第一話 おじいちゃんがゾンビ化してるみたいなんです!
「助けて! お祖父ちゃんが、いつまでも起きて来ないので見てみたら、ゾンビ化してるみたいなんです!」
受話器の向こうから、女の子の慌てふためいた声が聞こえた。
ここは国が運営している葬儀社、平城祭典の事務所だ。
「はい、まずは住所を伺いますねェ……はい、はい。分かりましたァ、すぐに伺いますゥ。そのままお待ちくださいねェ」
軽い口調で状況と住所を確認したのは事務員の内藤さん。
ホンワカとした笑顔が親しみやすい印象を醸し出している、受付4年目の女性だ。
「聞いてたでしょォ、強襲班、出動してくださいねェ。住所は春日町3の7。山口洋一様のお宅よォ」
「了解!」
俺は内藤さんにそう答えると、プロテクターを着用した。
常に身に付けているバトルスーツは、カーボンナノチューブ製。
鋼鉄の100倍の強度とダイヤモンドの2倍の硬さを持っている。
つまりゾンビに噛み破られる事は有り得ない。
しかしスーツ自体は柔軟なので、噛みつかれたら痛いのが欠点だ。
だからゾンビの歯を跳ね返すプロテクターは必須アイテムだ。
そしてタクティカルナイフとマグナムリボルバーを装着したパッド付きベルトを締め直す。
これで出動準備、完了だ。
「じゃあ行ってくる」
「いってらっしゃい」
「おう」
オレは内藤さんの声を背中で聞きながら、葬儀社の装甲車に飛び乗った。
俺が勤務する平城祭典は、島根県の県庁所在地である松江市の中心部にある。
松江の地理に疎い俺なんだが、装甲車にはカーナビが装備されているから道に迷う事はない。
ちなみに葬儀社の装甲車に限らず、今の日本を走行している車は全て電気自動車だ。
ついでに言うと、家もオール電化されている。
何か理由でもあるのだろうか?
おっと、今はそんな事を考えている場合じゃないな。
「行くわよ!」
運転席でそう叫んでいるのは相棒の茨木ナツコ。
顔もスタイルも神レベルの美女だ。
これほどの美人を、俺は今まで見た事がない。
芸能界でも大成功間違いなしの彼女が、何で国営葬儀社なんて物騒な仕事をしているのだろう?
不思議でしょうがない。
が、そんなコトはどうでもいい。
1番重要なのは、神レベルの美女と仕事が出来る、というコトだ。
松江の国営葬儀社に入社したのは正解だったぜ。
などと俺がナツコに見とれている数分間で、装甲車は山口家に到着した。
2階建ての結構大きな家で、まだ新しい。
俺はさっそくブザーを鳴らそうとするが。
「強襲班の方ですね、お待ちしていました!」
それよりも早く、真っ青な顔で玄関から飛び出して来たのは高校生くらいの女の子だった。
おそらく葬儀社に連絡してきたのは、この子だろう。
「こちらです!」
女の子は俺達を、玄関から真っ直ぐ続く廊下の突き当りの、頑丈そうなドアへと俺達を案内した。
日本では現在。
寝室のドアには人間の力では破壊できない強度と、覗き窓の設置が義務付けられている。
のぞき窓は普段、プライバシー保護の為の遮蔽板で塞がれているのが普通だ。
そして非常時には、ネジを外して中を覗けるようになっている。
それが日本における、スタンダードなドアだ。
この家のドアも一般的なものだった。
なので、さっそく覗き窓から中を覗き込んでみると。
1人の老人がノロノロと歩き回っていた。
死斑の浮き出た皮膚、腐った魚のように濁った眼、口から漏れる意味不明な呻き声。
明らかにゾンビ化している。
「確認した。部屋の鍵はあるかな」
俺が問いかけると、女の子は震える手でドアの横のフックに下がっている鍵を指差した。
死人がゾンビ化する現在、寝るときは内側から頑丈なドアに鍵をかける。
理由は2つ。
寝ている間にゾンビに襲われない為。
そして自分が不慮の死を遂げてゾンビ化した時、家族を襲わないようにする為だ。
ちなみに、ゾンビ化すると知能は失われる。
つまり鍵を目にしても、それを使って扉を開く事はない。
だから万が一に備えて、合鍵をドアの横に吊るしておく家庭が多い。
この家もそんな家庭の1つのようだ。
「分かった。後は俺の仲間と一緒に、リビングで待っててくれ。君は見ない方がいい」
俺は彼女に精一杯の笑顔で言い聞かす。
いくらゾンビ化したとはいえ、祖父が始末されるところなど見ない方がいい。
「ナツコ、この子を頼む」
そして俺は、万が一に備えてナツコをボディーガードにつけておく事にした。
本来、強襲班は2人1組で行動する事が原則なのだが、今回は仕方ないだろう。
「……分かりました」
青い顔でそう答える女の子をナツコに任せると。
「さて、やるか」
俺はタクティカルナイフを引き抜き、部屋のドアを開けた。
ちなみにゾンビには2種類ある。
動きが遅いノーマルゾンビと、人間以上に速い動きで襲いかかってくる疾走ゾンビだ。
さて、コイツはどちらのタイプだろう?
