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掌編小説シリーズ  作者: 藤泉都理
2019.4.
65/2215

古典名歌選 霞と山かげ



 

 霞がたつ春の日。

 この条件下でだけ姿を現すのは、たった二人の子どもら。

 頭上が平らで猫背の子、流と身が細く色白の子、笑。



 誰かが整えたのでは感嘆するほどに、段々に置かれた大岩たち。

 武骨な岩々を少しでもなだらかにせんと、さらに美しく魅せんとする、無量の苔たち。

 岩と苔の、上を、合間を流れるのは、山陰の水。

 岩と苔と川が、この清涼な空間を創り出したのか。

 喉で霧散されず肺にさえ届く、この冷たい空気を創り出したのか。


 流と笑。

 先に相手の姿を見つけたのはどちらであったか。

 先に声をかけたのは、どちらであったか。

 先に笑ったのは、どちらであったか。




「…おい。子どもら。私に争う意思はないし、縄張りを奪おうとも思っていないので、この縄を解いてもらおうか」

「だめだ」

「いいよ」


 刹那の出来事であった。

 何かが頭上から降ってきたかと思えば、いつの間にやら川の傍に、全身を蔓で厳重に巻かれて転がされていた。

 幸い、頭には巻かれていないので、何が起きているかを知る事はできた。

 仰向けの身体の両脇には、生意気そうな子どもと、純粋無垢な子ども。

 俄かには信じられないが、このたった二人のこどもらの仕業なのだろう。


 不思議と危機感はない。

 子どもだから、という理由ではない。

 この子どもたちだから、である。


「だめだ」

「いいよ」

「だめだ」

「いいよ」

「だめ」

「いい」


 頭上で激しく言い合う二人の子。

 これは折れさせる手段が必要か。

 いいものがあるぞと微笑めば、余計にひどくなった。 


 結果、腹が痛いと棒読みで訴えれば、簡単に蔓は解かれた。

 有り難いが、少し不安である。

 こんなに簡単に騙されてはいかんぞと説教をしたくなるし、その素直さをいついつまでも持っていてくれと切望したくなる。

 流と言うんだよ。私は笑。おじさんは?

 訊かれて、私は左豊だよと答える。

 おじさんじゃないと訂正はしなかった。


「はい」

「なにこれ?」

「手毬。ええと、こうして遊ぶんだよ」


 流から貰った丸薬を呑んだら、先程よりも身体が軽くなった。

 ありがとうと言えば、そっぽを向かれた。

 ううむ。これは仲良くなるのに時間がかかりそうだ。

 手毬に夢中なのも、笑だけだし。

 流は興味の、き、も示さない。

 一緒にやろうよと誘う笑に近づく私と、一歩も動こうとしない流。

 笑は頬を膨らませたが、それでも流はそっぽを向いたままだ。




「君たちは霞の立つ日にしか現れないね?」

「なんだ、退治にでもしに来てたのか、おっさん?」

「違うと断言はしておこうね」


 手毬を抱きしめて眠る笑の傍らで、川の水よりも冷たい視線をぶつける流に、真摯に向かい合った。

 暫しの無言。そして、外される視線。向かう先は、


「私はね、ここに身を隠しに来たんだよ。本当はここを終の棲家にしたかったんだけど」


 瞬間、鋭い視線が突き刺さる。

 苦笑をして、やおら首を振る。


「認めてもらえそうにないから、もう少ししたら帰るよ。だからもう少しだけここに居させておくれ?」

「…おっさんが首を傾げても気色悪いだけだっての」

「本当に君は口が悪い」


 くっくっくっと全身を揺らして、けれど出てくる音は小さい笑い声を零したら、流は睨みを利かせながらも、口を尖らせたまま口を開いた。なんと器用な事だと感心すると、莫迦にされたと思ったのか、蹴りを一撃喰らってしまった。洒落にならないほど痛い。しかしそれはほれ、大人の意地。涼しい顔をして耐えてみせた。


「…笑がおまえに懐いている間は居させてやる」

「ありがとう、流」

「ふん。帰る時は手毬を持って帰れよ」

「いや、それは笑にあげたからいいよ」

「だめだ」

「………わかった」


 鋭く重い叱責に、気落ちする。

 少しは懐かれたと思ったら、どうやら思い違いをしていたらしい。

 しょんもり。


「…渡せばいいだろうが」


 聞き間違いかと、流の顔を凝視したら、笑の身体を抱えて姿を消してしまった。

 どうやら聞き間違いではないらしい。

 にやける顔を抑えはしなかった。










「流」

「…あいつが帰るまでは、な」

「うん」



 

 可憐な白い花を咲かせたかすみそうの傍に転がる手毬。

 険しい顔から一変、悲し気な表情を浮かべた一匹の河童は、川の奥に姿を消した。






「ねえ、人間が来ているね」

「………」

「追い出そうよ、私たちで」

「………」

「私の名前は笑。あなたは?」

「……流」


 とおい、遠い昔。

 数えるのが面倒になるくらい昔の話である。

 笑と出会ったのは。


 そして、まだ数えられるくらい前に出会ったのは、左豊。


 まだいる。

 げんなりしながらも、口の端は僅かに上がり。

 手毬を一緒にしようとの、笑と左豊の誘いをすげなく断った。




(2019.4.26)




[霞たつながき春日にこどもらと

 手毬つきつつこの日暮らしつ]

(良寛)


[霞の立つ長い春の日、子どもたちと手毬をつきながら今日を暮らしたよ]


[山かげの岩間をつたふ苔水の

 かすかにわれはすみわたるかも]

(良寛)


[山陰の岩間の苔を伝い流れる水が澄み切っているように、私も隠れてかすかにすみ続けている事よ]


【参考文献 : 新総合図説国語 改訂新版 東京書籍株式会社(高校の時に使っていた教科書)】


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