三丈法師 〜if一寸法師〜
*1丈=約3m
あるところに仲のよい夫婦が住んでおりました。しかし、子どもがいなかったものですから、夫婦は神様に来る日も来る日もお願いしておりました。
「神様、どんな子どもでも立派に育ててみせます」
「どうかわたしたちに子ども授けてください」
強く願い続けた結果、ついに夫婦の下に元気な男の子が生まれたのです。
男の子はすくすくすくすくすくすくと育ち、なんと身の丈が三丈にまで成長しました。大きな服を着てたくさんのご飯を食べる男の子。周りの人はそのあまりの大きさから男の子のことを「三丈法師」と呼ぶようになりました。
◇◆◇
ある日のこと。三丈法師は父と母を呼び姿勢を正して言いました。
「京に上って仕事をしようと思います」
「なんと立派な志か」
「気をつけて行っておいで」
父と母は三丈法師の突然の申し出に驚いたものの喜んで送り出すことにしました。
「どうやって京まで行くの?」
そう母が尋ねると、三丈法師は言いました。
「わたしの一歩は川も一跨ぎです。歩いて行って参ります」
「武器は何が必要だ?」
そう父が尋ねると、三丈法師は言いました。
「わたしの拳は山をも砕きます。この拳一つで十分です」
三丈法師は母手製の服を着て、特別大きな弁当を持ち、父と母に見送られながら出発しました。
◇◆◇
三丈法師は1日で京に上りました。京の町は大変賑やかでたくさんの人で溢れておりました。
「さて、仕事をするには立派な家の家来にしていただくのが一番だ」
そう考えた三丈法師は立派な家を探して町をうろつきました。三丈法師の大きさに町の人は驚き指をさしたりこそこそ話したりしましたが、三丈法師はまったく気にしません。やがて三丈法師は立派な家を見つけました。
「ごめんください、ごめんください」
三丈法師は自身の足下にある立派な家に向かって呼びかけました。すると何事かと窓から一人の男が顔を出しました。男はどうやらこの家の主人のようです。男は三丈法師を見上げるとあんぐりと口を開けて驚きました。
「これはこれは、なんと大きな人だろう」
「三丈法師と申します」
三丈法師は身を屈めると、男に向かって名乗ります。
「三丈法師よ、いったい何の用だ?」
「はい。実は仕事を探しておりまして、この家の家来にしていただけないでしょうか?」
「おもしろい。こんなに大きな家来を持つ家は他にないだろう」
男は笑って承諾しました。三丈法師は町一番の家で娘の用心棒として働き始めることになりました。
◇◆◇
立派な家の広い庭園に三丈法師と娘は居りました。娘は三丈法師の手のひらに座っています。
「三丈法師、三丈法師」
とても可愛らしい容姿をした娘は澄んだ声で三丈法師に呼びかけます。
「はい、なんでしょうか? お嬢さん」
「わたくしをあなたの肩に乗せてはくれませんか?」
「お安いご用です」
心優しくたくましい三丈法師は娘にすっかり気に入られておりました。用心棒としてだけでなく、こうして娘の相手もするようになっていました。
三丈法師は娘を肩の上に乗せ、賑やかな町並みを眺めます。広がった青空と鮮やかな服を着た町人の姿がとても素敵です。
「三丈法師、わたくし、このまま町を散策しとうございます」
「喜んで」
家の者に出かけることを伝え、三丈法師は娘を肩に乗せたまま町へ散策に出かけました。
「まあ、なんて気持ちのよいことでしょう」
娘は穏やかに流れる風に目を細めます。上機嫌な娘に三丈法師も嬉しくなり口元を緩めました。しかし、和やかな時間は唐突に終わりを告げました。
「やいやい! 貴様が京の三丈法師か!」
町外れの道をのんびりと歩いていたとき、身の丈が一丈ほどの赤い鬼と青い鬼が現れました。青い鬼は赤い鬼の一歩後ろに控えています。
