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掌編小説シリーズ  作者: 藤泉都理
2025.12.
2215/2226

吹雪のち、鏡開き




 懸賞金がかけられている男、幾李胡きりこを殺害する方法は一択。

 幾李胡が生きていく上で欠かせない存在である、馬の寿美斗すみと、ナイフのちか、恋人の香莉奈かりな

 これらのいずれかを手の内に収め、幾李胡に幾李胡自身の命を要求する以外ない。

 そう、まことしやかに囁かれていた。






 暗殺者、勘九郎かんくろうは今、周囲の光景に溶け込ませては自身の姿を透明化させる光学迷彩アーマーを装着し、幾李胡のアジトへの侵入に成功したが、今回は何も幾李胡の暗殺も、寿美斗、愛、香莉奈の拉致も目論んでいるわけではない。

 情報収集である。

 移動手段である馬の寿美斗、駆除道具であるナイフの愛、幾李胡はこのアジトに居ないが、自由奔放な恋人である香莉奈はこのアジトに居るという情報を得たのである。

 観察する中で、幾李胡の新しい情報を香莉奈から得ようと目論んでいたのだが。


(………まさか、幾李胡の野郎も居たとは。これは分が悪い。おさばらした方が、)


 香莉奈しか居ないはずのアジトには、幾李胡も居たのである。

 ちゃぶ台を囲む幾李胡、香莉奈、寿美斗、愛は橙が鎮座する鏡餅を無言で見つめていたのである。


(何だ? 今日は一月十一日。鏡開きだが、何か関係しているのか。もしくは、あれは鏡餅を模した新しい武器、なのではないか?)


 勘の鋭い幾李胡が居る今、一刻も早くこの場から立ち去るべきだと分かっているのだが、勘九郎の足が動く事はなかった。

 この異様な空気に呑まれてしまったのか。

 あの鏡餅の正体を暴くべきだと判断したのか。

 それとも、


(くそっ。こんな時に何を、)


 勘九郎の頭の中は今、黄金に輝く水稲が一面に広がる美しい光景で埋め尽くされていた。


(贋物かもしれねえが。餅を久方ぶりに見ちまったせいだ。調子が悪いらしい。やはり今は立ち去るに限る、)


「私は善哉がいいの。譲らないわ」


 そろり。

 勘九郎がこの場から退散すべく、細心の注意を払って足を上げようとした時だった。

 香莉奈が沈黙を破ったのである。


「私は磯辺焼きがいい。いくら恋人の君の願いでもこれは譲れない。海苔と醤油と砂糖と餅のハーモニー。これに限る」

「嫌よ。私は善哉がいいの。この鏡餅はぜんぶ甘ったるくてどろどろの善哉にするの」

「いいや。この鏡餅はすべて磯辺焼きにする」

「何よ。恋人の私に譲ろうって気は全然ないの?」

「ああ。恋人でも譲れないものがある」


(何だ。あれは本当に鏡餅だったのか。幾李胡は磯辺焼き、香莉奈は善哉を好んでいるのか。覚えておこう)


 そろり。

 上げたまま一時停止していた勘九郎が足を畳に下ろし、収穫はあったとほくそ笑んで、このまま慎重に立ち去ろうともう片方の足を上げた時だった。

 幾李胡でも香莉奈でもない、第三者の声音がこの場に上がったのである。

 しかも、立て続けに二つ。


「わしはきな粉餅がよい。鏡餅は全てきな粉餅にすべきである」

「ボクは抹茶おかきがいい。抹茶おかき以外はいやだよ」


 勘九郎は目をひん剥いた。

 馬の寿美斗とナイフの愛から声が出たのである。

 動物である馬と道具であるナイフが喋ったのである。

 これが驚かずにいられようか、否、驚くよりほかなかった。


(いくら科学が進歩したとしても。いや。馬の翻訳機もナイフの翻訳機も完成していたとしても。おかしくはない。か。つまり。寿美斗も愛も言葉を発せられる。幾李胡と常に行動を共にするので、元々香莉奈よりも拉致は難しいと踏んでいたが。これも大きな収穫だ。よし。もういいだろう)


 口の中に溜まった唾を慎重に飲み込んだ勘九郎。一歩、二歩、三歩と、慎重に慎重を重ねて歩み始めて、何故か襖が開けっ放しになっている畳の部屋から出て行こうとした時だった。眼前に幾李胡が立っていたのである。

 すわ背筋が凍った勘九郎。微動だにできず、息を詰め、まっすぐに勘九郎の瞳を捉える幾李胡の瞳を見つめる事しかできなかった。


「このままでは喧嘩別れになってしまいそうだったので、今回は客人の意見に沿う事になったのだが。君はあの鏡餅を如何にして食べたいかい?」

「………」


 口の中から溢れ出しそうなほどの唾が一気に蒸発してしまった勘九郎。勢いよく光学迷彩アーマーを取り外して姿を露わにすると、唇から幾筋もの血を垂らしながら言った。


「大根おろしと醤油がいい」


 勘九郎は目を細めて、幾李胡に頼んだ。

 俺を駆除する前に鏡餅を見させてほしい。


(………そういや。俺の家も、鏡餅の食べ方で揉めてたっけか)

















 懸賞金がかけられている男、幾李胡を殺害する方法は一択。

 幾李胡が生きていく上で欠かせない存在である、馬の寿美斗、ナイフの愛、恋人の香莉奈。

 これらのいずれかを手の内に収め、幾李胡に幾李胡自身の命を要求する以外ない。

 そう、まことしやかに囁かれていたのだが、これら以外に、欠かせない存在が加わったようだ。


 光学迷彩アーマーを装着する相棒の勘九郎という存在が。











「何故俺を殺さなかった?」

「鏡開きという神聖な行事に血を見たくなかった。それに。君ならば、よく喧嘩別れしそうになる私たちを纏めてくれそうだったからな」

「………なんだそれは。くそっ。何で、俺は」

「さあ、早速鏡餅を大根おろしと醤油で食べようではないか」

「しょうがないわね。でも、来年は譲らないわよ善哉」

「わしだってきな粉餅」

「ボクだって抹茶おかき」

「私もだ磯辺焼き」

「………俺は、譲ってやる。どれも、俺の好物だからな」











(2026.1.11)



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