九話 イケメンは抹殺対象ですよね?
初投稿です。
一章が終わるまでは一日二話投稿します。
午前7時と午後7時です。
一章は全十二話です。
よろしくお願いします。
こちらに高速で接近する気配を感じ取ったゴブ君はネルとスイに目配せした後に、バトルアックスを正面に構えた。
それと同時に草むらが揺れ、一つの影が飛び出しゴブ君へと襲い掛かった。
「コノヤロー! 女性を襲うなんて最低だ―! ってあれ?」
ゴブ君へ襲い掛かろうとした影は叫びながら、上段から両手剣を力一杯振り下ろしていた。
しかし、その顔には最初の勇ましい勢いはなく、驚愕と焦りの表情が読み取れた。
「状況判断が出来ていない。それに剣の振り下ろし時の腕の引きが甘い」
男に語りかけた後、ゴブ君はバトルアックスで男の両手剣を軽く受け止め、ヤクザキックで男を森の彼方へ吹き飛ばした。
男は吹き飛ばされて進行方向に立つ木々を次々に薙倒し、十本目の木にめり込んでようやく停止した。
≪やっぱりゴブ君は怖いっスね。蹴りよりも顔がっスけど≫
リオンはイキナリで何もする事が出来なかった。
もちろん知っていても率先して行動する気は全くないのだが。
「いたた、思いっきり蹴り飛ばされちまった」
あれだけ強烈に吹き飛ばされた男だったが、特にダメージはないようだ。
≪まあゴブ君が本気で蹴ったらその場で肉体が爆散するっスけどね≫
むくりと男は立ち上がり、服に付いた埃をポンポンと叩いて落とした。
そうこうしている内に男を追いかけてくる影が三つ現れた。
「シャックス、一人で勝手に突っ込むな!」
伸ばした金髪を後ろで束ねたザ・王子様というような風貌の長身の美丈夫がシャックスという黒目黒髪の男に声をかけた。
「いやぁ~ルートゥ。ごめん。ごめん」
「本当よ。女性の悲鳴で飛び出していくなんて。孤児院時代から無鉄砲な正義の味方体質は変わらないんだから。まったく」
プリプリ怒って文句を言っているのは軽装の栗色のポニーテールの少女だ。
「大丈夫ですか。すぐに治療しましょう」
金髪を眉毛の上で真っ直ぐに切りそろえた大人しそうな女の子が回復魔法をかけるためシャックスの体に触れようとしていた。
「魔法はいらないよ。こんなことで使っていたら教官にぶっ飛ばされる」
シャックスはニッコリ笑って、アリエノールの手を掴み魔法の発動を止めさせた。
急に手を握られたアリエノールは耳まで赤く染め、モジモジしだした。
≪何スか?この鈍感系主人公ぷりは。もうコケコケっすよ。うちの主を見習うっスよ。従者にビビッて少しだけチビッちゃうんスよ。少しっスよ。一応名誉のために、そこは強調しておくっス≫
「悪い。悪い」顔を真っ赤にしているのを見て不思議に思ったが、急に魔法発動を止められて怒っているのかなと思い取り合えず彼女に謝っておいた。
≪やっぱり朴念仁スね。俺っちの団の抹殺リストに載ってしまったっスよ。え?うちの団の名前っスか?神聖モテモテ団っス。モテモテでコケコケって奴っス≫
妹の様子と鈍感系主人公体質の友人を眺めつつ、ルートゥは溜息をつきながら現在の状況を確認した。
≪こっちは王子様のイケメンっスか。溜息付きたいのはこっちっス。コ~ケ~≫
「シャックス、お前がここまで吹っ飛ばされたのか? 敵は相当強いな」
「ああ、バケモンだな。ありぁ」
発言とは裏腹に、嬉しそうに笑うシャックスであった。
「おい、笑っている場合じゃないぞ。逃げ切れるのか?」
「逃げる? 必要ないぞ。倒れるまで戦うまでだ」
「おい。何いってる。敵から逃げないと皆殺しにされるぞ」
「敵? ああ。ごめん。ごめん。言うの忘れてた。俺を吹っ飛ばしたの教官だった」
「「「えぇ? 教官?」」」
三人がハモってしまったのは致し方ないことだろう。
「そう。俺が襲い掛かったら相手は教官だった。状況把握と振り下ろしの際の引きが甘いと指摘してきて吹っ飛ばされた。ハハハハ」
「何で教官がこんな所にいるのよ?」
ポニーテールを揺らしてシエルはシャックスに詰め寄った。
「俺が知る訳ないだろ。居るから居るんだよ」
「あんたに聞いた私が馬鹿だったわ」
「シャックス、一応確認だが見間違いってことはないよな?」
「俺が親父さ……教官を見間違える訳ないだろ。あんな凶悪な面のゴブリンが他にいるなら俺が見てみたいよ」
「でもとっても優しいんだよね。シャックスも教官のこと尊敬してるしね」
「うるせぇいやい!」
シエルに指摘されて恥ずかしそうにするシャックスを三人は微笑ましく見ていた。
「じゃあとりあえず教官に会いに行こうぜ!」
四人は三十メートル先にいる教官の元に向かうのであった。
