五話 魔王様覚醒する
今回、多少残酷な描写があります。
申し訳ありませんが苦手な方はご遠慮ください。
一章が終わるまでは一日二話投稿します。
午前7時と午後7時です。
一章は全十二話です。
よろしくお願いします。
「リオンちゃん。リオンちゃん」と泣き叫び続けていた聖女だが、リオンの心臓が停止すると操り人形の糸が切れたように地面に崩れ動かなくなった。
「アハハアハアハハ。いや~愉快。ゆかいですね~。クックックック」
男は押しとどめていた感情の閂が外れたように愉快そうに腹をよじりながら笑っていた。
しばらく余韻に浸っていた男だが聖女の反応が全く感じとれなくなったで、様子を見るため澱んだ瞳を彼女の方へと向けた。
「聖女様は大事な息子が死んでしまって発狂死でもしたのですか? そうだと悲しいことに僕と遊べなくなるんですよね」
男は聖女に近づき軽く彼女の脇腹を蹴ってみた。
蹴っても弾力のある肉の反発はなく沼に足を取られたようなドロリとした不快な感触がまとわりつくだけで、彼女の身体はピクリとも動かなかった。
「えっ! 本当に死んだのですか? 困りますね。僕はこれからどうしたらいいんですか!」
男の顔には先程の憎悪と嫉妬は微塵もなく、ただただ迷子になった幼子が母親を探しながら、涙を零さないように堪えている顔をしていた。
「彼の者の傷を癒せ【ハイヒール】」
男は慌てて聖女に右手を当て最高位である第六級位の神聖魔法【ハイヒール】を詠唱した。
右手から魔法陣が現れ、すぐに溢れるように温かな光が零れだし聖女の全身を包んだ。
しかし彼女の身体には何の変化もなく、彼女の胸に当てている男の鼓膜も震わすことはなく、静寂のみが洞窟に漂うだけだった。
「……っ……! せっかく……っここまで来たのに……っ! 僕の……! 聖女が、母が……」
我慢していた目のダムも決壊し、子供がびぃ―びぃ―と泣くように男は瞳からは大粒の涙を流していた。
「えぐっ、ひぐっ! かあ……ちゃん! ぼくの、ひかりが……」
男は聖女を本当の母親であるかのように強く抱きしめ顔を埋めて、すすり泣くだけだった。
一方、大量の血を流し心臓の停止したリオンだったが身体を眩く輝かしたかと思うと巨大な立体的に描かれた魔法陣が洞窟全体を覆った。
魔法陣に彩られていたスペルが順に光り、全てのスペルが輝くのを終えると魔法陣はリオンの身体へと再び吸い込まれていった。
光が収束した後に現れたのは無残な死体ではなく、傷一つないリオンの姿であった。
「う~ん。記憶が戻ったのか? まだ多少混乱しているのかな」
リオンはそのまま手を目の前にもってきて開いたり閉じたした後は、むっくりと起き上がり屈伸運動を開始した。
「ふむ。身体の異常はなしと。記憶が戻ったということは彼女が殺されたのかな?」
≪そう、誰も気づかなかったであろうがリオンこそ我が主だったっスよ。聖女、リオンの母親によって封印されていたが彼女の死によって記憶だけが蘇ったっス≫
自身の身体の確認を終えたリオンは表情を引き締めなおした。
「いるか?」
リオンの呟きに対し瞬きする間もなく二つの影がリオンの前に現れた。そして優雅に頭を垂れ跪いた。
「はっ! ここに! ネル=バッハ=モリガン お召しにより参上しました」
「はっ! ここに! スイ=ハルファ お召しにより参上しました」
跪いていたのは男によって殺されたはずの二人の姉であるが、姉弟のような気安さはなく君主へ忠義を立てる家臣の態度を示している。
≪これも読者には気付かれてなかったっスけど、姉というのは仮の姿! 真の姿は創造主リオンの従者っス。ちなみに俺っちは従者ではなくて眷属っス。主の魔力を糧にしている存在っス≫
「さてさて、色々確認したいことはあるが、まず俺の母親を殺したアイツを始末するかな」
男はリオン達の変化に一向に気付かず、聖女に縋り付きすすり泣きを続けていた。
「おい! 人の母親に向かって母ちゃんとか呼ぶんじゃねえよ! 気持ち悪い」
