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掌編小説シリーズ  作者: 藤泉都理
2018.6.
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懐古の雨




 ほんの少し。ちょびっとだけ。

 運命の出会いを信じてみてもいいのではないだろうか。




 急に振り出した雨。

 凌げる場所へ避難する人々。

 店の小さなひさしの下に居る私。

 少女マンガよろしくそんな乙女チックな思考に耽ったっていいではないか。



「・・・・・・・・・」

「・・・・・・今野か」


 高校時代の鬼教師と再会するまでの短い時間ぐらい。




 先生に名前を憶えられていた事に驚いたが、でも、嬉しくはない。

 抹消してほしかった。

 この鬼教師に名前を憶えられているのは、決して優秀な生徒だったからではない。からだ。

 逆だ。

 だからと言って、非行に走ったわけではない。

 ただ、



「大学では遅刻はしていないか?」

「はい」


 嘘ですけど。

 でも、一限だけだから。

 あとはパーフェクトだから。


 先生お久しぶりです、や、

 よく覚えていましたね、や、

 人違いではないですか、など。

 挨拶を交わす事なく先生は質問をぶつける。


 当たり前、なのだが、先生はいつまで経っても先生なのだ。

 強面不愛想きっちしかっちし変わらず。

 細かいところは変わっているだろうが、きちんと見れていないので、わからない。


 はあ。

 溜息をつきたい。

 ここから逃げようにも雨脚はどんどん強くなっている。

 逃げ込める店は遠い。


 先生はそうかと一言返して、だんまり。

 視界と心の触覚が見事にシンクロしている。


 別に先生に訊きたい事なんかないしな。

 ぼーっとしているか。


 多少の気まずさは、思考回路に休止を与えれば簡単に消える。

 長所だと思っている。


 ざーざーざー。

 ザーザーザー。

 カチャカチャ。

 かちゃかちゃ。

 プチ。

 ぷち。


 先生が携帯を使っている。事実に何故か思考が働きだす。


 機械音痴っぽかったのに。

 すらすらすら。

 黒板にチョークで文字を書くみたいにそれはもうスマートに使っている。


 なんだかなあ。

 知ったってどーにもならないんだけど。



「先生。奥さんとデートですか?」

「夫婦でもデートが採用されるならデートだ」

「この時期に万全の用意しなかったんですか?」

「用意はしてある」


 ごそごそ。

 眼鏡を掛けていれば縁がきらりと光りそうな表情で、先生は鞄から折り畳み傘を二本持ち上げた。


「理由ができましたね」

「あいつも二本持っている」

「それは残念ですね」

「濡れるなんて御免被る」

「・・・・・・学校に返しに行きます」

「理由ができただろ?」

「先生に怒られた記憶しかありませんよ」

「学校の方が叱りやすい」


 うへえ。

 口から不平不満を零す。


 お礼を申し上げて、折り畳み傘を受け取る。


 なんだかなあ。

 先生にそーゆー好意を持っていたなら、そして、持とうとするなら、嬉しい申し出。

 不倫に発展しちゃう?

 なんて、莫迦げた思考で妄想突っ走るのだが。

 皆無も皆無。

 この後に待ち受ける季節みたいにカラッカラだ。




「明後日、月曜の五時に職員室に来たまえ。遅刻厳禁だぞ」

「はい、先生」


 お互い畏まって、そして面白がって告げると、先生は折り畳み傘を開いて、さっさと行ってしまった。


 なんだかなあ。


 少女マンガみたいなキラキラした青春は過ごさなかったし。

 大した思い出なんかないのになあ。



 ざーざーざーざー。


 雨脚は強くなるばかり。


 今の私の心境BGMにピッタリ。




 パンと勢いよく開いて、面白くもない無地黒を見上げて、遠くで光った雷にかなりビビッて駆け走った。


 同時に、どうしてか、安心感もあったりして。


 油断は大敵ですけどね。










 後日。折り畳み傘を返しに学校へ行った。

 お礼の手土産、お菓子の詰合せ千円以内を持って。


 そして、質問。ぼんやりとした答え。事細かに説教を喰らった。


 やはり、油断大敵。


 先生、おそるべし。






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