わがばな
一度目は、無知故に。
そっと、触れただけだった。
否。触れたかどうかさえわからないくらいだった。
それほど、極小範囲、極小衝撃の接触だった。
ニモカカワラズ、
無惨にも、呆気なく、儚く、散らばる。
ああ、触れてはいけない。
触れたら、瓦解してしまう。
学習して。
学習したのに、
手を伸ばしても触れられない距離で見ていればいいのに、
次も。
次も次も次も。
またその次も、
そっと、触れた。
容易く、散った。
まるで、山茶花のように。
幾重ものはなびらを持つ山茶花。
虫が触れたぐらいでは、散らず。
風が触れたぐらいでは、数枚程度。
しかし、強風と人間が触れてしまえば、すべてが散ってしまう。
残ったとしても、たったの一枚。
物語るのだ。
健気にも、儚くも、枝に残る一枚のはなびらが、衝撃の強さを物語る。
「さっさと消えろ!」
「望み通り消えてやるよ!」
ああ、まただ。
散らすのが、怖くて。
己の心を散らす。
時折、沸き上がる衝動はとても凶暴で抑えられなくて、結果、振るってしまう。
傍にいるなと叫んでしまう。
傍にいたら、散ってしまうから。
散らせてしまうから。
綺麗なあなたを壊してしまう。
知っているのに。
もう。
知ってしまったのに、
「ほら」
数分か、数十分か、数時間経ったのかはわからない。
ただいまの声に、指を動かして。
足音に、視線を動かして。
掲げられる袋に、頭を動かす。
視線は合わない。
合わせられない。
「ほら」
促す仕草に、袋を受け取った。
中身は、さつまいものお饅頭だった。
包み紙を開けて姿を現すのは、山茶花の焼き印がある、皮が少し厚いお饅頭。
散る。
舞い散るなんて、決して綺麗なものではない。
汚く、乱れ散る。
「ごめ、ん」
「ん」
ちまちまと、お饅頭をかじる相手に小さく相槌を打つだけ。
謝れない。
だって、こっちも傷ついている。
だけど、反省もしている。
怒鳴り返して、出て行ったりしない包容力が欲しい。
やわらかく。
それはもう、
やわらかく。
小さな蕾が開いていく。
ゆっくりと時間を使って。
少しずつ時間を使って。
小さな蕾が広がっていき。
いつしか、やわらかい、かわいい、八重咲きの山茶花を見てきたのに。
見せてくれたのに、
散らしてしまう。
(ごめん)
心の中でいくら謝ったって、伝わるわけないのに。
どうしたって、今は、言える気がしなくて。
時間が経てば、言える勇気さえなくなってしまって、また、なあなあになるとわかっているのに。
(ごめん)
見ているだけでよかったのに、近づいて、ふれてしまって、ごめん。
(2020.10.6)




