四話 主人公死す
今回、多少残酷な描写があります。
申し訳ありませんが苦手な方はご遠慮ください。
一章が終わるまでは一日二話投稿します。
午前7時と午後7時です。
一章は全十二話です。
よろしくお願いします。
自宅の前に辿り着いたリオン達だったが、自分の身体が悪いにも拘わらず、いつも出迎えてくれる母親の姿が見えなかったのを少し不思議に感じていた。
姉達程には奇怪な行動に出ない母親だが息子のリオンを可愛がっていることは疑いようがなく、体のために寝ていた方がいいのだが何かと世話を焼きたがるのだ。
≪そう、リオンの母親は誰もが黙るバカ母であったのだ。まあリオンも若干マザコン気味っスけどね。母親ほどじゃないっスね≫
ただ不思議に感じたからといって母親が出てくるまでボケっと突っ立っていることはできないので、三人は洞窟の中へと入って行った。
洞窟の中に入ると最初に目に入るのは開けたリビングのような空間だ。
≪残念ながら俺っちの部屋のこの洞窟にはないんスよね。紹介できないのが残念っス。どこにあるっスかって?あの雲の向こうらへんっスかね。もう一つあるっスけど今は秘密っスね。謎の多い鳥はモテるっすよ。参ったっスね≫
普段なら料理を皆で食べたりする憩いの温かい空間だが、今は重く陰惨な雰囲気が漂っていた。
≪おお、ここはヤバそうな場面っスね。俺っちは暫くナレーションは休憩するっスよ。AIが搭載された優秀なナレーターは空気を読むっスよ≫
部屋の異変に気が付いたリオンは部屋を急いで見渡した。
すると部屋の奥に倒れる母親と見知らぬ男の姿が目に入ってきた。
瞬間リオンの頭に血が駆け巡り、視界は真っ白になっていた。
気付けばリオンは殺意の籠った瞳で男を睨み、その胸倉を掴もうと行動していた。
ただ男の身長は百八十センチ弱あり百六十センチ程度のリオンでは対格差で軽く地面に叩き伏せられるだけだった。
背中から思い切り叩きつけられたリオンは「グハッ!」という呻き声と共に床に沈んだ。
「なんだ君は? この僕に触れようとするなどど汚らわしい」と汚い旅人の恰好をした男は侮蔑を含んだ瞳でリオンを見下ろした。
しばらくリオンを眺めた後、何かを思い出したように男の瞳の奥には全てを焼き尽くすような激しい憎悪と嫉妬の黒い炎が揺らめいていた。
「そうですか。貴様が汚れに堕ちた聖女の不浄の息子ですか」
一言呟くと男は一端リオンから目線を外し、敵意を剥き出しにしているネルとスイを視界に入れた。
「君達二人の情報はないがまあです。僕の【聖櫃の儀】の邪魔はされたくないので先に死んでもらいます。【貫通多重風弾】」
男は特に戸惑う様子もなく右手を二人に向けつつ、魔法のスペルをくちずちゃんだ。
詠唱が完了すると同時に男の右手には淡い緑色に輝く魔法陣が浮かび、陣の前には中心点が真空状態で周囲に嵐のような衣をまとった二十以上の弾丸が二人の少女へと襲いかかった。
魔法とは人族世界において学問として体系化され、各国の力の入れ具合には差があるものの日々研究されているものである。
系統としては火・水・風・土の四属性に分類される。
この他に光と闇の属性があるのだが、この大陸で絶対的な権力を握っている聖浄教会が光属性は神の加護無きものは取得することが出来ない崇高なもどだと喧伝し神聖属性として教会の支配下においた。
逆に闇属性は汚れた心に巣食う悪魔がもたらすものであり、魔族に連なりし者達の動かざる証拠であるとし徹底的に弾圧した。
男が使用した【貫通多重風弾】は人族世界で認定されている全部で三段階ある内の真ん中、中級位の風魔法に位置し、特別な戦闘訓練を受けた冒険者や騎士などでも中位以上の者でなければ防ぐ暇もなく殺されてしまう殺傷力の強い魔法である。
大した戦闘訓練をしていない二人には当然、残酷な結果しか待ち受けいない。
ネルに向かった十以上の弾丸は頭、首や心臓と人間のおおよそ人の急所となる場所にぶち当たり、まだ幼女と言っても過言でない身体を吹き飛ばし洞窟の硬い壁へと激突した。
彼女は呻き声さえ上げる間もなくそのまま微動だにしなっかった。
同様にスイにも十以上の風弾丸が身体に直撃したが、バチンという音と共に魔法が掻き消えてしまった。
「?」と首をかしげるスイだが、反対に男は驚愕に顔を歪ませた。
「なんです君は? なぜ僕の中級位の風魔法を防げるのですか? 高価な魔道具を持っているようには見えないが……魔法師ですか? それにしては何の詠唱も行っていないようですが」
精神は狂気に取りつかれながらも冷静に状況を分析し、魔法での攻撃を止め腰に吊り下げていた六十センチどのメイスの重さを右手に感じながら油断なくスイを見据えた。
その動作を見ていたスイも慌てて両手剣を正眼に構えたが刀身はプルプルと震えていた。
