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私、嫌われているんだと思っていましたわ。

作者: 渚

「クリス様。はっきり仰ってくださいませ」


私が意を決して云うと、クリス様は瞠目した。


「何を?」


私は、顔を上げるのが怖くて、目の前に置かれたカップばかりを見つめてしまう。


分かっているのだ。大切な話の時くらい、彼の目を見ることが正しいって。


でも、彼があまりに眩しくて。


私のことをちっとも好きじゃない、むしろ嫌っている彼に、私の恋心を悟られる。それで、軽蔑された目で見られたら。なんて、あまりにも惨めじゃないか?


私は落ち着くために、温かいカモミールティーを飲もうとした。


けれど、手が震えてカップを落としてしまう。


酷く大きな音がして、クリス様は急いで立ち上がると、私の横までやってきた。


「アイリス、怪我は?」


久しぶりにこんなに近寄った。


それだけで、私の心臓はどくりと跳ねる。


例え、婚約者を形式上心配しなければならないから、と云っても、嬉しいものは嬉しい。


私は、頬が紅くなるのと同時に、瞳に涙が浮かぶのを感じる。


クリス様は、私の手をよく見るためにしゃがみ込み、そのあと私の顔を見上げた。


「アイリス?どこか痛いの?」


それと同時に涙が頬を伝うのを感じた。


「え!?」


クリス様は訳がわからないと云った様子で、困った顔をする。あ、そんな顔をさせたい訳じゃないのに。


私は急いで首を横に振る。


「ち、違うんです」


首を傾げるクリス様。


「ねぇ、クリス様。私のこと、お嫌いなんでしょう?」







それは、数日前のことだった。


「アイリス嬢!」


私が王宮図書館に行った帰り道、クリス様の腹心である第二王子殿下が、私に声をかけた。


「ご機嫌よう」


私はカーテシーをすると、彼は笑顔で云った。


「カモミールティーが好きなんだろう?ほら、これ、今日もらったんだ。ちょうど良いからあげるよ」


私は、すこし驚いてから、恐る恐る云う。


「私、昔からカモミールティーが苦手なんです」


どこがどう苦手なのか、とかは、言葉に表現しづらいけれど。


「そうなのか!?」


すると、酷く驚いた様子で、彼は私を見た。


「ええ。クリス様がお好きなので、公爵家ではよく飲みますが、私は苦手でした」


「ん?クリスもあまりハーブティーの類は飲まない筈だぞ。ここで仕事をするときは、よくアールグレイなんかの紅茶をストレートで飲んでいる」


?がふたりの頭に浮かんだ。


「そう云えば、なぜ、私がカモミールティーを好きだと思われたのですか?」


「アイリス嬢と会う時に限って、クリスが有名店のカモミールティーを買っていくから、そうだと思っていたのだが、勘違いだったのだな。すまない」


その時、私の頭に浮かんだのは、妹のミアだった。


ミアは私と好みがかなり異なる。というか、何に関しても、私が好きなものを彼女が嫌いで、私が嫌いなものを彼女が好きになる、と云う感じになるのだ。


そして、ミアはカモミールティーが大好きだった。





それから、家に帰って、ひとりで色々と考え直してみた。


例えば、クリス様と2人で出かけたとき。


私は、赤やピンク、黄色などの暖色より、青や緑などの寒色を好む。


しかし、彼が連れて行くのは決まって明るい色をウリにしているお店だった。


私は、彼の勧めに困る反面嬉しさもあったため、微笑みながら、彼のプレゼントを受け取っていた。


でも、もしかしたら、ミアにあげるものの下見ついでに私を連れて行ってくださったのかもしれない。


カモミールティーだって、それと同じなのか?


ミアが好きだから?


ミアとクリス様は仲が良い。


私は、クリス様が私の家族と親しくしてくれていることは嬉しいと思っていた。けれど、それが、私の家族と云う親しさじゃなかったとしたら?


あれ?でも、私がクリス様を訪ねたときも、クリス様は変わらずカモミールティーを私に出すわ。


…これって、嫌われているのかしら。


『お前の嫌いなものを出してるんだ。気がつけよ』


と云うこと?


