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掌編小説シリーズ  作者: 藤泉都理
2026.6.
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2386/2445

もうこんなあさごはんはいやだ




 もうこんな朝ごはんは嫌だ。


 いつかの、誰かの、叫び声が聞こえる。

 いや。

 今現在の、俺の叫び声だ。

 声ならぬ叫び声だった。






 地球という辺境の土地に行って占領してこい。

 子どものおまえ一人でも楽勝に占領できるぐらい、体力もなければ知能指数も低い生物しか居ないからさっさと仕事をこなしてこい。

 でなければ。

 ああ、そうだったな、おまえにはこの脅しは必要なかった。

 記憶のないおまえには。

 ああ気にするな。

 さくっと行って、さくっと帰って来い。


 司令官の望むままに、あらゆる言語の翻訳やシールドなど、あらゆる機能が備え付けられている漆黒の鎧を身体に縫い付けられた、尖がった耳が特徴の宇宙人の子どもは一人用の宇宙船に乗船しては地球へと降り立ち、いつものように宇宙船から下船すると同時に攻撃を仕掛けようとしたその瞬間。宇宙人の子どもは様々な武器を構える地球人に囲まれたかと思えば眩い光に襲いかかられて、意識を失ってしまったのであった。




 地球侵略を図る宇宙人は死刑。

 子どもと言えど、そして、情状酌量の余地が認められたとしても関係なく、この判決が覆る事はない。

 死刑執行は一か月後。

 それまでは、牢屋で過ごしてもらう。

 脱走はお勧めはしない。

 早死にしたいのであれば、止めはしないがね。






(もう、こんな朝ごはんは嫌だ)


 漆黒の鎧を縫い付けられた宇宙人の少年は地球言語では発音できない名前だったので、牢番に美環びわと名付けられ、床、壁、扉、天井が特殊な石積みで作られ、トイレ室とシャワー室とベッド、差し入れやご飯が出し入れできる隙間が設置され、四つの監視カメラで監視され続けている牢屋で過ごし続けていた。

 抵抗も脱走も何もせず、ただベッドに横たわって、死刑執行の日を待ち続けていた。

 本当ならば、自爆をしていて、すでに死に絶えている命だった。

 漆黒の鎧に備え付けられている爆弾。

 故障したのか、地球の武器で破壊されたのか、それとも。

 それとも、司令官が、誰かが憐れに思って爆弾の作動を止めてくれたのか。

 拘束されては、意識を取り戻した美環に死刑判決が下されて、牢屋に収監されて、思考は駆け巡るが、何の感情も生まれなかった。

 死刑執行日になったとしても、何の感情も生まれはしないはずだった。

 しかし、思いがけない事が起こってしまった。

 一日、二日、三日、一週間が経ち、二週間が経ったところで、初めて、感情が生まれたのだ。


 美環にはひとつだけ、自分自身で決めた事があった。

 提供されるものはすべて食べるという事。

 なので、母星で出される不味くも栄養価が高い土と汚れた水も残さず食べており、この牢屋で出される日に三度の食事もすべて平らげていた。

 けれど、何の感情も生み出さなかった。

 ただ、自分が決めた事を遂行しているだけであった。

 だというのに、三食を食べ続けて二週間が経ったところで、美環に初めて感情が生まれてしまったのだ。


(もうこんな朝ごはんは嫌だ)


 食事の提供場所、提供者は同じなはずなのだが、どうしてだか、朝ごはんだけは特別だと思うようになってしまった。


 塩おにぎりが三つ、具材が毎日違う味噌汁、梅干しひとつ、沢庵三切れ。


 美環はこの朝ごはんにひどく心を動かされていた。

 この朝ごはんと昼ごはん夕ごはんの何が違うのか。

 真剣に悩んだが、具体的な答えは見つからず。

 ただ、朝ごはんは温かかったのだ。

 無論、昼ごはんも夜ごはんも温められた状態で提供されている。

 にもかかわらず、朝ごはんだけが温かいと思ってしまった。

 生きていたい。

 明日もこの朝ごはんを食べたい。

 そう、胸が締め付けられるような願望が生まれてしまった。


 死にたくない。

 家族と会いたい。

 家族など居ない。

 貧乏がゆえに家族に捨てられた。

 金目当ての家族に捨てられた。

 捨てた家族に何故会いたいと願う。

 俺の命を命と思わない家族も司令官も赦さない。

 妹だけ。

 俺の味方は同じく家族に捨てられた妹だけ。

 妹。

 ああ。妹はどこに行ってしまったのだ。

 捜さなければ。

 妹だけでもあそこから脱獄させなければ。

 いや。俺は死ぬ。

 死ぬのだ。

 いいや。

 死ねない。

 死にたくない。

 妹に会いたい。

 妹と共にこの朝ごはんを食べたい。

 食べたいのだ。


 喜怒哀楽あらゆる感情を誕生させる朝ごはんを、美環はひどく憎んだ。疎んだ。悪魔の食べ物だと罵った。けれど。食べる事を止められはしなかった。止めよう、止めよう、止めよう。何度も何度も何度も唱えたけれど、手も口も止められはしなかった。嚥下を止められはしなかった。美味しいと思ってしまう事を止められはしなかった。


