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掌編小説シリーズ  作者: 藤泉都理
2019.1.
53/2265

バイク便




 お願い。お願いだから。今日は届いて。

 この願いに一抹の疑念も持ち合わせてはいない。

 この願いが自分には微塵も関係なくとも。


 はやく。早く。彼らが望むものを。




「これ、今日の分です」

「いつもありがとね」


 さっきまでの鬼気迫る勢いはどこへ消え去ったのか。

 いつも受け取りに来る彼、安藤さんは、いつものように意気消沈して、同じ様子の職場の人たちの元に戻って行く。

 別に自分が悪いわけでは決してないのだが、届けられなくてすみませんと心の中で謝り、彼らに背を向けて別の場所へと向かう。 


 彼らに尋ねようか。

 そして、彼らが望む住所と名前を書いた封筒を手渡そうか。

 とても莫迦な事を考えるのは、何十回目だろうか。

 彼らが必要としているのは、そんな上っ面のものではない。

 彼らが必要としているものどころか、住所や名前さえ知らない自分でも、それぐらいはわかっている。

 けれど、莫迦な事を考えずにはいられないくらいに、彼らは必死で。自分もだから、必死になってしまうのだ。



「感情を引っ張られ過ぎだよねー、上ちゃん。そんなんじゃあ、身が持たないぞ」

「先輩今日も元気で何よりですね私の分はこれですかじゃあ行ってきます先輩も気を付けて」

「わーお。上ちゃんも。って。聞こえないか。今日こそ届けられるといいんだけど」




「これ、今日の分です」


 今日こそは。

 彼らの心中が、熱気が、祈りが、何の障害もなく、自分にも届けられる。

 心臓が煩い。

 束の封筒を一枚一枚、注意深く、素早く、鬼気迫る勢いで、震える手で、住所や名前をなぞっていた彼の血走った細い目が、くわりと見開いた。かっぴらいた。手どころか、全身の震えが大きくなっている。

 来たんだ。

 そう確信した途端、血が逆流しているみたいな感覚に陥った。

 鳥肌もすごい。

 何も言わずに、仲間の元へ駆け戻る安藤さんは、不自然な急停止をしたかと思えば、自分に身体を向けて、満面の笑顔で言ったのだ。 

 ありがとう、と。


 ぶわりと、涙が堰を切ったように流れ出した、瞬間、勢いよく頭を下げて、玄関に向かって走り出した。

 

 自分にはまったく、これっぽっちも関係ないのに、




「明日が休み、ってだけが理由じゃないんだよね」


 とても、とても嬉しそうな寝顔を見せる可愛い後輩を、勢い込んで担ぎ上げ、自分のベッドに寝かせてから、まだ残っている果実酒に手を伸ばす。

 たまたま、明日の休日が重なったので、自宅で飲む事にしたのだ。

 にこにこにこにこ。

 笑顔とよかったですねを繰り返す後輩は、いたく可愛い。


「ま。これで私の疲れも吹っ飛ぶわ」


 届け物を待ち望む顧客もいれば、その逆も然り。

 理由など知らないし、知ろうとはこれっぽっちも思わないけれど、受け取りを拒否する顧客を明後日はどう言い包めて受け取らせようか。


「ま。こっちは面白がっているからいいんだけど」


 明日は可愛いかわいい後輩に、肩の力を抜く事も教えてあげよう。

 

 ふわぁと、大きなあくびをして、自分の布団を敷いて、眠りに就いた。





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