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掌編小説シリーズ  作者: 藤泉都理
2025.11.
2176/2263

紅玉の焼きりんごと漁火花と




 ふさっふさの大きなしっぽと愛くるしい団栗眼が印象的な花を育てる化け狸、花影はなかげから漁火花かがりびばなの配達を任された何でも屋の烏天狗、かがりは、濡れ羽色の大きな双翼を華麗に羽ばたかせながら、杉が多く育つ森の上を飛翔しては一気に下降し、目的地である洞窟の入口の前にゴロゴロと置かれている丸岩の上に、カコン、と、小気味よい音を響かせながら歯の高い一本下駄を履いた足を降り立たせたのであった。


「失礼する。化け狸の花影より依頼を受けた烏天狗のかがりと言う。十鉢の漁火花を持って来た」


 丸岩の上から動かず、張り上げずとも響き渡る涼やかな声音で以て伝えたかがりは、少しの間待ったが返事がなく。もしかしたら外出しているのかもしれない、置いて行けば動物や妖怪に悪さをされてはいけないと、抱えていた木箱に収められている十鉢の漁火花を持って帰ろうと考えた時だった。

 入って来てくれ。

 少ししゃがれた声音が聞こえたかがりは、失礼すると言っては丸岩の上から降り立ち、薄暗い洞窟の中へと足を踏み入れたのであった。




『客の名前は享恭うきょう。異国からやってきた竜だ。炎を操っていたらしいが、今はできないと言っていた。火に似た漁火花に囲まれていると安心するらしくてな。度々漁火花を注文するんだ。基本的にそなたと同じく人間の男型の姿を取っており、穏やかな性格だがな、ときーどき。精神が不安定になって、本来の巨躯な竜の姿に戻り暴れ散らかすから気を付けろよ』




 カコンカコンと、

 かがりは花影の言葉を思い出しながらも、一本下駄が硬い岩を踏む音を反響させながら迷いなく一本道を歩き続けていると、半円状の拓けた場所へと辿り着いた。

 そこは一本道と同く薄暗かったものの、あちらこちらと漁火花の鉢が置かれていたからだろうか。一本道にはなかったほのかな光が放たれていた。


「苦労をかける。本来ならば私が直接買いに行くべきなのだが体調が思わしくなく、持ってきてほしいと頼んだ」


 半円状の中央から少し外れた楕円形の岩の上に胡坐を掻いて座っていた享恭は、厳かに頭を下げてのち、持って来てくれて感謝すると言った。

 頭上から生えた二本の欠けた角と、享恭の身長よりも長さのある炭色の髪の毛を視界に入れてのち、かがりは体調が思わしくないのであれば十鉢の漁火花を配置しようかと提案した。


「身体を動かすのも億劫な様子だと見て提案したまでだ。手ずから配置したいのであればここにまとめて置いておく」


 キビキビと言葉を紡いだかがりに、少しの間口を閉ざしていた享恭は、では頼むと言った。


「君は随分と歯切れよく言葉も紡ぐし、行動も起こすのだな。見ていて心地いい」

「初めてそのような褒め言葉を言われた」

「そうなのか?」

「ああ。目まぐるしいだの、寒々しいだの、苦情を言われた事は多々あるが、褒められた事はないな」

「私はずっと君を見ていたいと思ったぐらいだが?」

「変わった竜だ」

「はは。そうかもしれない。花に火の代わりに務めさせようとするぐらいだ。私は変わっているのだろう」


 てきぱきと享恭の指示する通りに十鉢の漁火花を配置し終わったかがり。依頼はないもののもうお暇しようと思ったが、ふと、或る事を思いついては、少しの間失礼すると享恭に浅く頭を下げたのち、カッカッカと一本下駄を軽快に鳴らしながら背を向けて急ぎ歩き出したのであった。


「はは。本当に歯切れがよい」


 享恭はかがりの濡れ羽色の短い髪の毛と勝気な目を瞼の裏に映し込んでは、そっと瞼を下ろした。


(かがり。と、言っていたな。黒なのに、何故だろう。炎を想起させる。今はもう、己の身の内から生まれさせる事はできない私の凛とした炎を。何者も消す事はできなかった………いや。未練がましいな。消されたのだ。私の炎は。私の赤は。赤は消えて。炭だけが残った。炎を生み出す事ができない役立たずの炭だけが。燃え滓が)






