今日は月が見えない
生きる意味が死んだ。
あぁ、君は何に生まれ変わるのだろうか。
君の尾びれは虹色に光り、水に光と輝きをもたらすだろうか、それとも濁りなく白い繊細な羽で、空の紺碧を一層美しくし、天に命を与えるのだろうか。
君はきっと、生まれ変わった後にも私の元に戻ってくるなどと、そんな奇跡を起こしはしないだろう。
私は君が死ぬ前に望んだことをふと思い出した。
私は君のからだを掬いあげる。
腐敗した君の肉体は、指の間からだらだらと零れてしまった。
寂しくて切なくて、私は酷く泣きながら、それを何度も口に運ぼうとした。
君の一部が手に纒わりつき、醜く、厄介な程に深かった君の執着心を思い出す。
死んでしまいたくなるほど、愛おしく思った。
やっとのことで君を口の中に入れたものの、悪臭と口内の酷い不快感で、反射的に嘔吐してしまう。
私は、生前に言った君の言葉を覚えている。
君は、「食すことが最高の愛情表現だ」と言っていたね。
忘れてはいない。
私は君を愛している。
君が星になろうと、魚や、鳥になろうと、腐れた肉塊になろうと、君を愛す気持ちは変わらない。
私は君の魂を愛しているのだ。
そう、君と初めて話したあの時も、生々しい夜と憎らしい朝を超えた日も、「食べておくれ」と泣き、懇願した君の声も、君の首にかけた私の手を掴む白く細い指も、遠のく意識も、生を望む光のない瞳も、紫陽花が咲くように、薄紫色に染まってゆく小さな唇も、全て。
全てを私は愛しているのだ。
君を飲み込んだ。
君の執念が、私の細胞に染み込んでくる。
美しいよ、もっと君をおくれ。
そう声をかけると、君が少し微笑んだような気がして、私は無我夢中で君を求め続けた。
最後に残した君の唇に、あの、初めての日と同じ口付けをした。
少し触れるだけの、短いのを。
そしてもう一度、今までで一番長く口付けた。
君の唇を噛んだのは初めてだ。
初恋の、甘酸っぱい檸檬の味がする。
あとはこの小さくなった君を飲み込んでしまえば、君は永遠に私のもの、いや、私は永遠に君のものになれるのだ。
最後の愛を飲み込み、この場には澄み切った夜気と、私と、掘り返された土と、君の魂だけが残った。
さぁ、一緒に帰ろう。
家にはあたたかい布団が待っている。
今日も二人で抱き合いながら眠ろう。
あぁ、美しい夜だ。
今日は月が見えない。