麗しのポニーテール
トップスとスカートが一体型の紺色のジャンパースカート、白シャツ、赤リボンの制服を身に着けた中学二年生の少女、相川知世は、姿見に映る自分のポニーテールを睨みつけていた。
まるで、木の葉や木の枝が絡まっているゴワゴワのしっぽが威嚇をしてさらにゴワゴワさが増したかのように、ゴワゴワした漆黒のポニーテールが、ふっくらした顔と同じく大嫌いだった。
何軒もの美容室に足を運んでも、このゴワゴワのポニーテールがツヤツヤスルスルのポニーテールへと変貌を遂げる事はなく、一時はもういっその事、丸坊主にしてしまおうかと本気で考えてしまった事があるくらいに、このゴワゴワの髪の毛が大嫌いだった。
(はあ。憧れのポニーテールにできるまで我慢して髪の毛を伸ばしたけど。高い位置で黒の紐ゴムで結んで背中まで垂れ流す事にも成功したけど。ゴワゴワ。触り心地も最高だって弥代は言ってくれるけど。そりゃあ、私だって、ゴワゴワの見た目と違って、触り心地はふわっふわで最高だって思ってるけど。見た目がゴワゴワじゃあ、意味がないし。あ~あ)
「万葉先輩が羨ましい」
中学校の校門で挨拶運動を実行している万葉を遠くから見つめては、知世は溜息を出した。
中学校三年生の少年、斎藤万葉。
三年続けて生活委員会所属。
学ランと学生帽を規則正しく身に着ける万葉は規則に厳しすぎると嫌われ者の一面もある一方、凛々しい顔立ちに艶やかでサラサラのポニーテールが似合う美しくもストイックな少年として人気者である一面もあった。
「おはようございます」
「おはようございます。相川さん。ちょっと待って下さい」
「はい?」
羨望の眼差しを向けるだけ、挨拶を交わすだけの万葉から初めて呼び止められた知世。まさか万葉の髪の毛と自分の髪の毛を交換してほしいと考えていた事がばれてしまったのかと思いつつ、エスパーじゃあるまいしそんな事あるわけないじゃんとツッコんでは、じゃあ何か規則違反があったのか、叱られると首を竦めて万葉に向かい合った。
「髪の毛に葉がくっついていますよ」
「え? あ。ありがとうございます」
万葉は二枚の手鏡を使って、背中に垂れ流している知世のポニーテールにくっついている新緑色の葉を見せた。
知世はポニーテールを前に回して、新緑色の葉を取った。
知世は再度ありがとうございましたと頭を下げてその場を去ってのち、昇降口に辿り着くまでの間に、新緑色の葉を鞄の中のノートに挟み込んだ。
(………はあ。うう。きれいな人は動作も声も全部がきれいだよ。もう。羨ましいし、けど怖いし。はあ)
「え?」
知世が扉が開け放たれたままの昇降口に踏み込んだ時だった。
知世の瞳に映ったのは、靴箱が並んでいる景色ではなく、教壇、黒板、椅子、学生机が設置している教室内の景色だったのだ。
瞬間移動でもしたのかと目を白黒させる知世は、教室内に居る五人の男子学生を見て泡を食った。
五人全員が万葉だったからだ。
「え? あ。え? あっ! 夢っ!」
知世が叫んだ瞬間、五人の万葉が一斉に知世を見た。
五人の万葉の視線を集めた知世は、蛇に睨まれた蛙のように身体が動けなくなってしまった。
迫力が凄まじかったのだ。
「おやおや。これは麗しの藤の花の君じゃないか?」
「な。なな。なんでここに。私たち以外の人間がっ!? これは由々しき問題だっ!!」
「ひひ。これはこの世界の崩壊の予兆だ。ぶっ壊れろぶっ壊れろ全部っ!!! ひゃはははははっ!!!」
「どうでもいい。つかれた。ねむりたい」
「………」
妙に煌めいて軽薄な万葉。
妙におどおどしている万葉。
妙に暗黒微笑を浮かべる万葉。
妙に死んだ魚の目をしている万葉。
妙にどこを見つめているのか分からない万葉。
知世が知っている凛々しく美しく線引きがしっかりしている真面目な万葉はどこにもおらず、ますますこれは夢だとの認識が強まったものの、何故こんな変な夢を見ているのかさっぱり分からず混乱極まれりの状態であった。
(え? なに? 私の深層意識が映し出した夢? 私、万葉先輩の事、こういう目で見てたの?)