「ごちゃごちゃと煩いのだ。よくもネルちゃんとリオン君を。ゆるさないのだ」と可愛らし顔に不釣り合いに眉間に皺を寄せたスイは男を睨んでいた。
「武器を構えたところを見ると、魔法師ではないようですが。ふむ。かといってその構えでは剣士としても未熟なようですが僕は油断しませんよ」
男は呟きが終わると同時に身体を屈めた。
スイが息を吐いて吸った瞬間に男はスイの懐に入り込みメイスを下から振り上げ彼女の顎を打ちぬいた。
激しい音と共に天井に一端着地したスイの身体だが重力にあがらう事は出来ずに落下し床へと激しく打ち付け、そのまま身じろぎすらしなくなった。
「ふむ。今の一撃で絶命したでしょうし、先程の現象は不思議だが心配は杞憂だったようですね。後は聖女の体を僕のために捧げて頂くだけです。くくく……」
男の表情が一瞬で狂気から慈愛をもった穏やかな表情へと変貌した。
変貌する前の男の表情を見ている者がいたら、今いる人物が同一人物だとは分からないだろう。
「ぐふっぐふっぐふっぐふっぐふっ」
不気味な声を上げながら男は聖女の側で跪き、彼女の顔を覆っている白い布地を取り払った。
彼女の顔はお世辞にも人間らしい原型は留めておらず全体的に爛れており、目や口のまわりは腐りきって一部は剥がれ落ちている。
そのため目は飛び出ており、歯茎は口を閉じていても肉の剥がれた部分から見えていた。
「あああああああ! 僕の聖女。僕の……愛おしい人……私の心が……心臓が熱い……熱い、あつい」
普通の人なら目を思わず逸らしてしまうであろう聖女の顔に男は喜色の声を上げながら頬を紅潮させて頬擦りをした。
満足したのか男は聖女から顔を放し、だらしなく垂らした舌で腐りかけた口のまわりの皮膚を舐め始めた。
「これが恋焦がれた味。痺れる。私の舌が……痺れる痺れるシビレルしびれる。はあはあはあ」
ブツブツと呟きトリップ状態に入っていた男は、瞳孔は限界まで開き瞳には幼さが張り付いていた。
「貴女は僕を見捨てていなかった。でなけえれば僕の舌がこんなに痺れるわけがない。ぐはは。貴女にもやむに止まれぬ訳があったんでしょう。私も神からの試練として乗り越えましたよ。喜んでください。でも辛かった。悲しかった。貴女のいない世界なんて……」
卑猥な笑いが浮かんでは消え浮かんでは消えを繰り返していたが、今度は悲しみに表情を変え体を半分に折って地面に、嘔吐するように何も映していない瞳から大量の涙を流した。
「ああああああああ!心が……私の心が……欠けている。貴女に愛を、空虚を埋める愛を、愛を、愛を、愛、愛、愛、愛、愛、あい、貴女の全てを僕に注いでください」
腐りかけて膿んでいる顔の皮膚の肉を涎に塗れた男の長い舌でこねくり回した後、男は歯を立ててその肉を食いちぎってクチャクチャと咀嚼した。
「きゃぁぁぁ―」と何かが裂けるような悲鳴が洞窟の中に響いた。
腐りかけた皮膚であっても神経はだま繋がっているようで、聖女は痛みに耐えられずに意識を取り戻した。
食いちぎられた部分からはどす黒い血を汚泥のようにたらしている。
覚醒した聖女は襲われたことを思い出し男から離れようとしたが、それを男は許さず彼女の身体を抑えつけた。
「はあはあはあ。心が痺れる痺れる痺れる痺れる痺れる痺れる痺れる痺れる痺れるしびれるしびれるしびれるしびれるしびれるれるれるれるれるれるれるるるるるるる、心が……」
未だにクチャクチャと幼い子供が咀嚼するように、行儀悪く口を動かし口の端からは牛が反芻している最中のように涎が止めどなく垂れて続けていた。
「これが貴方の身体の一部なんですね。ああああああ。貴女が僕の体に入ってくる。熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い。体が熱い。貴女の全てを僕の体で受け止めれば僕の中で貴女と永遠に混じり合う事が出来る。ぐはははははは」
未だに男に押さえつけられている聖女は男に抵抗しようとしていたが男の力が強く拘束から逃れる事が出来なかった。
「どうしたんですか?僕は貴方と交わるんですよ。子供を作るよりもより神聖な事だ。僕達の愛は何と素晴らしいのか。さあ一緒に喜びを分かち合いましょう」
咀嚼しきった聖女の肉片をコクリと大きな音と共に飲み込むと、彼の全身に歓喜の波が押し寄せ彼の体を痙攣させた。
「ああ。心が痺れる。痺れる痺れる痺れる痺れる痺れる痺れる痺れる痺れる痺れる痺れる痺れる痺れる痺れる痺れる痺れる痺れる痺れる痺れる痺れる痺れる心が痺れる」
全身をガクガクと痺れさせながらも男は、拘束している聖女の顔に自分の顔を近づけ未だに流れている血を震えている舌でベトリと拭き取った。
「溶ける。溶ける。僕の体が溶けて貴女と混じり合っている。あああああああああああああ。体が熱い。熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱いあついアツい」
