味がわからない本日
毎日ではなく。
記念日でもなく。
ご褒美というわけでもない。
猛烈に食欲が高まって。
なおかつ、
家に居るのが私だけの日に限られる。
「あ~~~。美味しそう~~~」
箱の蓋を開けて思わず合掌。
深々と頭を下げてから、パイを取り出して、黒いお皿に盛りつける。
ああ。抹茶が映えるなあ。
しみじみと感激しながら、期間限定の抹茶パイをどうやって食そうか思案する。
手づかみ。
フォーク。
スプーン。
お箸。
中には濃厚な抹茶餡とホワイトチョコレートが入っているサクサクの抹茶パイ。
形を崩さず、かつ、サクサクをお皿に落とさないように食したい。
いや、皿に落としても食べれるからいいのだが、今日はそんな気分ではないのだ。
となると。
手づかみか、お箸か。
今日はお箸にするか。
手とお箸を凝視してから決断。
紅茶とお気に入りのテレビドラマの用意も万全。
さあ。お箸で抹茶パイを掴んで、いざ。
見た目とは裏腹のずっしりした重量に、さらに感動。
唇に当たって、さてさてお味はいかがでしょうと期待が最骨頂。
だったが。
(今日は帰ってこない日ではなかったか!?)
本日、友達のところにお泊りのはずの妹が猛ダッシュで帰ってくる姿が居間の窓から見えた瞬間。
私は一気に抹茶パイを口に含んだ。
正確に言えば、超高速で顎を動かして、咀嚼したのである。
いつもは限定商品が買えた時は、妹と半分こするのだが、今日は妹はお泊り。
たまには独り占めもよかろうと欲深くなったのがいけなかったのか。
折角の期間限定抹茶パイも焦って食べれば、味もわからぬと言うもの。
感想があるとすれば、ああ確かに抹茶の味がしたなー。くらいである。
濃厚な抹茶餡とホワイトチョコなんて微塵も感じなかったさ。
サクサクしてたかどうかすら、記憶に怪しい。
「舞花。今日はお泊りじゃなかったっけ?」
「うん」
お皿を咄嗟に服の中に隠して、元気よく帰ってきた妹、舞花を出迎える。
様子見では、寂しくなったとか、病気になったとかではなさそうなのだが。
とりあえず、手洗いとうがいを済ませておいでと言えば、すぐに戻ると言ってきた。
三分前の自分よ。
なぜ私はダッシュで冷蔵庫なり、タンスなりに隠さなかった。
く~~~。
心中で悔し涙を流しながら、笑顔で忘れ物をしたのと訊けば、舞花は違うと元気よく言った。
「これ。お姉ちゃんにあげる!」
小さな白の紙袋を差し出す舞花が、早く早くと足をバタバタさせながら急かすので、紙袋の下に手を置いて受け取ったら、舞花は行ってきますと言って、さっさと居なくなってしまった。
何だろうと中を見てみると、可愛らしい花柄の紙ナプキンに包まれた何かと一枚の手紙。
できたておいしい。
ドキリと心臓が一つ強く脈を打つ。
紙ナプキン越しでも温もりが掌に伝わってきた。
チョコチップクッキー、イチゴジャムがのったクッキーが、舞花の拳くらいの大きさで、五枚包まれていた。
「味がわからない」
舞花にはとても、とても、申し訳ないが。
胸がいっぱいで、味どころか食感すらわからなかった。
ああ、明日、感想を聞かれるだろうに、どう答えたものか。
父母にもあげればいいのに、何も書かれていないことをいいことに、私はクッキーを温かいうちに全部食べてしまった。
「さあ。今日は父さんお手製の創作料理だぞ」
その日の晩御飯。
母を労わる、よりも、己の手腕を試す方が目的として大きくなったのではないだろうか。
時々父は夕飯を作る。
カレー、ビーフシチュー、ホワイトシチュー、ハヤシライス、焼き飯、スパゲッティ、焼きそばがほとんどで、けれど、何やらこだわりを持って、工夫を凝らす。
少し凝らす程度なら、抜群に美味しいんだが。
凝らしまくると、味がわからないものが出てくる。
自業自得とはいえ、今日はもう二回も味がわからなくなってしまったのだ。
三回は勘弁してもらいたいが、
どうやらそうは問屋が卸さないらしい。
瞳をキラキラさせながら、感想を求めてくる父に対して、今日も正直に述べるのであった。




