お栄さん
皆様はお栄さんを知っていなさるか?
オイラがその名前を知ったのは故・杉浦日向子先生のお作『百日紅』だった。
杉浦先生は在野の『江戸風俗史』の研究家で、北方謙三先生が弟子入りしたほどの方でした。
杉浦先生は漫画家でした。
『百日紅』もその頃のお作で、今もちくま文庫に探せば見つかります。
小説の棚にある漫画は故・水木しげる先生と杉浦先生くらいでしょうか。
さて『百日紅』
お栄さんは父親と居候の善次郎と長屋暮らし。三人で絵を描いております。
父はお栄さんを名前で呼ばず、お栄さんの顎が出てるから『アゴ』と呼び。
お栄さんは父をお父っつあんとは呼ばず『鉄蔵』と呼び捨てにしています。
鉄蔵。
世に知られた名前は『葛飾北斎』
お栄さんは画号を『葛飾応為』と謂います。
北斎がオ~イ、オ~イと声を掛けるものだから画号を『応為』にしたとも云われています。
紙屑が山になった部屋の中、ごちゃごちゃした作業場で二人が
「オ~イ、その絵具とってくれ」
「あいよ」
…と会話する風景が見えてきますね。
ググってみれば『葛飾応為』の作品が見れます。
その中でも特に
『吉原格子先之図』
とされる絵。
昔、TVで観た時に唖然とさせられました。
どう見ても浮世絵ではなく洋画!
しかも、すごい仕掛けがされている。
普通、絵画でも写真でも作家は光源を背中に背負うもの。
位置関係は
光源→作家→近景→遠景
…というのが基本。
ところがお栄さんはこの絵で
作家→近景→光源→遠景
…とやらかした。
単なる逆光じゃありません。光源そのものが主題になってます。
吉原の仲見世、その店の前で遊女の姿を覗く客達は真っ暗ななか輪郭だけが浮かびます。
影で黒く浮かぶ格子にへばりつく一人の遊女は逆光で真っ黒、奥に座る遊女ははっきりとした姿を格子ごしに覗かせています。
光源も店内の強い照明、提灯や行灯のぼんやりとした橙色、入口暖簾の奥のほの暗さと描き分けがなされています。
こんな描き方をした人が他に居たんでしょうか?
こんなお栄さん
長く絵を描いているけど未だに上手く描けないとこぼした北斎門下の画家に、こう言いました。
「北斎なんかガキの頃から八十過ぎまで毎日描いていて、この間腕を組んで『猫一匹上手く描けやしない』と泣いてるんだ。悩んだ後は上手くなるもんだ」