「食欲がないのであれば今は食さなくていいが、滋養のある旬のものを食べた方がいいと思ってな。余計なお世話だと思いつつ、持って来た。紅玉という種類のりんごだ」

「………ああ。この国にもりんごがあるのだな。しかも。紅玉。私の好きなりんごだ。私はこの紅玉りんごで作ったアップルパイが何よりも好きで。私の炎で作ったアップルパイは絶品だと評判………いや。忘れてくれ」


 三十分が経ったぐらいだろうか。

 かがりは十個の紅玉りんごを篭に入れて持って戻って来ては、享恭へと篭ごと手渡した。

 受け取った享恭は籠を抱えたまま紅玉りんごを一個手に取って、目を細めて見つめた。


「アップルパイ。花影から聞いた事はある。頬が落ちるくらい美味だったと言っていたな。すぐに作れるものなのか?」

「いや。すぐには無理だ」

「そうか………ひとつだけ俺の好きに使っていいか?」

「ああ」


 享恭は持っていた一個の紅玉りんごをかがりに手渡した。

 かがりは感謝すると言うと、一個の紅玉りんごを凝視してのち、丹田に力を入れて、掌から青い炎を放出させた。

 刹那、紅玉りんごの甘く香ばしい匂いが立ち込めたのであった。


「貴様の炎に及ぶべくもないが、よかったら、食べてくれ。嫌なら、俺が食べる」

「いやっ! いいや。食べたい。是非食べさせてくれ」

「ああ」


 かがりは前のめりになった享恭の両の手に焼きりんごを乗せた。

 享恭は涙目になりながら、大きく口を開いて、まずは豪快に半分の焼きりんごを食してのち、弾力ののちの、やわらかく蕩けそうな感触と酸いも甘味も調和された味に己が身も溶け落ちそうだと思いながら、残り半分を少しずつすこしずつ大切に食べ続けた。


「美味い。美味しかった。とても。とても、」


 熱さが残っている間に食べ終わった享恭はやおら立ち上がると、両腕を大きく広げて、ふんわりと包み込むように、かがりを抱きしめた。


「美味しかった。ありがとう」

「大袈裟だな。だが。回復したのならよかった」

「ああ。今すぐ君と飛翔したいぐらいに回復した」

「それは重畳だが、今は休息を優先させておいた方がいい」

「ではっ! では。明日。明日ならば。いいだろうか?」

「調子がよければ………いや。明日は一日がかりの依頼が入っていたから無理だ」

「手伝う」

「いや。俺だけでいい」

「手伝いたいんだ。それほど君の炎で作った焼きりんごは美味しかった。どうしてもこの感激を行動で返したい」

「そうか。ならば、貴様の手が必要な時に頼むので、その時を待っていてくれ」

「………約束してくれ。必ず私に言うと」

「ああ。っふ。しかし。本当に大袈裟なやつだ。ここまで必死にならずともいいだろうに」

「それほど感激したという事だ」

「そうか。それはよかった」


 微かな吐息からかがりが微笑んだと分かった享恭は、しかし抱擁を解く事はできなかった。離したくなかったのだ。もう少し。もう少しだけ。表面はひんやりとしているのだが、内はとてつもない熱を放出し続けるかがりを抱きしめていたかった。

 もう少し。もう少しだけ。


(君の炎に、君に、私は、)






「………眠ったか」


 思わず尻がつきそうになるほどの重みがのしかかって来たかがり。いつの間にか眠りに就いていた享恭を楕円形の石の上に寝かせてのち、またなと微笑んで、この場を後にした。


(しかし、本当に大袈裟な竜だ。焼きりんごひとつにあそこまで感激するとは、)


 かがりは思わず笑い声を溢したのであった。


(時間がある時に、花影にアップルパイというものの作り方を尋ねてみるか)











(2025.11.26)




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