リオンは男に向かって叫ぶと、男は振り向きリオン達を視界に入れると驚愕の顔をした。
「あれ? 僕は確実に殺したと思ったのに……おかしいですね。でも彼女がやり残した分の苦しみまで味わってもらおうかな。ククック」
あれほど泣いていたはずの瞳に涙はなく、男は吐き気を催すほどの邪悪な笑顔を貼り付けていた。
リオンは男の言動には気にも留めず、一呼吸し「勅命である」と叫んだ。
直後スイとネルの二人は全身の神経を研ぎ澄ますように跪いてリオンの次に紡がれる言葉を待った。
「何のごっこ遊びですか。汚れたむすこ………」
侮蔑を込めた男の口からは最後まで言葉を紡ぐことはなかった。
なぜなら男の首は音もなく体から離れ、床にゴロリと転がっていたからである。
その状況を目の当たりにして焦るリオンだが、勅命を待つ二つの影には何の変化もなく、ただただ勅命を拝命するため跪いていた。
「………………」
「………………」
「………………」
リオンは二人の無言のプレッシャーに続く言葉が言えず、しばらく沈黙が続いていた。
二人とも我慢出来なくなったのか頭を上げウルウルした瞳でリオンを見上げ、身体もソワソワとしだした。
観念したリオンは「あの男を殺してもらおうと思ったけど死んじゃったから勅命はいらなくなったね」と跪いく二人に告げた。
それを聞いた二人は驚愕の顔をした。
特にネルは半眼を限界までカパッと見開き大粒の涙を流しながら、ガタガタと震えだした。
「我が創造主よ。ごめんの な。勅命を台無しにしたの な。どうすればいいの な」
男の首が切り離されたの原因はネルの言葉通り彼女の仕業である。
ネルはレベル百の武神の職業を持つ、リオンに作られし百八人いる従者の一人である。
この世界にはレベルという概念があり戦闘をしない一般的な人はレベルゼロである。
特別な戦闘訓練を受けた達人級が到達できるのがレベル一であり、レベル十となると伝説級の強さを誇る英雄や勇者となる。
それほどまでにこの世界ではレベルとは非常に上がりにくいモノであり、レベル一以上の差は隔絶した差を生む。
レベル百などどいう化け物の中の化け物であるネルが男にした行動はストレージから刀を取り出し抜刀して首を切り落とし刀を鞘に戻し再び刀をストレージ収納した、ただそれだけである。
それだけであるが、人外の速さであるから目の前で行っているにもかかわらず誰の目にも止まらないのである。もちろんその剣戟を防ぐのもほぼ不可能である。
「大丈夫。大丈夫。勅命の目的もあの男を殺すことだし。勅命前でも死んだんだから結果は一緒だよ」
ネルを慰めようとしたリオンだったが、リオンの言葉を聞いた彼女はさらに泣き出してしまった。
「創造主の言葉を聞かず勝手なことをしたの な。ネルはもう切腹するしかないの な」
困りはてたリオンは隣で跪くスイに助け船を願い視線を送った。
「恐れながら、我が創造主よ。我ら従者にとって勅命とは何にも代えて優先すべき創造主の言辞です。勅命を受けることは至高の喜びであり、達成させることは我らが命より重きものです。創造主の勅命を遮るのは従者にとって恥ずべき行為です」
「えっ!」
そんなに重大なものなの? 言わなきゃよかったと思いながら、どんどん見えない迷宮に迷い込んでいくリオンであった。
≪そう、主と従者の間には決定的な認識の違いがあるっス。従者にとって主の存在は自身の存在意義っス。主に設定さてた使命は何よりも優先されるっス。もっとも主は従者に変な使命を設定したせいでこの世界に転移してくる前は従者にチョイチョイ事故で殺されたみたいっスけどね。俺っちも何回殺されたことか……ブルブルブル……思い出したらちょっぴり脱糞した見たいっス」
「仕方ないのだ。創造主よ、ムストちゃんを呼び出し解決してもらうのだ」とスイが提案してきた。
「えっ? わざわざムストを呼ばなくてもスイがやればいいんじゃないの?」
「私は剣士なのだ。闇に飲まれし暗黒の剣士なのだ」とリオンの発言に被せるようにスイは言い放った。
