七話 赤ちゃん執事が母を弔います
初投稿です。
一章が終わるまでは一日二話投稿します。
午前7時と午後7時です。
一章は全十二話です。
よろしくお願いします。
地獄門が消えたことを確認したスイは犬が尻尾をブンブン振るようにリオンの元へいき、撫でろとばかりに頭をだした。
キラキラした目に逆えないリオンはスイの頭を右手で恐る恐る撫でた。
それを見ていたネムは一瞬目を見開き、トテトテとリオンに近づき撫でろとスイの横に頭を突き出した。
仕方ないなと空いている左手でリオンはネルの頭も撫でた。
≪甘い。甘いっスよ、主。ここは主としてビシッと……ヒィィィィ……ブルブルブル……あまりの恐怖にやってしまったっス≫
五分くらい撫で続けて疲れたのと状況把握をするために一端両手を放すと、二人とも捨てられた子犬のような顔をしてきた。
逆らっても大丈夫かと内心少しビビりながら、今は状況把握が大事だと心に活を入れ二人に向き直った。
「スイ、あの男はどうなったんだ?」
「あの無礼者は審判者に連れていかれ、地獄の拷問受けているのだ」
「アイツ指に潰されて死んだんじゃ?」
「大丈夫なのだ。審判者に殺されても直ぐに体は元通りになるのだ。もっともネルにやられた傷は回復しないのだ」
「じゃあ復活しても、あの脳髄剥き出しのまま? 神経に直接拷問ってエグイな。何回ぐらい復活するんだ?」
「一万年ぐらいは何回でも復活するのだ。これでも創造主への無礼の罰としてはまだ軽い方なのだ」
「む。ネルも殺さずしっかり神経を剥き出しにしてやったの な」
二人がフスンと鼻をならすようにドヤ顔を向けてくる。
怖いので反論せず、勅命を達成したことを褒めるためリオンは再度二人の頭を撫でるだけであった。
絵面だけ見ていると本当に可愛らし二人なのだが。
≪従者は創造主に無礼を働く者は瞬殺してしまうっス。もっとも創造主の持ち物と認識されている帝国臣民とかはいくら創造主に無礼を働いてもペット感覚なので殺されることはないっスよ。あれ?俺っちは主の眷属なのに何回か殺されてるっスね。あれ?おかしいっスね。主、抗議するっス。頭撫でて……ヒィィィィ……ブルブルブル……≫
ちなみに現在のリオンには創造主時代のスピリト等を使用することは一切できず、今回の勅命は記憶が戻ったリオンがカッコつけるために調子に乗って放った何のチカラもないただの言葉だった。
もっとも従者にとっての創造主の言葉はスピリトの有無に関係なく、それだけで歓喜に値するものである。
そろそろ頭を撫でるのを止めたいリオンだったが、なかなか止めるタイミングを掴めなかった。
今のリオンにとって従者達のデコピン一発で脳みそが爆散してしまうくらいチカラの差があるので彼らに害意がなくとも不慮の事故で死んでしまう可能性がある。
まして恐怖耐性のない現在のリオンには直接向けられていない漏れ出た殺気だけでも気絶ものであるのでビビッてしまっても仕方がないといえば仕方がない。
リオンは一呼吸入れ覚悟を決めて名残押しそうにする二人の頭を撫でるのを止め、少し距離を置いて佇むムストに向き直り声を掛けた。
「ムスト! 細事で呼び出してすまんな」
「いえ。我らは全て創造主のために存在します。主に使役させることこそ無常の喜び。いつでもお呼びください」とムストは臣下の礼をとった。
「そう言ってくれると助かる。用事が出来たらまたムストを呼ぶ」とリオンはニッコリ笑い、右手でムストの右手を握り左手で彼の肩を叩いた。
ムストは感激の涙を流し左手も添えようとしたが、リオンはその前に華麗に握手を止め怪しまれないように両手でパンパンと肩を叩いた。
触ってどうにかなるわけではないが、リオンはなるべくムストの不浄の左手には触れたくはなかった。
≪不浄の左手は化け物っすよ。使うと一定時間死ななくなるっスからね。流石の俺っちも殺されたら死ぬっスからね。ペナスピもヤバいっスね。コケコケコケ≫
「おおっ! 我が創造主よ。わたくしめに勿体なきお言葉」とムストはリオンの行動に気付かず言葉を返した。
「国に帰って役目をはたしてくれ」
「承知いたしました。では後の方もつかえておりますので、わたくしめはこれにて失礼いたします」と言い終わると同時に床が輝き長距離転移魔法陣が浮かび上がり、ムストを光で包んだかと思うとその身体は一瞬で消えていた。
転移魔法は時空属性に分類され、人族世界では系統化されていない伝説的な魔法である。