「いかにも、わたしは三丈法師」
三丈法師が名乗りを上げると、二匹の鬼はギロリと三丈法師を睨みあげると赤い鬼が高らかに宣言しました。
「我の名は赤鬼! この地で我より強い者おらず! 勝負されたし三丈法師!」
子分と思われる青い鬼もずずいと前に出てきます。
「我の名は青鬼! この勝負、もし我らが負けたら打ち出の小槌を貴様にやろう!」
「ふむ。断れば男が廃る!」
三丈法師は赤鬼の勝負を受けることにしました。三丈法師は肩から娘を降ろし、離れたところへ避難させました。娘は勝負の様子が分かるところまで下がると、固唾をのんで見守ります。
「いざ、始め!」
青鬼の号令に、赤鬼は背に下げていた金棒を構えました。
「ええい! 先手必勝!!」
赤鬼は金棒を振り上げ、助走をつけて大きく地を蹴りました。三丈法師の頭上まで飛び上がると、金棒を振り下ろします。
「なんの!」
三丈法師は金棒を腕で受け止め、そのまま振り払いました。
「ぬおおおっ!」
赤鬼は吹き飛ばされ、地をごろごろと転がりました。
「まだまだ!」
赤鬼は立ち上がると再び正面から突っ込みます。三丈法師はその大きさから想像もつかない身軽さで赤鬼の突進を避けると、赤鬼の背後を取ります。
「この勝負、勝たせてもらおう!」
三丈法師は右の拳を固めると「ふんっ」と一振り、赤鬼に叩きつけました。赤鬼は間一髪、三丈法師と向き合うと拳をなんとか受け止めました。
「ぐぬぬぬ!」
両手で拳を押し返し、両足をふんばり耐えます。二つの力が拮抗し、しばしの静寂が訪れました。
「兄貴! 頑張れ!」
子分の青鬼から檄が飛びます。青鬼も遠くで見守る娘も手に汗握っておりました。
やがて「ビキキッ!」と地面が悲鳴を上げ、態勢の崩れた赤鬼は三丈法師の拳の下敷きになりました。土埃が収まった頃、三丈法師がゆっくり拳を退けると、気を失った赤鬼がおりました。
「くっ! 勝負あり!」
青鬼が悔しそうに告げました。
「この勝負我らの負けだ」
青鬼は腰に下げていた打ち出の小槌を三丈法師に渡しました。
「なかなかの根性であった」
三丈法師は打ち出の小槌を受け取ってそう言いました。青鬼は静かに笑うと気を失った赤鬼を背負い帰っていきました。唐突に始まった三丈法師と赤鬼の勝負は三丈法師の勝利で幕を閉じました。
◇◆◇
「まあまあ、素晴らしい勝負でしたわ。三丈法師」
離れたところから勝負を見守っていた娘が息を切らせながら三丈法師の下にやってきました。
「お褒めに預かり光栄です」
三丈法師は一礼すると、打ち出の小槌を娘に渡しました。
「お嬢さん、どうか打ち出の小槌を振っていただけませんか? 私はあなた様と同じ目線になりたいのです」
「わたくしもです」
娘は打ち出の小槌を振りました。「シャーンシャーンシャーン」と打ち出の小槌を振るたびに美しい音が鳴りました。三丈法師と娘は見る見るうちに同じ目線になりました。
そうーー娘が三丈法師と同じ大きさになっていたのです。
「あらあら、こうなりますのね」
三丈法師が小さくなると思っていた娘は、口に手をあててお上品に笑いました。
三丈法師と娘は帰宅すると、娘の父は大層驚きました。しかし、鬼に勝った三丈法師をなおさら気に入り、娘を嫁にやることにしました。
鬼に勝った三丈法師とそのお嫁さんの噂は瞬く間に世間に広がっていきました。噂を耳にした人たちは
「山に住む熊を倒してください」
「切った木を運ぶのを手伝ってください」
「地面を平らに均すのを手伝ってください」
「家を建てるのを手伝ってください」
と三丈法師に頼みに来ました。三丈法師はそれらをすべて快く引き受け、やがてそれらを仕事にするようにしました。
三丈法師は自分で大きな家も建て、そこでお嫁さんと幸せに暮らしました。めでたしめでたし。
おしまい