ここ、数年くらい、夜会でのエスコートとか、そう云う儀礼的なときしか彼と触れ合っていない。


会うときはすこし距離を取られる。


そういえば数年前より会う頻度も減った気がするわ。


それに、会った時もあまり話をしてくださらない。


ミアと話してるときは、なんだか話が弾んでいるようなのに。


私は、手を握り締めた。


もし、そうだとしたら、私はなんて愚かだったんだろう。







さて。私の「私のこと、お嫌いなんでしょう?」と云う問いに対して、クリス様は硬直した。


矢張り、図星なんだわ。


私はスカートの裾を握りしめる。


「ど、どうして…」


「私の嫌いなカモミールティー」


何から云おうかと、そう思って、視界に入ったものを口に出してしまう。


俯くと見える真っ赤なスカート。


「私が苦手な明るい色のドレス」


私は漸くクリス様の瞳を見つめる。


「私に示唆してくださったんでしょう?お前のことはもう嫌いだ。ミアが好きだ、と」


そのときのことだった。


「お姉様ー!」


ピンク色のドレスを着たミアが、応接間の扉を勢いよく開けた。


「大丈夫ですか?お怪我はありませんか?」


半ばクリス様を退けるように私の前に跪くと、私の手や、ドレスやなにかを見て、どこも、どうにもなっていないことに安堵したようだった。


「ミア…」


「カップの割れる音が聞こえて。お姉様が心配で心配で。でも、良かったです。お姉様がご無事で」


カップが割れたくらいで、大袈裟だとも思うけれど、ミアがそうやって来てくれたことにすこしの嬉しさを覚える。


「有難う」


私が微笑むと、ミアは嬉しそうに笑った。


そう、この子は姉想いのとても良い子なのだ。


胸が苦しくなる。


「違うんだ」


クリス様が口を開いた。


「え?」


「カモミールティーも、明るい色も、君が好きだと思って…」


「え?」


「いつも、アイリスは笑わないだろう。でも、好きなものがあると笑うのだと思っていた。例えば、カモミールティー。例えば明るい色。その笑顔が見たくって、いつも…」


私が驚いて口を開けないでいると、ミアが云った。


「はぁぁぁぁぁあ?お姉様が好きなものも知らないで、10年も婚約者やってたんですか?有り得ない!お姉様はあげませんよ!もう!」


ミアはなぜか激昂している。


「お姉様は苦手なものがあると、笑うんです。本当に好きなものがあると、いつもより、2ミリくらい目を細めるんです。感情を表に出すのが苦手なお姉様の、あの慈しむような美しい目を知らないなんて、人生損してますよ!」


私は頬が紅くなるのを感じる。


ミアはなぜか姉の私をとても慕ってくれていて、時々とても恥ずかしいことまで口走るのだ。


「お姉様の表情から感情も読み取れないあなたが、お姉様とちゃんとコミュニケーション取らないなんて駄目ですよ!そもそも、いっつもお姉様と話すときは顔がにやにやしそうになるのを止めようと変な顔するのに必死で、話は弾んでないし!もう!」


ミアは頬を膨らませる。


私は、少し気になって、ミアの耳元で小さく尋ねる。


「ミアはクリス様のことを好きなんじゃないの?」


「えぇぇぇぇぇぇえ!お姉様そんなこと考えてたんですか!?」


ミアが大きな声で叫んだ。


だって、2人があんまりにも仲良さそうなんだもの。と言葉を発する前に、ミアが云う。


「お姉様、私とお姉様の好みが真逆なの、知っているでしょう?」


…確かに。


すると、ミアは大きな声で続ける。


「お姉様が大大大大大だーいすきなクリス様を私が好きな訳ないでしょう!?!」


クリスは瞠目する。


私は耳まで紅くなるのを感じる。


「ふたりとも、言葉足らずが過ぎますよ!2人きりで話し合ってください!」


ミアは呆れたように云うと、今までとは違って、静かに部屋を出て行った。


気まずい空気の中、先に口を開いたのはクリス様だった。


「はじめて、赤い薔薇をプレゼントしたとき、君がとても嬉しそうに笑ったから。だから、君が赤とか、そう云う色が好きなのかと思っていたんだ。それで、好きなものに対する表情を見て、君が好きなものを渡していたつもりだったんだ」


「違うんです」


赤い薔薇。それは、彼が婚約者になって初めてくれたプレゼントだった。


「赤い色が好き、とかそう云うのじゃなくって」


上手く言葉にできるかわからない。でも、今まで言葉にしていなかった分、きちんと、誠実に伝えなくちゃならない。


「クリス様から頂いたから嬉しかったんです」


好きな人からもらったものだったから。あの、赤い薔薇はとても嬉しかったのだ。


「ごめんなさい。早とちりしてしまって」


「いいんだよ」


クリス様は笑って私の手を握る。その温かさに、さらに涙が溢れ落ちそうだった。


「でも、最近こうやって、触ってくださらない」


なんだか、我儘な気持ちがどんどん出て来てしまう。今まで堰き止めていた気持ちが溢れてしまう。こんな、文句ばかりいう嫌な女になりたくなかったのに。


「会う頻度も減ってしまったし」


涙と一緒にポロポロと溢れる言葉に嫌気が差す。嫌われてしまうのが怖い。


「こっちを向いて、アイリス」


私は、彼の瞳を見つめた。


薄いブルーの大好きな目。


彼は、どこに隠していたのか、その瞳の色と同じ色のサファイアの指輪を取り出す。


「君の好きな、いや、好きだと勘違いしていた色と迷ったけれど、こっちにして良かったな」


彼は笑って、その指輪を私の左手薬指にはめる。


この国では、左手薬指は心と繋がった大切な部分だといわれていたので、結婚する時に貴族はそこに指輪をはめる。


「その指輪を永遠に外さないと誓ってくれませんか?」


それは、この国の求婚の常套句だった。


「君に近づけなかったのは、自分の理性を保てるか不安だったから。だって、どんどんアイリスは綺麗になっていくし。会う回数が減ったのは、父から公爵家を継ぐために色々と教わっていて時間がなかったのと、早く結婚するために準備していたから。それで、不安にさせていたなんて、本末転倒なのにね」


彼は苦笑する。


「そんな不甲斐ない僕だけど、結婚してくれませんか?」


私は笑った。


「勿論」


作者の「書きたい!」と云う衝動だけで出来上がった完全自己満足の作品ですが、ここまで読んでいただいて有り難うございました。


もしかしたら、納得いかない、とか、満足できなかった、なんて方もいらっしゃるかもしれません。申し訳ないです。


けれど、もし、この作品を楽しんでくださったとしたら、とても嬉しく思います。


どちらにしても、アイリスとクリスを最後まで見届けていただき有難うございました!

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