しかしリオン配下の従者は当たり前のように魔法又は魔道具によって使用されているが。
そもそもリオンや彼の従者はこの世界の生物ではない。元々は日本人であり、現代のただのサラリーマンだった。それがスピリトや魔法を自由に設計できるVRMMO≪九つの異界≫というゲームで最強ギルドを作成しヒャッハーと遊んでいたら、いつの間にかギルド拠点の城と百八人の従者と共に異世界に転移させられていた。最初の頃は全く気付かずに同じように二百年間ヒャッハーしていたのだが、気付いた頃にはすでに手遅れで魔族の国ではキャルブヘイム天魔帝国建国してしまい、人族世界では名乗ってもいないのに魔王と恐れられる存在になっていた。それから百年くらいはのんびりと過ごしていた。
そんなリオンだが、なぜ記憶が封印されて聖女の息子となっているのかだが、これは無理矢理にリオンが聖女に封印されたのではなく、彼の方から聖女にお願いして彼女のスピリトを使用し封印してもらった経緯がある。
≪ある意味、主が聖女を篭絡したんスけどね。コケコケコケ≫
彼女のユニークスピリト【処女懐胎】を使用しなければ、二進も三進もいかない状況になり身体だけを別の場所に封印し、魂を彼女の子宮に宿し子供として転生したのである。
スピリトの影響でリオンの記憶も同時に封印され、彼女が生きている間は記憶の封印が解けないようになっていた。転生したリオン自体はスピリトも魔力も一切ないレベルゼロのただの一般人となったが、母親を敬愛し彼女の病気を治す治療薬を探すために才能がない剣の稽古をしたりするマザコンぎみのとても良い子に育ったのだ。記憶が戻った現在の彼が彼女をどう思っているかは定かではないが。
≪主もある意味甘ちゃんっスからね。これだけ関わった人間は簡単には見捨てられないっスけどね≫
彼女はスピリトを使用してリオンを体内に取り込まなければ金髪碧眼のおっとりした母性溢れる誰もが振る向くような美人であり、実年齢も二十九歳と若かったが自身もリオンの出す毒素にやられたのか最近では身体が爛れ、髪なども抜け落ち醜い姿へ変貌していた。
もっともこんなリスクのあるスピリトの使用だ。何の対価もなしに提供されるものではなく【彼女の呪縛からの解放】という望みをかなえるためスピリト【勅命】をリオンは彼の従達に使用し、大まかな方針だけ伝え細かい決定は聖女と行ってもらうように指示しリオンは転生したのだった。
スピリト【勅命】とは従者にとって何にも代えて優先すべき創造主の言辞となり、勅命を受けることは快楽を伴う至高の喜びとなり、達成されたのちに賜る言葉にも従者の本能を揺さぶる愉悦に溢れるものとなる。もちろん他の従者が勅命を受けると嫉妬はするが、勅命達成を妨害することは創造主への冒涜で禁忌である。
ムストが消えた地面にスイが再び転移魔法陣を浮かび上がらせると景色は一瞬で草原から自宅の洞窟に変更されていた。
自宅の洞窟内には二人の人影がリオンの帰りを待ち構えていた。
一瞬ビクリとしたリオンだが、二人の姿を確認し警戒を解いた。
「我が創造主よ。ユゲム=オリアックスお召しにより参上しました」
カイゼル髭をたくわえた顔には満面の笑みが張り付き、燕尾服に蝶ネクタイのいわゆる執事然とした風体のユゲムは恭しく一礼した。
「我が創造主よ。風お召しにより参上しました」
風はレトロモダンな着物とメイドエプロンを着用したおかっぱ頭の黒髪の少女であり常に持っているお盆を右にずらして恭しく一礼した。
二人は優秀な執事と優秀なメイドである。
二人が従者の中で変わっている所はユゲムは赤ん坊の姿をしており、風は目線を合わせるためにユゲムを立たせたお盆を持っていることであろうか。
ユゲムは燕尾服の下には粗相のないようオムツを装着しているが、おしゃぶりを仕事中はしないというコダワリがある。
≪でもあれっスよ。オフの時はバリバリおしゃぶってるっスよ≫
蝶ネクタイを外して涎掛けを着けて仕事をする事などはご法度の所業であり絶対してはいけない禁忌であるとユゲム自身は語っている。
もちろんオムツを身に着けると、ごわつくので仕事中でもズボンは穿いていないのだが。
≪これも秘密っスけどオフの時は移動にカタカタを使ってるっすよ≫
おしゃぶりがなくとも赤ちゃん執事は優秀に仕事するのだが、一時間経過するとヨダレが垂れてくるというペナルティースピリトがある。
