第50章 『『猩々』たちに告ぐ ~そんなはずがない~』へん
とりいそぎ、続編を投稿いたします。
『やんごとなき方』は、『やんごとなき方の付き人』を傍らに立たせ、こう仰せになった。
「『猩々』…『もののけ姫』でいうところの『猩々』は、『役職』を持つもの…。『猩々』それらがいかにすばらしくとも、所詮、『猩々』の携える役職など、苦しみあえいでいる者たちの苦労の『転用』でしかない。
自重するべき『猩々』がいる…。『平成』のおり、『ジジババ』を見に、『江戸城』に行った者がいる…。
するとどういうことか、『令和』になり、『天皇陛下』『皇后陛下』も若返ったというのに、『江戸城』に行けなくなった者がいる。
『日本国』の『猩々』のごくいちぶは、大変に良い生活をしている。たとえば、『夫婦』で『外遊』にいく『公務員』もいる…。
しかしながら、『公務員』という言葉すら、しょせんは、苦しみあえぐ者たちの生活により、強められた『日本語』の『力』なくして、権威を保ちえない…。
ある時は、畑を耕し、ある時は、山へ猟銃を携えてゆき、ある時は、海に出でて、そうして、『猩々』達の分の食料すら供給している者たちがいる。
そのような者たちが強めた『日本語』の力…それを転用して、『猩々』たちは、更にいい生活をしている。
それがあっていいはずがない…。なぜ今日、『沖縄県』民は、『首里城』もしょうしつしたというのに、簡単に『江戸城』に行けないのか…。
なぜ、『北海道』民は、変わった『天皇陛下』の住む、『東京』に行けないのか…。
『ジジババ』みて満足しろというのは、実に、正に『平成期』に確立したに近い、日本国の風土…。
そんなはずがない…。そんなはずがない…。
今日も、『山口県民』、『海外』に行こうにも、『福岡』に行くだとか、『大阪』に行くだとか、『羽田』に行かずして、行くことができない…。
それが可能な『国税』であるか…。
『ジジババ』見て満足しろというのは、実に、正に『平成期』に確立したに近い、日本国の風土…。
そんなはずがない…。そんなはずがない…。」
馬鹿かお前たちは…。馬鹿かお前たちは…。『もののけ姫』でいうところの『猩々』は『表彰状』、すなわち、『与えられた役職名』だとかそういったものだ…。
苦労して働いて、苦労して生活している者の『言語能力』により、『猩々』たちの『役職名』は維持されている…。
『夫婦』で『国家公務員』が『外遊』だと!?馬鹿かお前たちは…。
『岐阜』もそうだ…。『岐阜』、今日もたとえば、山を登り、『リス』の世話をして、生活を維持している者がいる…。その者の『言語能力』によりて、『猩々』たちの『役職名』の、『日本語』としての『力』は維持されている…。
ひきつづき、ご愛読のほど、よろしくお願いいたします。
ことそばらすか。




