ファーストボーイ
学校の課題として書きました。楽しんで頂けたら幸いです
毎朝同じ時間になるとアラームがリビング中になり響く、起きてスーツを着たら玄関の前の鏡で髪を整えて出社する。朝食なんて月人には必要ではない、そもそも月に朝と夜なんて感覚なんて存在しない、地球に朝と夜があるからって合わされるのは困る、こっちにはこっちの都合ってもんがあるんだ。会社に着くとデイブの野郎が“ファーストボーイ”と声をかけてきて俺がそれを無視する、これが毎朝のルーティーン化しているのは俺のストレス値によろしくない。デイブにストレス値を抑える薬代を請求してやりたい。仕事自体は楽で楽しい、俺の担当は地球からの観光客の案内だ。地球人を見るのは楽しい、地球人は平均身長が180cmも無いせいでこっちからしたら小学生に見える、逆に3m(月人の平均身長は3.1m)ある俺を見たときのリアクションもなかなか個性があって滑稽だ、こんなこと言ったら地球人差別だとか言って辞めさせられてしまうだろうな。
『1969年7月20日に人類が月に初めて到達してから55年、人類の急速な増加に伴い、新天地を求めてアメリカ統一国家(UNA)と中華人民共和国(PRC)の協力のもと月面国家設立計画、通称カグヤ計画が開始されました。』観光客が来るたびこのビデオを見せているがこんなもの地球でも習っただろう、海役所(注1)もこんなことに金をかけるなら海間の交通の便をなんとかして欲しいものだ。『月の重力は6分の1です。適度な運動をしておくと地球に帰還した際のリカバリー期間が短くなります』重力は月人にとって忌々しい呪縛だ。月生まれの俺は地球には行けない、地球の重力に耐えられず自分の体重で潰れて死んでしまう。だが行けなくてよかったと持っている。月から見た地球は灰色で岩しかないみたいだ。毎晩、地球の映像を流す特番を見ているが、深く考えずともあれは他の惑星に人が行きすぎて、人を呼び戻すために政府が作ったプロパガンダ番組だとわかる。地球が青いはずがない。仕事がやっと終わったと思ったら上司からの呼び出しだ。怒鳴りつけられるのかと思ってあからさまにめんどくさそうな雰囲気で挑んだがただの定期検診の通知か、しゃっきりしろと怒られたが誰の責任だと思ってるだ。
全月人は定期検診を受けなくてはならない、決まった周期に病院で定期検診を受けることになっているが俺だけ月に一度だ、他は2年に一回とかなのに、俺が月で産まれた初めての人類、“ファーストボーイ”だからだろう。毎月わざわざ隣の海にまで言って検診をしなきゃ行けないのはうんざりだし病院にいる月人が俺のことを見てくるから相手の頭を銃でぶち抜きたくなる。こんなこと考えてるからストレス値が上がるのだろう。検診は毎回同じニック先生なだけが救いだ、彼は俺が生まれた時から知っている。彼だけが俺のことをちゃんと“ファーストボーイ”なんてあだ名で呼ばず本名で呼んでくれる。だが医者も政府関係者だ、尊敬はし難い、出来るだけ会話はしたくない、だが一応医者だ先生とつけて呼ぶべきだろう。ニック先生が何を言っていたか覚えてはないが定期検診はいつも通り進んだ。最後が一番やりたくない検査で、額にあるツノがあったかのように見える二つの傷跡にプラグを貼り付けてあとは先生がボタンを押すだけ。あとは10分後くらいにベッドで横たわっていて起きるだけだ。意識がない間は何がおきているかわからないから苦手なんだ。ニック先生に聞いても教えてくれない、だから政府関係者は嫌いなんだ。
家についたらテレビをつけ、でかい椅子に座って、ネード社(注2)製のナイトロウィスキーをロックで飲みながら眠くなるまで待つ。地球はいいとこだの政府が作ったプロパガンダ番組とネード社のCMしかやっていない。つまらないように聞こえるが実際至極退屈である。だがそれがいい、変化のない毎日が人類の到達すべき究極体なのだ。毎朝同じ時間に起き、同じ仕事をこなし、定時退社をし、家でやりたいことをする。この毎日を変えたいと感じたことはない。俺はこの変化のない生活に幸せを感じる、結婚、ペット、とにかく第三の存在のせいでこの幸せを壊されるくらいなら地球に行って重力で押し潰される方がマシだ。テレビも毎日同じ内容のお陰でさらに幸せだ。『地球の川にはシャケとよばr』テレビをつけて椅子に座ろうとした瞬間、定期検診で最後の検査を受けた後と同じ感覚になった。だが今回は少し違う。意識がある。だが夢を見ているようだ。