それ以上になると癇癪を起して駄々っ子になってしまう恐ろしいペナスピリトである。
逆に強化された有用なスピリトもあるのだが、ここでは割愛する。
風のペナスピは軽く三十分経過するとお盆を持つ手がプルプル震えるくらいだが、三十分を超えるとプルプルして安定してお盆を持つことが辛くなるので無表情ながら上司であるユゲムに色々な苦言を呈して仕事を止めさせようとする。
ここまでくると執事とメイドの我慢くらべの攻防である。
リオンは従者を見る度に、よくこんなしょうもないスピリトばかり作った過去の自分に文句を言ってやりたいと心の中で悪態をついてしまうのであった。
いくら悪態をついても何も変わらないので、リオンはムストの抱きしめたくなるような無垢な顔とそれに全くにあっていないカイゼル髭を見比べつつ要件を切り出した。
「ムストに確認したいのは母様、ああ彼女のことはシューリンと呼んだ方がいいのかな? まあ彼女との約束の【彼女の呪縛からの解放】の件だ。進行状況はどこまで進んでいる? 彼女の信頼を裏切る訳にはいかない。未履行の部分があるなら、最優先で進めてくれ」
「創造主よ。不躾がましいですが、シューリン様は約束のことを契りと言い張っておりました。そのように呼称される方がよろしいのではないでしょうか」
「そうなのか? では契りと呼ぼうか。遅延はあるのか?」
「滞りなく行われております。彼女の魂も既にグーリ様により回収されております。残っていることはシューリン様のご遺体の回収だけでございます」
「そうか。では彼女の遺体を回収し、丁重に葬ってやってくれ」
「かしこまりました」とユゲムは慇懃にゆっくりと一礼をした。
優雅な一礼だがやはり赤ちゃんだからだろうか、かなりの違和感があるのだが。
≪無害そうな赤ちゃん姿っスけど、普通に不定の輩には赤ちゃん拳法を使うから怖いっスね。俺っちも何度毛を毟られたことか……ブルブルブル≫
「それと記憶を取り戻したがまだ身体と記憶がなじんでいない。リハビリがてら、しばらく俺は国に戻らずこの大陸を放浪するつもりだ。なので現在地とその状況を教えてくれ」
≪嘘っス。絶対に嘘っスよ。何か企んでるっスよ。俺っちが監視して暴いてやるっス≫
「かしこまりました。西にフィンワーズ王国が、東にカークバリー帝国が存在します。現在地は王国と帝国の間の緩衝地帯となっている地域です。南西に三日ほど進むと村民三十人程度の村がございます」
「カークバリー帝国? そんなのあったっけ?」
「ヒレス=ザクセン様が弱小領主や弱小国家をまとめ上げ十年程度前に建国されました」
「ほうほう。ヒレスねぇ~」
≪あの筋肉ダルマっスよ。どうやったらあんなひ弱そうな若者があんな筋肉ダルマになるっスかね≫
「また現在はまだ両国間は平和ですが、三年以内に戦争が起こると思われます」
「そうか。だったら帝国は厳しいかな。王国も直接は不味いな。南東の村によって迂回しつつ王国の王都に入るとするよ」
「護衛はいかがいたしましょう?」
≪俺っちがいるっスよ。護衛なんて要らな…………ヒィィィィ……ブルブルブル……また脱糞したっスよ。お尻が緩くなってるっス。もうお腹には何も出すものはないはずっス。あっ!昔聞いた事があるっス。糞の七割が水分、二十五パーセントが腸内細菌で五パセーントが食物のカスでできてるっスよ。でも俺っちの糞の半分は優しさでできてるっスよ≫
ムストの言葉を聞いた瞬間視界の端で期待に溢れる瞳で見つめてくる二つの人影があった。
無言の圧力を感じたリオンは抵抗することは不可能だと悟り護衛をネルとスイにすることに屈した。
「それではそのように手配しておきます。それと創造主が封印されて以降、二人の従者が雲隠れしました」
「ああ。多分あの二人だな。行先は分かるか?」
≪もうあれは主が悪いっスね。絶、ヒィィィィ。俺っちは何も言わざるっス。見ざるっス。着飾るっス。あれ?何か可笑しいっすね?まあいいっス≫
「一人は王国に向かい十年以上潜伏しているようです。もう一人は多分ですが迷宮かと」
「分かった。王国に向かうので先にそちらを片付けよう。もう一人の方もどこの迷宮に潜んだか特定しておいてくれ」
「承知いたしました」
「その前に母様には一つ礼を尽くさないといけないな」とリオンは思い出したようにボソリと呟き、ゆっくりとシューリンの遺体に近づくと側で跪いてた。
