだろう。

 などと考えながらシャッターを眺めている俺に、長野院長が説明を始める。


「警察が追っていた車が事故を起こし、その車両に乗っていた3人が重傷を負いました。そこでさっそく救命措置を施したのですが、その途中でゾンビ化し、救急チームの医師や看護師に襲いかかったのです」


 そして長野院長は、すがるような眼で俺の手を握ってきた。


「殆どの者は犠牲となったでしょうが、まだ何人かは生きている筈です! お願いします、彼らを助けてください!」

「全力を尽くす」


 俺はそれだけを口にした。

 俺だって、できれば安心しろ、とか必ず助けてみせる、と言いたい。

 しかしこんな仕事を何年もやっていると、骨身に染みてしまう。

 安直な気休めが、どれほど無責任で人を傷つけるものか、を。

 だから俺に出来るのは、全力を尽くす事だけだ。


 おっと、感情的になってしまったな。

 まずは現状を確認しなければ。


「中の様子を見せてくれ」


 シャッターで封鎖できる場所。

 そこには、中をモニターできるカメラの設置が、法律によって義務付けられている。

 まずはそれを使って救急センター内の様子を伺う事にする。


「分かりました。どうぞ」


 長野院長が、シャッターの隣に設置されたモニターのスイッチを入れ、さっそく覗き込んで見ると。

 

 まず目に入ってきたのは、血の海と化した救急救命センターの室内だった。

 床や壁どころか天井にまで真っ赤な血が飛び散っている。

 あちこちに散乱しているのは、人間の腕や脚や内臓だ。

 地獄のような光景とは、このようなモノを言うのだろう。


 そんな中、ぎこちない動きで数体のゾンビがウロウロと歩き回っていた。

 ボロ雑巾で作った人形をケチャップまみれにしたような悲惨な姿をしている。

 このノーマルゾンビが、犠牲となった医療スタッフなのだろう。


 そんな中。

 狂犬病に罹患した猿のように、3体のゾンビが見境なしに暴れ回っていた。

 多分そうだろうと思っていたが、やっぱり疾走ゾンビだ。

 

 疾走ゾンビは言葉通り、動きが素早い。そして凶暴だ。

 人間は、生まれつき肉体を保護する為のリミッターを持っている。

 そのリミッターが、死ぬ事により外れたのが疾走ゾンビだ。

 リミッターが外れているから、人間の限界を超えたスピードとパワーを発揮する。

 実に迷惑な話だ。


 病院に常駐しているゾンビ対策チームの多くは普通の人間だ。

 だから大抵は、警察官と同じレーザーポインター付き拳銃を使用する。

 しかし何度も言うが、ゾンビ対策チームは、常人並みの身体能力しか持たない。

 疾走ゾンビの素早い動きに対処するのは不可能だろう。

 大抵の場合、レーザーポインターでゾンビの頭を捕らえる前にノドを食い破られてしまう。


 だから。

 常人では有り得ない戦闘力の持ち主である俺達、つまり国営葬儀社の強襲班が存在するのだ。

 しかし、まだ生きているスタッフがいるかもしれないのなら、急がなければならない。


「シャッターを開けてくれ」


 俺が促すと、長野院長がシャッターの開閉ボタンを押す。

 ガラガラと音を立てながらシャッターがユックリと上がっていく。

 そして20センチほどシャッターと床の間に隙間が出来た瞬間。


「がぁぁぁぁ!」

 

 1体のゾンビがその隙間から滑り出してきた。

 疾走ゾンビだ!


『うわぁああああああ!』


 長野院長だけでなく、看護師たちまでもが、一斉に悲鳴を上げた。

 が、こんな事で取り乱していたら、強襲班は務まらない。


「ナツコ!」


 俺の一言で全てを察したナツコが、万が一に備えて長野院長達の前に立ちはだかる。

 それを目の端で確認すると俺は。


「ぬん!」


 腰からタクティカルナイフを一瞬で引き抜いてゾンビの頭を薙ぎ払った。

 居合切りの要領だ。


 水平に切断された疾走ゾンビの頭蓋骨は。


 ごん!


 壁にぶつかって鈍い音を立てながら脳漿を派手にまき散らせた。


 と同時に俺は。

 

「これからが本番だぜ」


 脳を破壊されて2度と動かなくなった疾走ゾンビを飛び越えて救急救命センターへと飛びこむ。

 そこにすかさず、2体目の疾走ゾンビが襲いかかって来きた。


 が、この程度の攻撃など、オレにとってはアクビが出るモンだ。


「ふん」


 俺は、血だらけの口で俺目がけて噛みついてくる疾走ゾンビの顎の下に。


 ドシュ!

 

 タクティカルナイフを突き立てた。


「げぶ」


 脳を貫かれた疾走ゾンビは一声漏らすと、ビクンと痙攣し。


 どちゃ。

 

 湿った音を立てて、床にぶっ倒れた。

 

 さて、これで残るはあと1体。

 さあ、どこにいる?


 慎重に室内の気配を探っていると、頭上にイヤな気配を感じた。

 急いで俺が天井を見上げるのと。


「ごぉぉ!」


 疾走ゾンビが天井から飛びかかってくるのが同時だった。


 意表を突いたなかなかイイ手だ。

 しかし俺のスピードはパワーと同じく、人間のレベルを遥かに超えている。

 俺は楽々と身を躱すと同時に疾走ゾンビの頭にナイフを突き刺した。

 そして瞬時に刃を引き抜き、即座に次の攻撃に備える。

 身体に染み込んだ習性だ。


 そんな俺の横で、脳を破壊された疾走ゾンビが、グチャリと床に倒れ込む。

 用心のため気配を探ってみるが、長野院長が言っていた通り、疾走ゾンビは3体だけのようだ。

 さて、これで厄介な相手はいなくなった。


 後は。

 ギクシャクした動きでうろついている、気の毒な犠牲者達を生き地獄から解放してやるだけだ。


 俺は5寸釘を取り出すと、ゾンビ化したスタッフの頭頂部に打ち込んでいく。

 ここまで肉体が破壊されているんだ。

 銃で頭を吹き飛ばしても文句は言われないだろう。

 それでも残された家族の為に、少しでも綺麗な亡き骸にしてやりたい。

 そして……残念ながら生存者はいなかった。

 チクショウ。




2020 オオネ サクヤⒸ

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