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掌編小説シリーズ  作者: 藤泉都理
2018.10.
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天使




 玄関も窓も施錠はしっかりしてある。

 そんな密室の部屋のどこから入り込んだのか。

 それは問題ではない。


 何故なら、






 風を受け流す、スマートでおしゃれな鶏冠。

 朱肉を付けた小指の腹でしっかり押されたかのように、紅に染まる頬。

 炭で軽く擦ったかのような、灰色が流れる渋い羽。

 何でも素直に呑み込んでしまいそうな、つぶらな純黒の瞳。

 計算なのか、天然なのか、ふりふりとリズムよく動く長い尾。

 護ってやりたくなるような、小枝のようなあし。

 好きなものを好きなだけあげたくなるような、小さなくちばし。


 銀杏と白。

 色が異なるだけで、他の外見的特徴が瓜二つの、そんな愛らしいオカメインコと思われる鳥が二羽。

 

 自分が横になっている時にだけ現れる。


 この時間が、何よりの癒しの時間だった。




(ああ、がんばれ、がんばれ)


 右に、左に。大きく上下に揺さぶりながら頭上を飛ぶ白へと、声を出さずに応援する。

 目をかっぴらきながら。


 林檎か梨かは判別できない。

 どちらかの種かもしれないし、もしくはどちらともかもしれないその種が落ちてきて、目に入るかもしれなくても、関係ない。

 天使の落とし物なのだ。

 その状況をつぶさに拝見して、拝受しなくてどうしろというのだ。


(ああ、眼福)


 目をかっぴらくと、決まって銀杏が自分の鼻に止まって、目を護るように覆ってしまうから、白の姿は見えなくなる。

 けれど、間近で銀杏の羽毛が見られるので、決して不満はない。

 

 自分は老木だ。老木。呼吸も浅くして、微動だにしない。

 触りたい欲求を限界まで抑えている。

 だから、口元がにやけるのだけは勘弁してほしい。






 ああ、今日もこれといって、いい事はなかった。


 速攻で温い弁当を食って、風呂に入って、歯磨きして、

 横になろう。

 銀杏と白に癒されるのだ。

 心躍り、しかし、心が沈む。


 今日で、銀杏と白が現れて一週間目である。

 なんとなく、予感はあった。

 

 天使が下界に下りていられる時間は限られていることぐらい、知っている。


 たった一週間。

 されど一週間。


 仰向けの時でなければ、白が種を落としてくれる事もなければ、銀杏が鼻に乗っかって来る事もない事を知った。

 白の調子が悪そうな時は尾を大きく振り、白の調子がいい時にも、やっぱり大きく尾を振る、銀杏の白への愛情の深さを知った。

 調子が悪い時にはひと声も鳴かないくせに、調子がいい時だけひと声鳴く、白の銀杏に対するカッコつけを知った。


 まだ、

 まだまだ、




 自分は老木である。


 だから、欠けた箇所から水が流れ落ちて来ても、仕方ないのだ。




「いくなら自分も、」




 初めて声を出せば、頬に痛みが走った。

 銀杏と白が趾の痕がつくくらいに、両頬を攻撃したのだ。











 いつの間に眠ってしまったのか。

 鏡に映る、銀杏と白の趾の痕に、目の周りの酷いありように、無表情で見つめながら、枕の周りに散在する種を、一粒ひとつぶ拾い上げて、ベランダに出る。

 そこにある植木鉢に、種を植える。

 

 今はまだ、何も芽吹いてはいない。



 本日、土曜日。

 恋人に別れの電話をかけた。

 会社はまだ保留。

 実家に用がないのにメールを送った。




 寝転ぶ。

 仰向けにではない。

 うつ伏せだ。


 不意に、背中に重みを感じる。

 二つの存在。

 決して、軽くはない。



「もう少しだけ、」


 音の応えはなく、重みだけが増した。

 それで、十分だった。






 数十分後。

 うつ伏せのまま、腕に隠していた顔を上げてみれば、変化に気付く。 

 銀杏と白が、顔の輪郭が僅かに見えるくらいの大きさの、おかめの仮面をつけているのだ。


 自分は、くしゃりと顔を歪ませた。 




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