「母様、貴女にとっては契りのただの相手だったかもしれませんが、僕にとってはこの世界で唯一の母親です。死ぬその時まで母様は私を息子として扱い続けてくれました。母様との楽しかった生活の全ては私の胸の中に思い出として大切にしていきます。僕にとって貴女は最高の母であり、最高の女性でした。母様の願いである≪貴女の呪縛からの解放≫は僕の全てを持って叶えます。どうか安らかにお眠りください」
リオンは母親への最後の挨拶を述べた後、彼女の頬に軽くキスをした後に白いベールを彼女の顔に被せた。
今、彼の頭の中には彼女との思いでが蘇っているのだろうか。彼の頬には薄っすらと一筋の涙の痕があった。
母親との別れを終えたリオンは視線をユゲム達に向けると、お盆を持つ手をプルプル震えさせる風とユゲムとの攻防戦が視界に入った。
手が限界に近づいているのかおかっぱ和服美少女がユゲムに徐々に酷い提案を初めているところだった。
「ユゲム様、創造主のご意向を実行すべく早急にシューリン様の遺体を回収し、国へと帰りましょう」
「いえいえ。今、創造主はシューリン様と母子の別れをされています。しばらくの時が必要でしょう」
「いえいえいえ。シューリン様の願いを叶えることが創造主の意向でもあります。早急に国へ帰りましょう」
「いえいえいえいえ。シューリン様の願いに創造主の別れのお言葉をお聞きになりたいという望みもあったようです。なので今邪魔をするのは野暮というものですよ」
「いえいえいえいえいえ。シューリン様にお別れの言葉なんて今さら………う、腕が……」
「腕がどうかしたのですか?」
≪風ちゃんはすまし顔してるっスけど、腕がプルプルしてるっス。後ろからツンツンしてやりたいっスね≫
「いえいえ。腕などと一言も申しておりません。プルプル。う、う、う、で、で、で」
お盆を持つ手がさらにプルプルしていき、お盆も若干揺れているようだ。
「おや、地震でしょうか? 地面が若干揺れているような?」
「いえいえ。あっ、地獄門の影響でしょうか。う、う、うで、うでが……」
「おや? 地獄門は既に封印されていたはずですが? ウデガーちゃんですか? そんな方いましたか?」
「うっ。分かっていてやっているでしょう?」
「いえいえ。貴女の仕事への誇りと創造主への忠誠心に尊崇していたところです」
「もちろんです。今の私は誰にも負けるつもりはありませんよ。キリ」
≪キリって自分で言うのはどうかと思うっスよ。俺っちみたいに貫禄があれば……ブリブリブリ≫
風の腕はプルプルからガクガクガクに変化し、お盆もグアングアン揺れていたがユゲムは姿勢一つ乱さずに優雅に佇んでいた。
それを見かねたリオンが二人に声をかけ、彼女の遺体を回収するように指示を出した。
それを聞いたユゲムはお盆からふわりと飛び、シューリンの遺体の側でクルリと回転し足から着地し、そのままオムツを着けたお尻を床に付けると後ろデングリ返しをした。
デングリ返しに何の意味があるのか分からなかったリオンは意味を尋ねるべく風の方に向いたが、彼女は腕のプルプルから解放され清々しい表情と共に袖から取り出した花柄の手拭いでお盆を力一杯ゴシゴシと拭いていたのが彼の視界に入り尋ねる事を諦めるのだった。
≪風ちゃんは綺麗好きっスからね。仕方ないっス。赤ちゃんのお世話してるから清潔な空間にはうるさいっスよ。≫
再びユゲムの方に視界を向けると、シューリンを抱えた赤ん坊がヨタヨタと歩いてこちらに近づいて来るシュールな姿が映った。
≪駄目っス。絵面的にシュールっスよ。主がネルちゃんにおんぶされるくらいシュールっスよ≫
リオンは一瞬大丈夫かと思ったが自分よりも遥かに強い赤ちゃんを心配しても意味がない事に気づき考えることを止めた。
ふらつきながらも風の側まで辿り着いたユゲムは風と共にリオンへと優雅な一礼を行った。
一礼が終わると風は持っていたお盆を床に放り投げた。
するとお盆から転移魔法陣が浮かび上がり遺体を含めた三人は魔法の光に包まれたかと思うと一瞬で姿が消えていた。
≪お盆マスター風ちゃんっスね。お盆を使わせたら世界一っスよ。あのお盆で百人分の食事も一度で運べるっスよ≫
もちろんお盆も風達の後を追い一緒に消えていた。
それを見ていたリオンは転移した向こう側で風がシレッとお盆を拾うのかなと考えると可笑しくてプッと吹いてしまった。
もし感想があればお願いします。
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