一人にしないで
忌まわしい雲が流れ、月が姿を表す。
草花豊かな草原が照らし出されたそこには、
赤ん坊を抱いた老婆が息を切らし走っている。
老婆の後ろには狼の群れが迫っていた。
赤ん坊の顔は青白く息をしていない。
途惑いながらも動く事の出来ない僕は、
ただ呆然と老婆と狼の影を見つめていた。
狼との距離は縮まり、月が蔭る瞬間、
肩越しに振り向いた老婆の目が見開かれた。
その目が僕の視線に気が付き、思わず目を伏せると、
老婆が僕に向かって叫んだ。
ああ、どうかお願い、私を一人にしないで・・・と。
夢の恐ろしさで目を覚ます。
見回せば見慣れない部屋のベッドの中。
隣りに寝ている女もまた見慣れない女。
次第に回復する記憶、女はバーで拾った売春婦。
その寝顔は、夢で見た老婆にどこか似ていた。
かすかに身をよじると太股あたりに湿り気を感じた。
覗き込めばシーツが赤く染まっている。
嫌悪感に軽い吐き気、その後には罪悪感。
感情が精神に迫り、追い詰めようとしてくる。
逃げ出すようにベッドから滑り落ちると、
売春婦が僕に向かってこう言った。
ああ、どうかお願い、私を一人にしないで・・・と。
我慢出来ずに安ホテルを抜け出し、
人気の無い裏路地を選んで歩く。
空は月も星も見えない吸い込まれそうな漆黒の夜、
腕時計の針は午前2時を指している
大きな公園を横切る途中で、
ポツンと立った街灯の薄明かりの中、
四葉のクローバーを探す少女に出会った。
少女の横顔はどこか、あの売春婦に似ていた。
あたりの空気は重く、風も無く、蒸し暑い。
耐え切れず立ち去ろうとすると、腕をつかまれ、
少女が僕に向かってこう言った。
ああ、どうかお願い、私を一人にしないで・・・と。
ねぇ・・僕は一体どうしたらいい?