◇◆コケ◇◆コケ◇◆◇コケ◆◇コケ◆◇
「創造主よ、申し訳ありません。今のは私の教え子ですね。多分ですがシューリン様の悲鳴を聞いて飛んで来たんでしょう。アイツは正義の味方に憧れてるところがあるんで」
凶悪な顔のゴブ君が嬉しそうにしているのを見たリオンは何が起こったか理解し、吹っ飛ばされた彼がゴブ君に大切にされているのだと悟った。
≪主もゴブ君を見習うっスよ。もっと俺っちを大事にするっスよ≫
「四人で行動してますね。学生時代の仲良しグループです。ああ、もうそこに来ていますね」
ゴブ君が視線をやった先には、すでに四人の人影がこちらに向かってきていた。
「「教官!」」
リオンとシエルの二人はゴブ君の姿を見つけると、全速力で教官に駆け寄ってっ来た。
「おお。お前達久し振りだな。一か月ぶりか?」
「学院を卒業してなのでそうですね。今は私達、軍隊に入る前に一年間冒険者として世界をまわっているんですよ」
シエルはポニーテールを犬の尻尾のようにブンブン振り回しながら、父親を見るように嬉しそうにしていた。
シエルとシャックスはリンちゃんの孤児院で育てられており、彼女を母親のように慕っていたので必然的に夫のゴブ君を父親のように見ていた。
最近は軍隊に入るためと最近は教官と呼ぶようになったが、それに嬉し半分さみしさ半分のゴブ君であった。
≪俺っちもさっき団長になったっスよ。神聖モテモテ団の団長っスよ。もっと敬ってもいいっスよ?≫
「それよりも教官は何でこんなところにいるんですか?」
シャックスは挨拶もソコソコに皆が疑問に思っていたこと質問していた。
「ああ、仕事でな。内容は極秘だ」
ゴブ君は少し困った顔をしただけだったが、それを聞いたシューリンが素早く顔を逸らしたのをリオンはバッチリと目撃していた。
≪極秘任務って!コケコケコケ。ただのテンプレのマッチポンプっスよ。コケコケコケ≫
「そうなんですか? 軍関係かな? あっ、すいません。詮索はダメですね」
シエルは尻尾を垂れるようにショボンとしていた。
シューリンがテンプレしたくてだなんて大事な教え子の前で言えないよなと彼らの様子を見ながらリオンは心の中で溜息が出ていた。
そんな会話をしているところに、さらに二人の人影が加わった。
「「先生、お久しぶりです」」
ルートゥとアリエノールは二人とも優雅にゴブ君に挨拶をしていた。
二人はシャックスと仲良くなる過程で、ゴブ君と知り合い戦闘訓練などの教えを乞うていた。
貴族のような上品な挨拶をした二人に、リオンはどこかで見たことがあるような顔だと眺めていたが、イケメンは敵だと認定し引っかかりを覚えた事は記憶の彼方へ追いやった。
ただイケメンを抹殺し、自分だけはモテてやると心に固く誓うリオンであった。
≪そうっス。イケメンは敵っス。主を団員一号に任命するっス。イケメンを抹殺するっス≫
ワキワキと騒いでいる中でシャックスがふとリオンを視界に止め、そのまま集団を抜けリオンの方に近づいてきた。
「おい、お前も黒目黒髪なんだな。悪魔の子とか言われて虐められてないか?」
シャックスの発言に従者が反応するかもと思ったので、ハンドサインで反応しないように指示をだした。
もっとも、従者達はリオンの指示がなくても、シャックスに殺気を向けることはなかった。
従者達の思考の根本にあるのは創造主か、そうでないかの二択だ。
リオンが君臨するキャルブヘイム天魔帝国の帝国臣民は全てリオンの所有物と考えており、従者がリオンの所有物を許可なしに破壊することは基本的にはない。
リオンに対し例え殺意を抱いた臣民がいたとしても即排除されることはないし、直接行動に出たとしても即抹殺されずに捕縛されるだけだ。
リオンの従者の中にも【悪逆】という裏切りのペナスピを持った者がいるので、不忠も忠誠心の発現と考えられている。
≪そうっス。彼は帝国臣民っス。ようは主のペットっス。従者は何かしてもじゃれてるぐらいにしか考えないっスよ。従者には殺されないっス。あれ?俺っち、主の眷属なのに何回も殺されてるっスよ。差別っスよ。コケコケコケ≫
もっとも臣民という身分を剥奪された瞬間に道端にある石ころと同等に見られ、些細な敵対行為でも従者にとっては抹殺対象となるが。
この従者の思考を真に理解しているのは従者のみであり、リオンはゲーム時代の従者の設定を覚えているだけで彼らの思考は何となくしか理解していない。
≪そうっス。主は俺っちの気持ちをもっと考えるっスよ。全くコケコケっスよ≫
「いえ、何とか大丈夫ですね。心配して頂きありがとうございます」
