初恋の味はカレーライスでした
頭の上部に細長い純白の猫耳を、尾骶骨の位置から長く細い純白のしっぽを生やす以外は、人間と外見が同じ猫人族の青年、雪白。
頭の上部にふさふさでまるっこい伽羅の猫耳を、尾骶骨の位置からふさふさで太く短い伽羅のしっぽを生やす以外は、人間と外見が同じ猫人族の青年、伽羅。
ダンジョン攻略者として駆け出し中の雪白と伽羅。ダンジョンの地下五十階中の五階まで足を運ぶ事に成功しては、見つけた宝箱を開けた時だった。
「うげっ。これ。悪魔の食べ物じゃないかっ!?」
宝箱に入っていた食べ物を目にするより先にその臭いを嗅いでしまった伽羅。宙返りしながら前方に遠く飛び退いては、強く鼻を抓んで臭いを嗅げないようにしたが、すでに鼻にこびりついてしまい、鼻洗浄をしなければもうこの臭いから逃れられそうにないと舌打ちをした。
「うげえ。さいあく。目も痛い。喉も痛い。鼻も痛い。イガイガする。ヒリヒリする。チリチリする。シバシバする。ジンジンする。もう。冒険服で覆われていない皮膚が全部痛い。雪白。早くダンジョンから撤退して、村に戻って、全身を洗い流そう。って!?」
真っ赤に充血してしまった目ももうずっと閉じていたいと思っていた伽羅は、必死になって開けた目で信じられぬ光景を目撃してしまったのだ。
雪白が宝箱からご丁寧に皿の乗せられた悪魔の食べ物を取り出すばかりか、スプーンを使って、必死に息を吹きかけて湯気を追い払っては、口にしているのである。
「ばかっ!!! そんなもん食べるな死ぬぞっ!!!」
「邪魔をしないでくれっ!!!」
「なっん。だよ」
伽羅は雪白の気迫に気圧されてしまい、発する言葉が弱弱しくなってしまった。
「僕はただ、おまえに。だって。そんなもん食べたら。内側から身体が崩れちまうぞ」
深手を負うのも厭わず、伽羅は雪白が大事に持っている悪魔の食べ物を奪い取り地面に叩きつけようとしたのだが、叶わなかった。
雪白が悪魔の食べ物を持ったまま後方に飛び退いたのだ。
それだけではない。
伽羅を睨みつけたのである。睨みつけたままなのである。
「悪い。伽羅。君が俺を心配してくれた事はよく分かっている。だけど。この食べ物は。カレーライスは。食べたいんだ。結子が俺のために作ってくれたものだから」
「かれえらいす? 結子。って。あの。ダンジョンに迷い込んで来た聖女か? 確かもう、穢れた地を浄化して異世界に帰ったはずだろ………そういえば。結子。うっすらとだけど、その悪魔の食べ物。いや。かれえらいす。の臭いを纏っていたな」
「ああ。伽羅はカレーライスの匂いが苦手だからって、離れて歩いてろくに結子と話さなかっただろ」
「ああ。まあ。臭いだけじゃなくて、厄介事に巻き込まれ過ぎだから危険回避のためだったってのもあるけど。僕まで巻き込まれたら雪白も結子も助けられなかったし」
「ああ。そうだな。ダンジョンの地下三階から出るまで結子と一緒に行動してたら、豪雨や強風や豪雪に見舞われたり、穴に堕ちたり、強力な魔獣に襲われたり、奇々怪々な現象に襲われたり。そのくせ走るのが遅くて、本当に。厄介な聖女だったが………おっとりとした笑顔が本当に可愛くて。そのくせ危険な香りを纏わせて。結子。カレーライスが好きだって。お世話になったから絶対にお礼に手作りのカレーライスを食べさせてあげたいって。このカレーライスから結子の匂いもする。どんな方法を使ったかは分からないが、これは結子が俺にくれたものなんだ。結子は約束を果たしてくれたんだ。ああ。分かっている。猫人族の俺たちとカレーライスの相性は極めて悪い。熱いし、辛いし、刺激が強すぎる。食べるなって、全身が警戒音を鳴り響かせている」
「だったら」
「悪い。伽羅。もし俺が死んだら。ばかな猫人族が居たって。笑い話にでもしてくれ」
「………ばかやろう。僕が死なせないから、安心して、死にかけろよ。そもそも。結子だって、自分が丹精込めて作ったかれえらいすでおまえが死んだら、絶望するだろ」
「………ああ。そうだな。そうだよな。死ぬわけにはいかないよな」
「ああ」
『私ね。カレーライスが一番好きなの。私の家では市販で売られている固形状のカレールーを使うんだ。カレールーっていうのは。小麦粉、油脂、香辛料、食塩、旨味成分を加熱・混合して固形させたり、フレーク状にしたりした、日本式の家庭用カレー調味料でね。炒めて溶かした玉ねぎの甘味と、ゴロゴロサイズのジャガイモと人参と玉ねぎと皮つきの鶏と油つきの豚の甘味とカレールーの辛味がうきうきわくわく踊り合って、食欲を増進させて。ご飯との相性が最高でね。スプーンを動かす手が止まらなくて。あのね。水分が少なくて、もったりしたのが好きなんだ。甘味満載の福神漬けと甘酸っぱいラッキョウ漬けの薬味もあったらもう。あ。えへへ。想像しただけで、お腹が減っちゃった。あ~~~。早く帰りたい。帰ったら、お腹いっぱいになるまで食べるんだ』
『そうか。それは。楽しみだな。食べさせてくれるんだろ』
『うん。絶対に。帰ったって。絶対に届けるから。楽しみにしていてね』
「………ああ。ああ。そうだな。結子。君の言う通り、スプーンを動かす手が止まらないほど、美味いよ。すごく。美味い」
「雪白」
涙声鼻声喉を痛めている声、全身を真っ赤にさせて、汗も涙も鼻水も噴き出させて、全身の熱の上昇を知らせるように湯気を立たせて。
身体は限界を訴えているというのに、幸福だと言わんばかりに満面の笑みを浮かべて。
「ああくそ。なんで、ここに居ないんだよ。結子」
雪白が結子手作りのカレーライスを笑顔で食べ終えては気絶をするまで見守っていた伽羅。笑顔のままの雪白を背負ってダンジョンから撤退する中で、伽羅はカレーライスを食べていないのに、食べてしまったような気になってしまい、イガイガとヒリヒリとチリチリとシバシバとジンジンの威力が増して甚だしい苦痛を味わってしまい、異世界に帰ってしまった結子にたくさん文句を言い続けては、ぽつり、溢してしまった。
「初恋は叶わないって言うけど。僕は雪白に叶えてほしかったんだよ。結子」
(2026.4.21)