「……………………」
しばらくスイを見つめていたが、跪きながら左手を右目に当てドヤ顔でポーズを決めるだけだった。
≪そう、この女は最強の魔法師のくせして近接戦闘の中二病を患っているっスよ。剣を振っても敵にまともに当たらないっスよ。そういえばこんな彼女にも弟子が一人いたっスね。何か偉そうな名前で呼ばれてたっスね。コ~ケ~?何だったスかね。どうでもいいから忘れたっス≫
ネルは鼻水やヨダレも垂れ流しで既にとんでもないことになっている。
床に倒れているネルはもう死んでいるのかもしれない。
他人から見たら幼女虐待のようで、リオンは落ち着きがなくなっていた。
「はぁ~仕方ないな。スイ、通信でムストを呼んでくれ。その後でよいのでユゲムもこちらに来るよう伝えてくれ」
「わかったのだ」
返事と共に空中で指を動かすスイだったが、五分ほどすると床に魔法が出現し中から白衣を着た眼鏡を掛けた金髪オールバックの美丈夫が現れた。
白衣の男はリオンの前まで近づくと、頭を垂れ跪いた。白衣の隙間からはワイシャツとネクタイが覗き、両腕にはなぜか軍手がはめられていた。
「我が創造主よ。ムスト=ルーディアンお召しにより参上しました」
≪そう、この男は従者の中で治癒や補助魔法に特化してるっス。この男に敵う治癒師はいないっスね。あ、俺っちの脱糞とだったらいい勝負するかもっス≫
「ご苦労ちゃん。早速で悪いけれど、そこに転がっている男を生き返らせてくれない」
「それは構いませんがスイ殿でも行えるのでは?」
「いや。彼女は剣士らしいので」
「そう私は剣士なのだ。黒き闇に導かれし闇黒剣の使い手」
「ああ。そういうことですか。そういうことでしたら、わたくしめの【聖なる右手、不浄なる左手】で生き返らせましょう」
「いや、左手はいい。右手だけで」
「そうですか」とムスクは残念そうな顔をして左手で眼鏡をクイッと上げた。
「スピリト発動【聖なる右手】」
言葉とともにムストの右手から眩い光の帯が溢れ出した。
巨大な光の塊は温かさを秘めており、その全てが男の死体へと降り注いだ。
すると男の胴体と落とされた頭が自然に動きだし、切断面が一瞬盛り上がるとお互いが求めるように惹かれ合った。
頭と胴が触れたかと思うと盛り上がっていた細胞が接着し、二度と離れないとばかりに傷痕までなくなり首は完全に固定された。
血液を失って青紫色をしていた皮膚も血液を取り戻し血色のよい赤い肌に変化した。
衣服に付いた血糊はそのままだが、男の身体に古傷も含め傷一つなくなっていた。
≪彼のスピリトは魔法ではないっスが右手を使うと死体であろうと無傷の状態まで完全回復するっスよ≫
しばらくすると男は目を覚まし、意識がはっきりすると首を切られる前の状況を思い出したのか急いで起き上がり戦闘態勢を取った。
「どういうことですか? 僕に何をした? 汚れたガキが!」
一瞬意識が飛んでいたと誤解した男は憎悪の籠る瞳でリオンを睨んでいたが、そんな男の行動に我慢できずネルが軽く殺気を飛ばすとガクガクと震え白目を向いて気絶した。
床に飛び散っていた男の血痕は男の糞尿で少し洗い流された。
もっとも、どちらにしても不潔であることに変わりないのだが。
≪俺っちじゃないっスよ。帝国紳士の俺っちが脱糞なんでお下品なことする訳ないっス≫
殺気を向けられた訳ではないが、余波でリオンも少しだけだがチビッてしまうのであった。
男の異臭で気付かれないことを幸いに、リオンはしれ―と漏らしたことはなかったことにした。
ここに匂いに敏感な獣人系の従者がいたらリオンは完全にアウトだったろうが。
気を取り直したリオンは一呼吸し、跪いているネルとスイに再度勅命という形で命令を出した。
「勅命である。かの者を誅殺せよ」
長くなったので話を分けます。
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