「そうか。俺も昔はこっちの大陸に住んでいて、色々嫌がらせ受けたからな。ある人に助け貰ってな、今の俺があるんだ。もし容姿の事で何か嫌なことされたり、言われたりしたら俺に言えよ。必ず助けてやるから」
シャックスは二カッと笑いながらリオンの黒髪の頭をワシャワシャと手荒に撫でた。
それを見ていたアリエノールとシエルは楽し気に二人の方に近づいて行った。
黒髪の男に既視感を覚えたリオンだが、二人の女性とシャックスを見比べ、彼を鈍感系主人公と認定し抹殺リストの二番目に書き込むのであった。
≪ちょっと待つっスよ。今リストに名前を書き込むっス。これでいたいけな女性が救われることになるっスよ。主!さっそく抹殺するっス≫
「気付かれましたか。創造主に拾われた御子は立派に育ちました」
≪いや、主は全く気付いてないっスよ。主もある意味で鈍感系主人公っスね。残念な奴っス。もうコケコケコケとしか言いようがないっスね≫
離れた場所でシャックス達の様子を見ていたゴブ君がボソリと呟いたが、ルートゥの耳がその音を拾ってしまった。
その音が脳をめぐっていき、彼はとんでもない結論を導きだした。
あの国で百八いる最強の者達に創造主と絶対視される存在、あの国の帝国臣民に天魔陛下と敬愛される存在、この大陸の人々に魔王として畏怖される存在。
その事実を知ったルートゥは青い顔をして、ゴブ君に問いただそうとするが声は出ず、口がパクパクと動くだけだった。
≪駄目っスよ。イケメンがそんな顔。絶望に導くのは我ら神聖モテモテ団っスよ。お尻洗って待ってるっスよ≫
そんな彼を見たゴブ君は人差し指を口に当て、凶悪な顔でニッコリと笑った。
安心させるためであろうが何も知らない人が見たら凶悪犯が悪だくみをしているようにしか見えないのだが。
「儂としたことが、うっかりだったな。シャックスが創造主に拾われた事は秘密だ、ルートゥ」
それを聞いたルートゥは自分の引きつった顔が若干戻っていくように感じた。
「私の父に話すのは止めておいた方がよいでしょうか?」
≪父ってあのゴリラっスか?あんなゴリラからよくこんな線の細いイケメンが生まれたっスね。こいつもそのうちゴリラになるんスかね。あれ?アリエノールちゃんもゴリラの娘っスよね?遺伝子の奇跡って奴っスね≫
ルートゥはゴブ君に言われて最初に浮かんだ疑問を口にした。
「それくらいなら大丈夫だな。知らない仲でもないしな」
「それにしてもシャックスはとんでもない奴ですね」
「そうか?こちらの世界に三百年以上いるが、創造主に拾われたのは結構いるぞ。皆立派に育ってるよ。シャックスは少しばかり腕白だがな。ガハハハッ」
「ハハハハハ」
ルートゥは心当たりのある人物を思いだし、乾いた笑いをすることしかできなかった。
そんなルートゥを伴いゴブ君もリオン達の元へ近づいて行った。
「ところで、これからお前達はどうするのだ?」
「俺達は王国から帝国へ向かって行く途中です。そろそろ時期らしいので腕試しに」
「そうか。もうそんな時期か。なんとしてでも生き残れよ。無駄死にだけはするな」
「油断はしませんが、俺達のパーティーは強いですよ」
「そうですよ。シャックスは馬鹿だけど私達は強いパーティーだからね」
「誰が馬鹿だよ」
ポニーテールを振り回し、ハンズアップをきめたシエルにシャックスは文句を言った。
≪俺っちもシエルちゃんの気持ちはよく分かるっスよ。俺っちもよく馬鹿の世話してるっスからね≫
「ほうほう。だが噂だと今回は龍種らしいぞ。なかなか強気だな」
≪ドラゴンなんて俺っちの回転ヒップアタック脱糞トルネードで一殺っスよ≫
ゴブ君は凶悪な顔をニィッとし鋭い牙を露にした。
「ゲッ! ドラゴンか。気を引き締めていかないと咆哮だけで死ぬな」
≪この世界のドラゴンは最強種でもレベル六十位っスよ。下位主なら二十ぐらいしかないっス。雑魚っス。戦闘力五か!ふっ!コケコケめって奴っス≫
「シャックスが暴走して死なないように、私がしっかり見張っておきます」
「俺をいつまでも子ども扱いするな」
「さっきの行動も十分無謀な子供だぞ」
シエルの保護者ずらにむくれたシャックスはルートゥの指摘に止めを刺されていた。
「でも、シャックス君の行動は優しさからですから」
もじもじと顔を赤らめて、シャックスを庇うアリエノールであった。
そんな様子を眺め、リストの実行に向けて闇の組織を作ろうと決意するリオンであった。
≪主も抹殺リスト作ったっスか?実行の時はすぐそこに迫ってるっスね≫
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