表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
掌編小説シリーズ  作者: 藤泉都理
2025.12.
2187/2242

月の素材、どうしようか




 月の素材はどうしようか。

 彼がそっと問いかけた。

 金柑。

 彼女がそっと答えた。

 今ね、親戚の庭に鈴なりに生っている大玉金柑がいい。

 大玉金柑、初めて聞いた。

 大きいの、すっごく。みかんみたい。何の手入れもしていないのにね。毎年すっごく実るの。

 いいね、食べてみたいな。

 食べた事がないの。

 うん、一度も。

 そっか。うん。そうだよね。私も親戚が持って来てくれなかったら食べてないかも。

 金柑ってどんな味がするの。

 甘くて酸っぱくて苦くて少しいがいがする。

 彼女はやおら目を細めた。

 ね、月にぴったりでしょ。






 夢を見る。

 見知らぬ男女。

 最初は声だけ。

 二回目は、首なしの彼の姿と路面電車の中が見える。

 布張りの長椅子。大きな大きな窓。外の風景は見えない。白の絵の具で塗られているようだ。あつく、あつく。

 彼女の姿は見えないまま。

 何を意味しているのか分からない。

 騒々しい音の中で静けさを求めているのだろうか。

 静けさの中で生きたいと願っているのだろうか。

 愛する誰かと。

 たったの二回。

 見知らぬ男女の夢を見た。






 路面電車の中。

 彼と彼女が斜め向かいに座っている。

 彼はサンタクロースの格好で編み物をしていた。

 太い毛糸を華奢な指で編み込んでいる。

 彼が着ているサンタクロースの衣装と同じ真っ赤な毛糸。

 鮮烈な日光か。

 まろやかな月光か。

 光が窓から電車の中に差し込んで来る度に。

 きらきらきらきら。

 毛糸が歌い出す。

 きらきらきらきら。

 きらきらきらきら。

 きらきらきらきら。

 ねえ。

 彼女がそっと彼に話しかける。

 編み物に夢中なのか。

 毛糸の歌に夢中なのか。

 彼女の声が小さかったのか。

 彼は彼女に言葉を返さなかった。

 ねえ。

 彼女は少し声量を大きくして言った。

 何だい。

 彼の耳に今度は届いたようだ。

 彼は編み物を続けながら、彼女を見た。

 何を作っているの。

 彼女はそっと問いかけた。

 ないしょ。

 彼はそっと答えた。

 内緒なんだ。

 うん。

 きらきらきらきら。

 きらきらきらきら。

 きらきらきらきら。

 毛糸が歌うほどに、香りが強くなる。

 この香りは何。

 彼と彼女は同時に問いかけた。





















 アスファルト塗装の道路から突き出ている金柑は、鈴なりに大粒の実が実っていた。

 常ならば通り過ぎるはずの彼女は立ち止まり、香りが結構するんだと呟く。

 金柑、嫌いじゃなかったっけ。

 彼は彼女に問いかけた。

 嫌いだったんだけど。最近、夢を見て。なんか、気になっちゃって。

 ちょこんと、彼女は金柑を人差し指で小さく揺らした。

 食べるならやるよ。うちの庭に生ってるから。食べきれねえくらいたくさん。まあ。鳥が食べてくれるからいいんだけどよ。

 うん、じゃあ、ひとつだけ。

 ひとつ。

 そう。まずはひとつ。

 食べる。

 そう、食べる。食べてみる。

 なら今から来いよ。

 うん。

 あとさ。

 うん。

 俺の家で食べれば。俺の家。自然素材を生かした家で。結構評判がいいんだぜ。森のぬくもりを感じられるって。妹と弟のダチもしょっちゅう来ていてうるせえけど。なんなら夕飯も食べて行けばいいさ。家まで送るし。

 んん。うん。なら、お言葉に甘えて。

 おう。弟と妹はダチが居なくてもうるせえけど。かんべんな。

 うん。あ。月がきれいだね。満月、か、な。

 あ゛っ。う。お。あ。ああ。うん。ああ。え。あ。ああ。んん。

 どうした。

 いや。あ~~~。ず。んん。ずっと見ていたいくらい綺麗だな。

 へえ、そんな風流心あったんだ。意外。

 あ、うん。うん。んん。

 うん。ずっと見ていたいくらい綺麗だ。

 んん。え。な。ちょ。え。

 ねえ。

 ん。

 月の素材、どうしようか。って訊かれたら、なんて答える。

 金柑。

 え、こわ。何で即答できんの。意味不明。

 答えてやったのに勝手なやつだなおい。

 いやいやいやいやこわいこわいこわい。

 え。おい。おい。おい。何で逃げんだよ。俺の方が意味不明だよ。











(2025.12.8)




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