天使
玄関も窓も施錠はしっかりしてある。
そんな密室の部屋のどこから入り込んだのか。
それは問題ではない。
何故なら、
風を受け流す、スマートでおしゃれな鶏冠。
朱肉を付けた小指の腹でしっかり押されたかのように、紅に染まる頬。
炭で軽く擦ったかのような、灰色が流れる渋い羽。
何でも素直に呑み込んでしまいそうな、つぶらな純黒の瞳。
計算なのか、天然なのか、ふりふりとリズムよく動く長い尾。
護ってやりたくなるような、小枝のようなあし。
好きなものを好きなだけあげたくなるような、小さなくちばし。
銀杏と白。
色が異なるだけで、他の外見的特徴が瓜二つの、そんな愛らしいオカメインコと思われる鳥が二羽。
自分が横になっている時にだけ現れる。
この時間が、何よりの癒しの時間だった。
(ああ、がんばれ、がんばれ)
右に、左に。大きく上下に揺さぶりながら頭上を飛ぶ白へと、声を出さずに応援する。
目をかっぴらきながら。
林檎か梨かは判別できない。
どちらかの種かもしれないし、もしくはどちらともかもしれないその種が落ちてきて、目に入るかもしれなくても、関係ない。
天使の落とし物なのだ。
その状況をつぶさに拝見して、拝受しなくてどうしろというのだ。
(ああ、眼福)
目をかっぴらくと、決まって銀杏が自分の鼻に止まって、目を護るように覆ってしまうから、白の姿は見えなくなる。
けれど、間近で銀杏の羽毛が見られるので、決して不満はない。
自分は老木だ。老木。呼吸も浅くして、微動だにしない。
触りたい欲求を限界まで抑えている。
だから、口元がにやけるのだけは勘弁してほしい。
ああ、今日もこれといって、いい事はなかった。
速攻で温い弁当を食って、風呂に入って、歯磨きして、
横になろう。
銀杏と白に癒されるのだ。
心躍り、しかし、心が沈む。
今日で、銀杏と白が現れて一週間目である。
なんとなく、予感はあった。
天使が下界に下りていられる時間は限られていることぐらい、知っている。
たった一週間。
されど一週間。
仰向けの時でなければ、白が種を落としてくれる事もなければ、銀杏が鼻に乗っかって来る事もない事を知った。
白の調子が悪そうな時は尾を大きく振り、白の調子がいい時にも、やっぱり大きく尾を振る、銀杏の白への愛情の深さを知った。
調子が悪い時にはひと声も鳴かないくせに、調子がいい時だけひと声鳴く、白の銀杏に対するカッコつけを知った。
まだ、
まだまだ、
自分は老木である。
だから、欠けた箇所から水が流れ落ちて来ても、仕方ないのだ。
「いくなら自分も、」
初めて声を出せば、頬に痛みが走った。
銀杏と白が趾の痕がつくくらいに、両頬を攻撃したのだ。
いつの間に眠ってしまったのか。
鏡に映る、銀杏と白の趾の痕に、目の周りの酷いありように、無表情で見つめながら、枕の周りに散在する種を、一粒ひとつぶ拾い上げて、ベランダに出る。
そこにある植木鉢に、種を植える。
今はまだ、何も芽吹いてはいない。
本日、土曜日。
恋人に別れの電話をかけた。
会社はまだ保留。
実家に用がないのにメールを送った。
寝転ぶ。
仰向けにではない。
うつ伏せだ。
不意に、背中に重みを感じる。
二つの存在。
決して、軽くはない。
「もう少しだけ、」
音の応えはなく、重みだけが増した。
それで、十分だった。
数十分後。
うつ伏せのまま、腕に隠していた顔を上げてみれば、変化に気付く。
銀杏と白が、顔の輪郭が僅かに見えるくらいの大きさの、おかめの仮面をつけているのだ。
自分は、くしゃりと顔を歪ませた。




