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掌編小説シリーズ  作者: 藤泉都理
2019.11.
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のど飴の日




 喉に違和感を覚えた時。

 それが些細なものであったとしても、私は長年愛用しているのど飴をなめる。

 のど飴でも、なめすぎれば虫歯になるかもしれないと言われていたので、数と時間は調整して。

 





「だから、これじゃないって言ったでしょうが」

「のど飴だろうが」

「私が頼んだのじゃない」


 何か買うものはあるか?

 外に出ていたあいつから電話があったので、のど飴をお願いしたらこれだ。

 何度口酸っぱく言ったって、覚えられない。

 覚えようとしない。


「頼んだ私が莫迦だった」

「せっかく買ってきてやったのに。試してみればいいだろ」


 新商品。

 わざわざシールが貼られているそれを横目に、買ってくると言い捨てて横切ろうとすれば、待てと制止のお言葉。


 ああ、今日は、か、今日も、か。

 胸がざわつく。

 

「せっかく久々に会うのに、ほかに何か言う事はないのか?」


 確かにそうだ。

 久々だ。

 私だって、会うのを楽しみにしていた。

 だけど、




 お互いに一人を好む。

 だから、一緒に暮らさなくていい。

 気まぐれに会おう。


 世間の夫婦とはズレがあるのを承知で結婚。

 届を出していない、お互いの意思のみでの。


 この道を選んでよかったと心底思う。

 色々と面倒でないから。




「じゃあ、さようなら」


 のど飴くらいで。


 背中越しに届く唾棄の言葉。


 はいはい、わるうございましたね。


 心の中で反省の言葉。

 口は今、への字にするだけで精一杯なのだ。






 喉に違和感を覚えた時。

 それが些細なものであったとしても、私は長年愛用しているのど飴をなめる。

 のど飴でも、なめすぎれば虫歯になるかもしれないと言われていたので、数と時間は調整して。

  

 平べったい球体を一粒取り出して、口の中に入れる。

 少しだけ舌の上で遊ばせてから、右から左へと、内頬を移動。

 薬と銘打つだけあって、身体によさそうな独特の味。

 爽快さを持つ、不思議と安堵する味。


 わるうございましたね。


 涙ぐんだのは、のど飴の所為である。 

 気が緩む味でもあるのだから。



 気分は夕暮れだが、現実は昼真っ盛り。

 青い空に、芸術的な雲に、ぽかぽか陽気。


 今度会った時に、謝れるだろうか。

 今は無理だけど。


 喉に痛みが生じた。

 これはいけない風邪が本格化し始めたか。

 要らない感傷に浸ってないで、さっさと帰るか。




 

 

【悪かった】


 帰ったら、机には謝罪の文字が記された紙が一枚。

 チラシの裏だったのはご愛敬。


「いつになったら、」


 その紙を両手で握りつぶして、丸めて、勢いよく家から飛び出した。

 私が愛用しているのど飴はこれだと、缶を眼前に突き付けてやる。






「悪いんだろうけどさ」


 積もりに積もった。

 とは言いすぎかそうではないのか。

 新たに加え高くなった、のど飴の缶の山を真正面に迎えて、溜息一つ。


「たまにはいいだろうが」


 捨てようと思っているが、どうしてか実行に移せない自分を莫迦だとあざ笑いながら。

 様子を見に行くかと、腰を上げたのであった。


 口を利いてくれないのは、少なくとも自分の所為でもあるのだから。

 必要なものを買いがてら、今回くらいは折れてやろう。

 今回だけ、


「おれのもんも置かせろっての」 






(2019.11.15)




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