頭が痛いようなふわふわとしていてやけ酒をした後のような感覚だ。無理に目を開けようとすると額が痛くなる。痛いのを我慢して目を開けようとするとまた意識がなくなる。諦めて自然に目がさめるのを待ってみたが永遠に感じる、役所で免許の更新するための列に並んでいるみたいだ。意識がない方が楽だから無理やり目を開けようとしては意識を失う、を繰り返した。何回やったかおぼえるのも飽きてきた頃、目が開いた。また意識がなくなると思っていたからいきなり目が開いてびっくりしたと同時に目の前が真っ白になった。いきなり目を開いたから光に慣れてないのだろう。少々時間がかかったが目が慣れてきた、目の前には女、周りには銃を持った男たちが十人ほど俺を囲んでいる。体が動かせない。右手で女の首を鷲掴みして足がギリギリ着くくらいに持ち上げている。左手には小銃を手に持っている。銃なんて初めて触った。理解しようと周りを見る限り家ではなくどこか知らない刑務所のど真ん中の机の上にいるようだ。『よくやったぞ、ファーストボーイ、女を殺すんだ』ニック先生の声がどこからか聞こえてくるが姿は見えない。首を掴んでいるから女は息をするのが苦しそうだ。左手が勝手に動き出す、それと同時に周りの男たちが騒ぎ出す。下ろせだの、ぶっ殺してやるだの言いながら俺の頭をライフルのようなお手製のお粗末な銃で狙っている。俺の左手の人差し指がトリガーを引くと同時に男たちも撃ってきたが頭が勝手に全部避けてくれた、何が起きているのかさっぱりわからない右手にいたはずの女は灰になって右手には何も残っていなかった。
人を初めて殺したはずなのに懐かしい感覚がする、体が勝手に周りの男を殺し始めた。自動で体が動いてくれるお陰で玉に当たる事無く安全に殺せる、どうやら俺の体は銃を持ってる相手しか殺さないようだ。隅で怯えている二人には銃口が向かない。意外とちゃんとしていると自分の体に感心した。人が灰に変わるのを見るのも見飽きてきた。また意識を失おうと思い目を閉じてみたが何も変わらない、早くいつものルーティーンに戻りたい。外は見えないし、時計も周りにない、時間が分からないのがこんなに苦痛だとは知らなかった。『任務完了だ。元の生活に戻れ。』ニック先生の声と共に意識がなくなった。目がさめると同時にアラームがなり始めた。いつものでかい椅子でテレビの前にいる、そしていつもの起きる時間だ。意識がなくなる前のことは鮮明に覚えている。夢ではないことは確信できる。だが現実だからどうした。いつもの生活を過ごせるのだ、気にする必要はない。いつもの時間に家を出て会社に向かい、いつものデイブのクソ野郎の自慢を聞き、いつものつまらないビデオを見て、家に帰ってテレビを見ながら眠り、また起きる。幸せの繰り返し、いつもの生活が始まろうとしていた。だが今日は少しだけ違っていた。玄関の鏡の前に立った瞬間、額の傷跡から何か見えていた。昨日の玉が額の傷跡をかすったのだろう、それが何かに気づく前に俺の体が勝手に動き出し、鏡を殴り、破片で首を掻っ切って床に倒れた。血ではない何か別の液体が溢れ出たが何の液体かわかるはずもなく、意識が遠のく中、玄関のドアが開き大勢の人たちが入ってくるのが見えた。
『フレデリック社長、ファーストボーイの機密保全モードが発動しました。彼は失敗作だったようです。』
『彼は失敗作ではない。彼はプログラムされた不変の生活を愛し、任務を遂行した。彼こそ我々が望む人類の究極体なのだ。直ちに代わりのセカンドを用意するのだ。』
(注1)月は海ごとに別れており職業や生活階級によって仕切られている、首都のある豊の海には政治家やその家族。科学者や教師、国に認められた才能溢れるものが住める賢者の海。地球の貴族が別荘をおく静かの海。犯罪者が送られる強制収容所の嵐の大洋などがある。上記の他の海は中流階級の住むとこか商業施設である。
(注2)ネード社はUNAとPRCよりカグヤ計画を委託された民間企業で月面での商業圏を独占しており、月で買えるもの、会社、公共施設、病院、学校、全てはネード社の管轄である。名前の由来は創業者兼現社長のフレデリックオスマンが第三次世界大戦の時に小型グレネード型核兵器を開発、販売を始めたことから。
お粗末様でした