1番緊張する一瞬だ。
「あ~~。うう~~」
俺を見ると、呻き声を上げながらゆっくりと近づいてくる老人のゾンビ。
良かった、ノーマルゾンビだ。
まあ、気がついたらゾンビ化していた、と女の子が言っていた。
それに加え、年齢から考えてこの老人は自然死したものと考えられる。
そうした穏やかな死を迎えた者は、だいたい動きの遅いノーマルゾンビになるものだ。
しかし油断は禁物。
疾走ゾンビと化した老人に飛び掛かられたのも、1回や2回ではない。
とくに3日前のジジイにはビックリしたもんだ。
なんて余計な事を考えている場合じゃないな。
俺はタクティカルナイフを腰に戻すと、素早くノーマルゾンビの後ろに回り込む。
そして勢いを利用してゾンビの首を水平方向に捻る。
スポーツとしての空手ではなく、命のかかった戦場で相手を殺す事を目的とする実戦空手の技だ。
ゴキン。
鈍い音と共に、頚椎を破壊されたゾンビが、糸の切れた人形のように力を失って床に倒れた。
これでもう、このゾンビが動く事はない。
しかし脳を破壊していないので、頭だけはまだ動く。
つまりまだ噛みつかれる危険がある。
なので、オレはすかさず頭頂部に5寸釘を打ち込み止めを刺した。
素手で5寸釘を一撃で頭に打ち込む。
この人間を超える力を持つ者だけが、国営葬儀社の強襲班という職業に就けるのだ。
ちょっと自慢っぽかったかな?
「ふぅ、ミッションコンプリートだ」
俺はゾンビ化した老人、いや今は完全なる死体と化した老人の亡き骸を布団に横たえると。
「成仏してくれよ」
顔に白い布を被せてから呟いた。
やはり綺麗に仕事を終えた時は気分がいいもんだ。
そして俺は、リビングに向かうと、女の子に確認する。
「もう大丈夫だ。後はウチの社員が葬儀の手配をさせて貰うが、それでイイかな」
ゾンビの始末と葬儀がセットになっている事は現代日本では常識だ。
が、たまに知らない者もいるから念の為だ。
「はい、ありがとうございました」
改めて恐怖が込み上げてきたのだろう。
女の子はポロポロと涙を流しながら、それでも俺達に深々と頭を下げた。
うん、なかなかしっかりした子だ。
と、そこに。
ピンポ~~ン。
「すみません、平城祭典の者です」
計ったようなタイミングで葬儀担当者がやって来た。
ゾンビの処理は強硬班、つまり俺達の仕事。
対して、残された家族のアフターケアは、葬儀担当者の仕事だ。
だから俺は。恐怖に震える女の子を葬儀担当者に任せると。
「さ、帰るか」
ナツコの運転する装甲車に乗り込み平城祭典へと戻ったのだった。
あれは3年くらい前だったろうか。
突然ゾンビ化現象が発生したのは。
沢山の人々がゾンビに殺された。
そして殺された人々がゾンビと化して人を襲って大きな被害が出た。
しかし日本では、警察と自衛隊が何とかゾンビを駆逐する事に成功する。
こうして日本は、とりあえず日常を取り戻した。
が、当時の日本における年間死亡者数は約130万人。
1日に約3500ものゾンビが発生する計算になる。
警察官や自衛隊員だけで対処できる数ではない。
かといっていきなり増員するなど不可能だ。
そこで政府の打ち出した苦肉の策が、葬儀社を活用する、というものだった。
今までだって葬儀社は年間130万人の死亡者に対応してきた。
そのシステムを利用したらゾンビに対応できる組織を構築できるはず。
というかなり乱暴な発想だったが、政府はその案を実行に移した。
とはいえ、その計画を実現させるには、ゾンビを殺せる戦闘員が必要不可欠。
そこで注目したのが、鍛えれば鍛えるほどパワーアップしていく者の存在だ。
そんな彼らを『ノーリミット』と呼ぶ。
なぜゾンビが発生したのか解明されていない。
同様に、なぜノーリミットが鍛えれば鍛えるほど無制限に強くなるのかも解明されていない。
だが、この者達ほど対ゾンビ戦に役立つ存在はない。
そこで政府は積極的にこのノーリミット達を警察や自衛隊、そして葬儀社に勧誘した。
俺=鬼神カズヤもそんなノーリミットの1人だ。
空手の選手だった俺は普段からトレーニングジムに通っていたのだが、3年ほど前のある日。
急に俺は力が強くなった。
そしてトレーニングする度、俺のパワーは更にアップしていき。
なんと2か月で、世界記録の3倍もの重さでトレーニングを行うようになる。
そんな時に発生したのが、後に『ゾンビ事変』と呼ばれる、ゾンビの大量発生だ。
警察と自衛隊によって日本からゾンビが一掃されるまでの1週間。
俺は3倍のパワーと空手の技術で生き延びた。
そしてかろうじて平和な生活を日本が取り戻した時。
俺は葬儀社にスカウトされた。
ゾンビを殺すエキスパート=国営葬儀社、強襲班の一員として。
この話が、なぜ異世界転移なのか。それは第八話まで待っててください。
2020 オオネ サクヤⒸ