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掌編小説シリーズ  作者: 藤泉都理
2026.4.
2316/2337

陽にまろぶ君、とびたて純情




 淡紅の花びらと深緑の萌葉がちょうど半分なかよく手を取り合う桜の下。

 寝転んでいた水色の短髪の二十三歳男性、風樹ふうじゅは見つめていた。

 己がもらったらしい恋文を見つめていた。


(まさか八千草やちぐさが僕に恋文をくれるなんて。びっくりだ)


 一時的な記憶喪失。

 医者は風樹に言った。

 十歳まで記憶が退行してしまっているようですが、一時的なものできっとすぐに記憶は戻る事でしょう。


(記憶喪失。事故があったわけじゃないって。心的ストレスが原因じゃないかって)


 ハラハラ、ハラハラ。

 淡紅の桜の花びらが舞い散る。

 淡紅の桜の花びらが風樹の身体に舞い降りる。

 ハラハラ。

 ハラハラ。

 ハラリハラリ。

 風もないのに、優雅に舞い踊りながら地に降り立つ。


(まさか八千草が学校を卒業すると同時に軍隊に入隊するなんて。十五歳。それから八年経って。二十三歳。僕と同じ二十三歳。僕は花屋で働いていて。八千草は海軍の中隊長になっているなんて。異例の出世だって言われているって。海軍将の愛人だって言われているって。今は、海に出ていて、会えないって。そうそう気軽に会える身分じゃないって。今の僕は今からでも気軽に会える気がしてならないってのに。十三年経ったら。経ってしまったら………花屋になるのは、八千草だったじゃないか。何で、)


 恋文に描かれていたのは、青紫色のニゲラの花が一輪。

 私の気持ちです。

 書かれている言葉はたったこれだけ。

 恋文だというのに。

 思い出の言葉もなければ、愛の告白の言葉すらない。

 色鉛筆で丁寧に描かれた、青紫色のニゲラの花、一輪に、八千草の気持ちがすべて込められている。伝えて来る。


(ニゲラの花言葉は、未来、不屈の精神、困惑、当惑、ひそかな喜び、夢の中で逢う、夢の中の恋、深い愛………僕たちの住むこの島国に珍しい鉱石が見つかったのは、僕たちが十三歳の時。ニゲラの花の形に似たその珍しい鉱石はその美しさから、その珍しさから、薬茶としても使える事から、他国から狙われるようになった。って。美しい海と美しい花が自慢の観光国だったってのに。何で。こんな事に。それで、何で僕は、八千草と一緒に海軍に入隊していないんだよ。何で僕だけが夢を叶えているんだよ)


 ころころころころ。

 ころころころころ。

 くすくすくすくす。


 風樹は桜の花びらと萌葉の中でまろぶ陽を恋文越しに見つめる。

 きらきらと輝いていて、燥いでいて、生命力に溢れていて、全身全霊で今を楽しんでいて。

 眩しくて、眩しくて、まぶしくて。


(陽にまろぶ君、か)


 風樹は恋文を持った二の腕で目元を覆い隠した。


(………本当に………本当に海に出ているだけ、なんだよね。まさか………まさか。なんて事。ない。よね)


 ハラハラ。

 ハラハラ。

 ハラリハラリ。

 淡紅の桜の花びらが風もないのに、優雅に舞い踊りながら地に降り立つ。


(八千草。君への想いが。恋かどうか、僕には分からない。ただずっと、隣に居るのが当たり前だって。それだけは絶対に変わらないって。死ぬまで変わらないって。決めていた。例えばそれが。血に塗れた)


「なあに。黄昏ているのよ。風樹」

「………えっと、」

「本当に記憶喪失になったんだ。っふ。私よ。八千草。どう? 美人になったでしょ」

「えっと、」


 困惑する風樹にほくそ笑む、海軍の制服に身を纏った女性、八千草は海軍帽を脱いでは纏めていた淡い紅色の長い髪の毛を垂れ流し、ドサリと音を立てて風樹の隣に寝転んだ。


「ねえ。私の手紙。受け取ったでしょ。受け取ったから、記憶喪失になったの? 私の気持ちを尊重して、花屋を続けたい、海軍にも入隊したいって。苦しんで。苦しんで。苦しんで。記憶喪失になったの?」

「そんなの………分からないよ。今の僕は十歳だ。二十三歳の八千草を見て。混乱する事しかできないよ」

「そっか。まあ。そうだよね。そうそう。十歳の時は私の方が大きかったのに、いつの間にか身長が追い抜かれていて。悔しくて悔しくて悔しくて。牛乳をがぶ飲みして、腹痛を起こして。はああ。一時、あんたと牛乳を恨んだわ」

「八つ当たりじゃん」

「そうそう。八つ当たり」

「………僕。苦しんでたの?」

「そうね。私を見るたびに、すんごく苦しそうな顔をして。私がさ、あんたには内緒にしていてってお願いしてたのよね。海軍入隊。あんたも絶対入隊するから。だから私は海外で花屋修行に出ているって事にしてもらって。いつか一緒に花屋をやるためにって。あんたは信じて花屋になってくれた。でも。私が優秀過ぎてあれよあれよと出世して。隠し切れなくなって。私はあんたに手紙を送った。恋文。のつもりで。違うような。あんたもそうでしょうけど。私もあんたに向ける気持ちが恋なのか分からなくて。ただ。一生一緒に居たいのは、あんただけだろうなあって。だから。私の帰る場所を作ってほしかった。海の上じゃなくて。愛する私たちの国の中で。私たちの夢の花屋で。待っていてほしかった。ねえ。入隊なんてしたら。ゆるさないからね。私の権力を駆使して、国外追放してやるからね」

「なんだよ。それ。もう。それなら。逆でよかったじゃないか」

「はあ? 本気で言っているとしたら、デコピン百回の刑を与えるわよ。あんたには無理よ。そもそも船酔いで足手纏いになる未来しか待ってないわよ。無理無理。適材適所。あんたは花屋。私は海軍。で。いつかは一緒に花屋。その時に家族になっているかどうかは不明。はい。それでいいわね」

「………いいわけないだろ。けど………分かった。待っているから。ちゃんと帰ってこいよ。花屋を一緒にするって夢を叶えさせてくれよ」

「ふふ。十歳のあんたは物分かりがよくてよろしい。もちろん夢は叶えるから安心してね」

「十歳の僕は。分かったって。言ったけど。二十三歳の僕は。分からないよ」

「そうね。肝に銘じるわ」

「………ああ。なんか。すごく。眠くなってきた」

「安心して眠りなさい。最強の女の私がついているから」

「っふ。ああ。うん。八千草」

「うん?」

「また思いっきり陽にまぶろうね」

「………」


 くしゃり、

 目を見開いた八千草は顔を歪ませてのち、勢いよく起き上がると、風樹の髪の毛をやわく掻き回したのであった。




「ええ。約束。思いっきり。陽にまぶろう。とびたとう」




 絶対に絶対に。

 生きて帰るから。











(2026.4.15)




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