「ふふ。ここは君の深層意識じゃないよ。万葉の深層意識。真面目過ぎの万葉のバランスを取るために私たちが生み出されたってわけだよ。麗しの藤の花の君」
「バランス。万葉先輩、は、無理をしているんですか?」
混乱極まれりの状態から抜け出せずにいるはずの知世の口は勝手に動いていた。
妙に煌めいて軽薄な万葉は白い歯を見せながら、ポニーテールを片手で華麗に払いつつ、本人は意識していないけどねと言った。
「生活委員会に所属している万葉は生徒にも、時に先生にも注意をしているだろう。人に注意をする事は結構な力を使う。ストレスを感じてしまう。けれど、本人はそんなもの知るかと己を労わらない。進み続ける。休息を知らない。家出も学校でも己を律し真面目に生活を送る。まったく。困ったものだよ」
「そう。なん。ですか」
「ああ。そうなんだよ。だから君が万葉を、私たちを癒してくれないかな。麗しの藤の花の君」
「私。そんな。無理です。だって。私。万葉先輩に挨拶以外で話しかけるなんて。癒すなんて。そんな。無理です。私にはとても荷が重いです」
「いいや。万葉はね。君を気に入っているよ。藤の花を連想させる麗しいそのポニーテールが似合う君をね」
「藤の花?」
「そう。藤の花。蝶々の形に似た小さな花が連なっている藤の花。可憐で妖しくて美しくて甘やかな香りを放つ藤の花を連想させる君のポニーテールは麗しい。君は麗しい」
「そ………ん、な。こ、と。は」
カァァァァァ。
知世は全身が沸騰したかのように熱くなってしまった。
少年に、しかも、憧れの先輩に褒められて、動揺せずにはいられなかった。
「さぁ。麗しの藤の花の君。万葉を、私たちを「おい」「万葉先輩」
迫って来る妙に煌めいて軽薄な万葉と知世の間に割って入って来たのは、知世がよく知っている万葉だった。
「おやおや。ナイトの登場だね」
「………相川さん。引きずり込んでしまいました。申し訳ありません」
「せん、」
万葉が知世の顔に手をかざした瞬間、知世の意識は急速に遠のいてしまったのであった。
万葉は意識を奪った知世を受け止めては、妙に煌めいて軽薄な万葉に縦一列に並ばせた椅子に寝かせてのち、知世の額の上で手をかざしてこの世界の記憶を取り除き、元の世界へと戻したのであった。
「おやおや。せっかく仲良くなれる貴重な機会だったのに。ふふ。言っておくけれど、君も望んだから麗しの藤の花の君はここに連れ込まれたのだよ」
「………分かっています。君だけを責めるつもりはありません。私にも非があります。つい、力を使ってしまっていたようです」
「ああ。あの新緑の葉に籠めていたようだね」
「このような卑劣な手で相川さんの気を引こうなどと、私もまだまだ修行不足です」
「そうだね。さっさと一歩を踏み込まないと、また麗しの藤の花の君を引きずり込む事になるかもね」
「………」
「おやおや。そんな顔をしてもまったく怖くないよ。だって、私は君だからね」
「………さっさと消してしまいたいですよ」
「楽しみにしているよ」
挑発的な笑みを向ける妙に煌めいて軽薄な万葉に背を向けた万葉は、元の世界に戻ったのであった。
「ああ。早くまた君に会いたいよ。麗しの藤の花の君」
「知世。なんか。うん。あれ? きれいになったね。え? 昨日と随分印象が違うけど。なんかあったの?」
教室に入った知世に話しかけたのは、知世の友人であり、おかっぱ頭でまん丸い眼鏡を身に着けている少女、神田弥代だった。
「え? ううん。何もなかった。はず。なんだけど。なんでかな。今日の私のポニーテール、いいじゃんって、思って。嬉しくて」
「そうだね。いつもいいけど、いつも以上に、いい感じじゃ」
「うん。ありがとう」
はにかみ笑顔を向ける知世に、本当に何があったんだと首を傾げながらも、きっといい事と心配事の両方があったのだろうと思いつつ、追究はしなかった弥代であった。
(古来人間はいい事と悪い事の両方に直面した時に一皮むけるって言うけど。力になれる事はなるからね)
「ねねね。今日もふわっふわのポニーテールに触れてもよろしいでしょうか? 知世嬢」
「ふふ。よろしいですわよ。弥代嬢」
(2026.5.12)