「止め! 気持ち……悪い。離れ……て」
「気持ち悪い?何を言っているのですか?これは神がお許しになった神聖な行為なんですよ。さあ早く混じり合いましょう」
拘束を解く事を諦めた聖女は口での抵抗は続けようとしていたが男には彼女の言葉は彼には届いていないようだ。
「気持ち悪いって言っているの!こんな辱めをするなら早く殺しなさい」
「貴女は分かっていないですね。これは貴方と僕のお互いの心を繋ぐ行為ですよ。さあ私と一つになるのです。ああああ、もっと僕に痺れを。心を震わす熱き痺れを。痺れる痺れる痺れる痺れる痺れる痺れる痺れる痺れるシれるれるれるれるれるル」
男には沸騰した血液が一気に全身に巡る際に感じる痺れを存分に味わいながら、聖女をさらに強く抱きしめた。
「貴方は誰? 私は貴方のことなんで知らない」
その言葉を聞いた瞬間、男の聖女への慈愛の心は憎悪と嫉妬という色の違う絵具でグチャリと塗りつぶされた。
「あと時の僕に言った貴女の言葉は? あの汚れたガキが貴女を狂わせたのですか? 堕落させたのですか? そうですか。そうですか。見せつけてあげますよ。貴女がいかに愚かであったかということを」
男の瞳には聖女の姿は映っておらず、ただ言葉だけ紡がれていた。
「リオンちゃんには手を出さないで!」
発狂したように男に向かって叫んだ聖女だったが、男は聖女を見ることもなく彼女の喉を右手でつかみその体を持ち上げ、懐からナイフを取り出した。
その体制のまま男は後方に気配を感じたので首だけをそちらの方に向けた。
そこには二人の言い争いで目覚めたリオンが立ち上がって男を睨んでいた。
「母様を放せ」
「あはははっ! 汚れた聖女様の汚れた息子がこの僕に命令ですか?」
リオンに男の視線は向けられているが瞳孔の開き切った瞳にはリオンは映っていない。
男は子供のように無邪気に笑いながら聖女の腹に蹴りを入れて、彼女を自分の後ろに放り出した。
聖女は男の後方へと崩れ落ち、ゲホゲホと咳き込む。
「母様!」
リオンはたまらず聖女の元に駆けつけようとした。
男はヘラヘラと笑いながら少年が近寄ってくるのを眺めていたが、すれ違いざまにリオンの腹に持っていたナイフを深く突き立てた。
リオンは何が起こったか理解できず駆け出した勢いそのまま母親の元に倒れ伏ふした。
「リオンちゃん! リオンちゃん!」
母親は息子の名を呼ぶがリオンの反応は乏しい。
それに反し母親がまとっている衣服は白から赤へと瞬く間に変化していく。
「あはっ! 僕を救ってくれなかった聖女の息子を僕が殺せる時が来るなんてね。これも全ては神のお導きですね」
「リオンちゃん! 大丈夫? 今手当するからね」
腹に刺さったナイフを抜き、傷口に手を当てて神聖属性の回復魔法を発動させようとした。
しかし、魔法の発動は男が聖女の顔面を蹴り上げることによって中断される。
魔法が発動せず、ナイフを抜かれた少年の腹からは堰を切ったように血が溢れ出ていた。
「嫌! リオンちゃん!」
蹴り上げられた顔面が一部陥没しており、かなりのダメージを負っているにもかかわらず聖女は息子の心配をして身体を引きずりながらも近寄ろうとしていた。
それを嘲笑うように男はリオンへと近づき、血を流し続けるリオンの腹に自分の足を勢いよく踏み込んだ。
「大事な大事な聖女様の息子は酷いことになってますね~。もう虫の息ですね。キャハハハハ。貴女には誰も救うことは出来ないんですよ。僕同様にね。キャハハハハはハ」
床に倒れたままのリオンは血の湖を作っており、その息は徐々に小さくなり始めていた。
リオンの意識は暗い闇の中にゆっくりと沈んでいった。
そんなリオンの頭の中に直接響く声があった。
その声は低く重いモノであったが、どこか温かみのある声だった。
≪チカラが欲しいか? 何者をも打ち破るチカラが欲しいか?≫
薄れゆく意識の中でリオンはその声をはっきりと聞いていた。
暗闇の中に一筋の光が通り、リオンの沈みゆく意識を辛うじて留めていた。
≪チカラを求めるなら我を掴み、我の名を叫ぶがよい≫
―― チカラ……。僕は母様を……助ける……ちからが……名前……て何? 知らな……
≪時間だ。汝の身体は活動を止めたようだ。汝が我の名を呼ばぬという事はチカラを求めぬか。それもよかろう≫
頭の中に響いていた声は意識を繋ぎ止めていた光の筋と共に泡のように消えてしまった。
―― 待って! 名前なんて…… 教え……
自分の意思は声の主には届くことはなくリオンの意識は汚泥のような闇へと沈んで行き再び浮き上がることはなかった。
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