「おいしい………おいしい。おいしい。おい、しい。妹といっしょに」


 恨めしい、恨めしい、恨めしい。

 朝ごはんを作った者がひどく。

 断言できる。

 朝ごはんと昼夕ごはんを作っている者は絶対に違う。

 同じ者であったならば、こんな感情は生まれはしなかった。

 恨めしい。

 恨めしい、恨めしい、恨めしい。


「あんたのせいでっ!!!」


 朝ごはんは気に入ってくれたかね。

 死刑執行日前日の事であった。

 割烹着とほっかむりを身に着けた、丸坊主で背筋が伸びている小柄の高齢男性は、美環の牢屋の中に入って来たかと思えば、叢雨むらさめと名乗ったのちに、美環に尋ねたのである。

 その瞬間。美環は叢雨に飛びかかろうとしたが、目に見えないシールドが美環と叢雨の間に発生し、声で、声だけで飛びかかる事しかできなかった。殴りかかる事しかできなかった。


「あんたのせいでっ!!! あんたのせいであんたのせいであんたのせいでっ!!!」

「死刑執行は中止になった」

「………は?」


 思いがけない言葉をそっと優しく差し出された美環は、シールドを叩きつけていた拳を止めた。

 叢雨は小さく頷いては、言葉を紡いだ。


「ぬしさんの、美環さんの母星で反乱が起こって、これまでの軍事政権から民主政権に変わった。もう他の星への侵略は行わないと宣言した。地球と同盟も結んだ。俺たち市民は知らなかったが、秘密裏に地球も美環さんの星の民主主義者に助力を頼まれて動いていたらしい。そんで。俺たちも動いていた。侵略してきた宇宙人を全員死刑にするのは止めてほしいってな。その声も。そうさな。五十年間上げ続けて、ようやく。ようやくだ。届いた。美環さん。ぬしさんは自由だ。その惨い黒の鎧からも解放される。時間はかかるが。だから、黒の鎧が外される間だけ、美環さんは、地球に居てもらわにゃならんが。妹さんと。遊里ゆうりさんと一緒にな」

「………っ」


 叢雨が言い終えると同時に扉が開いては、美環と同様に、漆黒の鎧を縫い付けられた宇宙人の少女であり、叢雨に遊里と名付けられた美環の妹が、美環の前に姿を現わした。

 美環は足に力を籠めては飛び上がり遊里に抱き着いた。


「〇▽■っ」

「#*〇っ」


 美環と遊里は母星の言葉でお互いの名前を呼んだ。呼び合った。

 およそ、三年ぶりの再会であった。

 この煩わしく恨めしい漆黒の鎧を早く取り外してほしい、取り外して早く、妹の、兄の素顔を見せてほしい。

 元気でいたのか。どうしていたのか。いや、言わなくてもいい。辛い過去など思い出さなくていい。こうして生きていてくれただけで。これから。これからたくさん。共に生きよう。生きて、したい事をたくさんしよう。見つけよう。幸せになるんだ。なってみせるんだ。

 伝えたい言葉は山ほどあったのだが、表に出て来る事はなかった。

 名前を呼ぶだけで精いっぱいだったのだ。


「うむ。じゃあ。行こうか。その鎧が外れるまでのぬしさんたちの仮の家に。俺の定食屋に」

「………」


 本当にあんたの話を信用していいのか。

 あんたを信用して妹と共に行っていいのか。


(母星の事もあるし。司令官の事も。本当に解放されたのか。あんたに、誰かに利用されるんじゃないか。まだ。まだまだまだ。呑み込めない事がたくさんで。だけど。このチャンスを逃しはしない。妹と一緒に生きられるチャンスを。もしもの時は。俺が妹を守る。もう俺は。誰かの機械人形になんかなりはしない)


 過った疑問はけれど、表に出る事はなく。


(それに。それに。本当に。あの朝ごはんをこのじいさんが。叢雨さんが。作ったってんなら。俺は。食べたい。食べたいし。俺が。作りたい。作って。妹に食べさせたい。叢雨さんにも………苦しかったけど。辛かったけど。本気で恨んだけど。それでも………それでも。俺を生き返らせてくれた朝ごはんを、今度は俺が)


 美環は頭を下げて、世話になりますと声を大きくして言った。

 遊里もまた頭を下げて、お世話になりますと声を大きくして言った。


「うん。じゃあ。行こうか」

「朝ごはんっ!!!」

「うん?」


 背を向けた叢雨を呼び止めた美環。美環を見てくれる叢雨に、視線を右往左往させながら、朝ごはん美味しかったですと、大きな声で言いたかったけれど、か細い声で言ってしまった。か細い声しか出なかったのだ。


「これからは朝ごはんだけじゃない。昼も夜も俺の手料理が食えるぞ。楽しみにしてろ」


 叢雨は口を大きく開けて満面の笑みを浮かべて言ったのち、行こうと両の手を美環と遊里へと向けた。

 美環と遊里は互いに顔を見合わせたのち、おずおずと叢雨の手を掴んだ。

 やわく掴まれた手をやわく掴んでのち、叢雨は歩き出した。

 もう一度顔を見合わせた美環と遊里は、小走りして叢雨の隣まで距離を縮めては、叢雨と歩行速度を同じにして歩き始めたのであった。











(2026.6.2)




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